底にあった本はずいぶん分厚いものだった。
この部屋が彼のこれからになる。持てるだけ持ってきたという私物は、彼にしてはいくぶん少ない。思ったのは、彼の人となりがすでに、日々に馴染んでいるからだろうか。
どこに置くかをたずねながら、向けた視線が固まっていた。握られた留め具の意匠は、彼の師が身に着けていたものだ。困惑が本に重みを加えたのは、クロムの気のせいではないだろう。
「わりぃ、勝手に触っちまった。大切なものなんだろ」
「いや、いいんだ……ありがとう」
本を受け取ったマーリンは、どこかぎこちなく笑ってみせる。
紐をかけていく指は、どんな思いをなぞっているのだろうか。その形を知るにはまだ、もう少し時間がいる。
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