山眠り、笑うまで(蛟九)九尾は霜を踏み鳴らしながら、眠りはじめた山の頂に向かっていた。
少し早い粉雪が肩にかかるのを払い、白い息を吐きながら、九尾はひたすらに足を進める。
ザクリザクリと地面を踏みしめながら、人の手が入っていない木立の間を縫って行けば、やがて冷たく翠色に澄んだ、山頂の火口湖が見えた。
その湖の中央に、美しい男が浮いていた。
その光景はまるでひとつの切り取られた芸術品のようでもあった。
男は目を閉じ、眠っているようでも死んでいるようでもあった。
否、腰から下に伸びる鱗なければ、死人にしか見えなかったであろう。
「蛟」
そう呼びかけると、男はゆっくりと瞼を開き、顔を倒してその翡翠の目に九尾を映した。
その口元が綻んだかと思うと、湖が小波を起こし、男の体がふわりと宙に舞う。
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