なにか、忘れている。
「ネロ、ネロ!」
ああ、そんなに呼ばなくても聞こえているよ。リケの声だ。出会った頃より、一段低まった声で、俺を呼んでいる。泣いているのか?誰がおまえを泣かせたんだ。おまえを泣かせる奴には、たとえおっかねえ北の魔法使いだろうと誰だろうと、一言言ってやらなければ気が済まない。
頬に水が落ちてきて、閉じていた目を薄く開いた。やっぱりリケが泣いている。隣にはミチルの姿があった。リケを見守るようにしながら、こちらを気遣わしげに伺っている。
「ああ、ネロっ……」
よかった、よかったとリケが繰り返す。リケの両手に包まれた左手があたたかい。そんなリケに、ミチルはやさしく、しかしはっきりと告げる。
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