Aubrey＆Maturin：tie-mate　きみの髪は、と、頭の後ろでスティーブンが言った。
「うん？」
「きみの髪は、金というより黄色だな」
　振り向こうとしたジャックの動きを制するように、こめかみのところで髪にもぐりこんだ指が、耳の後ろを通って首を渡る。するりと毛先を抜けて、着古したシャツ越しの背中に指先の丸い感触が落ちた。
　髪をくしけずるスティーブンの手にされるがまま、生物の体毛の色に関する講釈でも始まるのかと大人しくしていたジャックは、しかしそのあとに続く声がなかったので口を開く。頭の天辺から後頭部に向けて下りてきた指の腹が、小さな縺れに引っ掛かって止まった。
「子供の頃は明るい色だったらしいんだが。母親譲りだとかでな」
　ふうん、と嘆息と大差のない相槌を返して、スティーブンの指が二度、三度と同じ動きを繰り返す。指先の捉えた引っ掛かりをあやすようにしてほどいたあと、再び毛先まで撫で下ろすようにして梳いていく。

プレゼント・フォー、「よう姫さん！　ちょっといいか？」
　俺の軽口にくるりと銀のしっぽがなびく。俺の持っている荷物を認めると、笑みは少しだけ深くなった。
「なんだ？　またオレ様に献上品か。懲りないな、アンタも」
「ま、そう言わずに受け取ってくれよ」
　くしゃ、とキレイに包装されたプレゼントを手渡せば、呆れ顔で同期がため息をついていた。俺がこのお姫様に何かしらを貢いでいるのは多くの人間にとって見慣れた光景だ。こうやって俺は呆れるほどかわいい子猫の気を引きつつ、大人気なく周囲を牽制してみせる。まあ、戦いしか脳のないやつ曰く、それは無駄な行動らしい。誰もこの性悪をかっさらっていったりはしない、だと。そんなことはないと思うんだがな。

ふわふわとごわごわ　アイツの持ち物を俺は一つしか知らない。
　それを知ったのは秋の頃だったと思う。寮にアイツの居場所があるのを知ったのも、その日が初めてだったはずだ。
　部屋番号を聞いて、歩いて、ノックをして。ノックをしても返答はなくて。
　そのまま帰ってしまえばよかったんだ。それでも、苦し紛れみたいにドアノブをひねったのは意地以外の何物でもない。ただ、俺は円城寺さんの焼いたマフィンを持ち帰る先を知らなかったんだ。円城寺さんの家に置いておけば、きっとアイツは食べたはずなのに。
　ドアノブをひねればいとも簡単に扉は開いた。歓迎なんてされているわけもないのに踏み入れる。無造作に転がった靴は、主の存在を示している。声は聞こえない。歩みは止まらない。

優しい人星が見え始めた寒空の下、牙崎漣は苛立っていた。クリスマスという文化に苛立っていた。それは宗教上の理由でも、彼が今たった１人でクリスマスと言う日を歩いているからでもなかった。それは今に始まった話だった。彼はほんの一時間前までは上機嫌だったのだ。
彼が初めて体験したクリスマス。そこで彼が得た恩恵は計り知れない。色とりどりのケーキ。かぶりつけと言わんばかりの骨付きチキン。バラエティに飛んだピザの群。食べ盛りを満足させる、肉がたっぷりと乗ったサラダ。飲み慣れない、しゅわしゅわとした爽やかな飲み物。そして、事務所の全員で交換しあったプレゼント。重ねて言おう、彼は本当に上機嫌だったのだ。
小さな子供もいる事務所だ。帰りを待ちわびる家族がいる人も少なくない。事務所でのパーティーは昼前から始まり、夕方には終わった。後片付けなど面倒だと、誰にもバレないように彼は事務所を出た。本当は、数人にはバレてることに気がついていた。ただ、それが優しさなのかは彼にはわからなかった。

「やあ、待たせたね、子猫ちゃんたち」
シャララララ〜ン
「スポティファイ、ヒプノシス……ウェイブ」
「こんばんわ、シンジュクディビジョン、麻天狼の伊弉冉一二三です。今宵、あなたのお相手をさせていただきます。どうぞ楽しんでください」
「先週は我らがリーダー寂雷先生が担当しましたがいかがでしたか？きっと、ご満足いただけたことだと思います。今夜は皆さんから寄せられた質問に、僕がお答えしていきます。寂雷先生とは違った視点でお話しできたらいいな」
「では最初の子猫ちゃんは、千葉県、ラジオネームけもさん、二十四歳」
『いつも一二三さんの美しさに憧れつつ全力で応援させていただいています』
「ありがとう」
『私はいわゆる一般企業勤めなのですが、最近残業が多く、帰ってくると最低限の栄養を摂取してお風呂に入って寝る。くらいの記録しか残っておらず、気がついたら肌の調子が悪くなっていて、お腹周りもたるみが出てきたような気がします。一二三さんもハードなお仕事をされているので疲れてどうしようもない時もあるのかなと勝手に思ってしまっているのですが、美と健康を保つために、どんなに疲れていても最低限これだけは欠かせない、という事があれば教えてほしおです』