tennin5sui
DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「右手」どっちだ 一人暮らし用の電気ケトルの容量は意外に少ない。カップラーメン二個くらいだったらなんとかなるが、焼きそば二つともなると量が足りなくなる。こういう時は蜜柑がポケットから取り出した硬貨で順番を決める。
「どっちにする」「表だな」「じゃあ俺が裏だ」
蜜柑が右手をのけると、裏面の装飾的な植物の意匠が目に入る。俺の勝ちだな、と蜜柑が自分のカップにお湯を注ぎ、檸檬はもう一度ケトルのスイッチを入れる。
「こういう時、毎回蜜柑が勝つよな。コツでもあんのかよ」
「あるわけないだろう。おまえの観察眼が鈍いんだ。よく見てりゃ、分かる」
そんなもんだろうか、とよくよく目を凝らしてみるが、一瞬のうちに翻る硬貨の裏表を見極めるほどの視力は、どんな人間であっても持っているわけがない。悠々と出来上がった焼きそばを食っている蜜柑に、待っててくれてもいいだろうがと文句つけながらタイマーを睨みつける。
657「どっちにする」「表だな」「じゃあ俺が裏だ」
蜜柑が右手をのけると、裏面の装飾的な植物の意匠が目に入る。俺の勝ちだな、と蜜柑が自分のカップにお湯を注ぎ、檸檬はもう一度ケトルのスイッチを入れる。
「こういう時、毎回蜜柑が勝つよな。コツでもあんのかよ」
「あるわけないだろう。おまえの観察眼が鈍いんだ。よく見てりゃ、分かる」
そんなもんだろうか、とよくよく目を凝らしてみるが、一瞬のうちに翻る硬貨の裏表を見極めるほどの視力は、どんな人間であっても持っているわけがない。悠々と出来上がった焼きそばを食っている蜜柑に、待っててくれてもいいだろうがと文句つけながらタイマーを睨みつける。
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DONE絵描きさんのイラストから小説を書かせていただきました。マロさん様のこちらのイラストからです(https://twitter.com/namdegnah/status/1330901437035864066?s=46&t=I8SllO0WqrU48dJMDg8mOg)ありがとうございました!
薔薇 薄く平たく、指先に乗るほど小さなカードの中にデータを保存することの利便性は理解できる。ただし、そのカードを薔薇の形に誂えた樹脂の中に収納することの意義については、甚だ疑問だ。
その上、重要なデータを隠した薔薇は、本物の花の中に隠してあるという。大事なものなら手元に置いておけばいいのに、と呆れる。生花の鮮度を保つため低く設定された室温に無防備に晒された頬が冷え、檸檬は身震いをする。
件の薔薇は赤い花びらで、萼の付近にカードが仕込まれているため、触ると硬い感触があるらしい。薔薇は全てラベル付きの冷蔵庫に収納されており、D59と付番された場所にある、と蜜柑が言っていた気がする。どうせ先頭に立って冷蔵庫を探すのは蜜柑なので、話半分でしか聞いていない。
1831その上、重要なデータを隠した薔薇は、本物の花の中に隠してあるという。大事なものなら手元に置いておけばいいのに、と呆れる。生花の鮮度を保つため低く設定された室温に無防備に晒された頬が冷え、檸檬は身震いをする。
件の薔薇は赤い花びらで、萼の付近にカードが仕込まれているため、触ると硬い感触があるらしい。薔薇は全てラベル付きの冷蔵庫に収納されており、D59と付番された場所にある、と蜜柑が言っていた気がする。どうせ先頭に立って冷蔵庫を探すのは蜜柑なので、話半分でしか聞いていない。
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DONE絵描きさんのイラストから小説を書かせていただきましたむらさきはとさんのこちらのイラストから( https://twitter.com/pigeon_purple03/status/1619630304242851842?s=20 )
ありがとうございました!
いいシャツだなそれ。そう?余ってるから今度持ってきてあげる「あ!ちょっと待ってて!」
とアパートのエントランスで蜜柑のことを呼び止めたのは見知らぬ婦人で、玄関扉を開けて入ってきた蜜柑の顔を見るなり、廊下を引き返していく。
アパートの住人と仲良くしていた記憶はない。むしろ、つかず離れずを意識して、会えば挨拶をするが、それ以上の関係性を築かせないだけの態度を持って生活をしてきたはずだ。この婦人を待つことが、これまで守ってきた秩序を崩すのか、保つのか、どちらか逡巡しているうちに婦人が戻ってくる。先程までトートバッグだけ肩にかけた軽装だったが、全国に広くチェーン展開している手頃なブランドの大きな紙袋を小柄な体に抱え、はい、と差し出す。
「これね、約束してたやつ。何着か入れておいたから。いらなかったら捨てちゃっていいから」
1301とアパートのエントランスで蜜柑のことを呼び止めたのは見知らぬ婦人で、玄関扉を開けて入ってきた蜜柑の顔を見るなり、廊下を引き返していく。
アパートの住人と仲良くしていた記憶はない。むしろ、つかず離れずを意識して、会えば挨拶をするが、それ以上の関係性を築かせないだけの態度を持って生活をしてきたはずだ。この婦人を待つことが、これまで守ってきた秩序を崩すのか、保つのか、どちらか逡巡しているうちに婦人が戻ってくる。先程までトートバッグだけ肩にかけた軽装だったが、全国に広くチェーン展開している手頃なブランドの大きな紙袋を小柄な体に抱え、はい、と差し出す。
「これね、約束してたやつ。何着か入れておいたから。いらなかったら捨てちゃっていいから」
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「石鹸」ライフハック 蜜柑は家に帰ってから手を洗うのも、風呂場で体を洗うのにも、石鹸を使う。ソープディッシュに置くのではなく、細かくスライスした石鹸を容器にいっぱいに入れて、都度、一枚ずつ水に溶かしている。買ってきたばかりの石鹸は、ピーラーで一枚ずつ削って、新たに容器に追加する。
削り心地が好きなのか、と問うたこともあるが、別にそういうわけでないらしい。だったらこんな単調な作業を続ける動機は一体どこからやってくるのか、とも思うのだが、まるで写経でもするかのように、淡々と削っている。緩く握られたピーラーは蜜柑の指先によく馴染む。薄く剥かれた石鹸は、鉛筆削りのカスのように丸まって、一枚ずつ落ちていく。伏した瞳も、重力に従って垂れた前髪も、削られる石鹸が立てるわずかな音に追従して、内面にあるはずの様々な余分を捨てて、蜜柑の周囲と内面とに余白を作ろうとしているかのようだった。
1915削り心地が好きなのか、と問うたこともあるが、別にそういうわけでないらしい。だったらこんな単調な作業を続ける動機は一体どこからやってくるのか、とも思うのだが、まるで写経でもするかのように、淡々と削っている。緩く握られたピーラーは蜜柑の指先によく馴染む。薄く剥かれた石鹸は、鉛筆削りのカスのように丸まって、一枚ずつ落ちていく。伏した瞳も、重力に従って垂れた前髪も、削られる石鹸が立てるわずかな音に追従して、内面にあるはずの様々な余分を捨てて、蜜柑の周囲と内面とに余白を作ろうとしているかのようだった。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ポケット」たくさん入るポケット ぽつりと頭に当たった雫が、一つ、二つ、そして徐々に強まる気配を見せ始めたので、急いでコンビニに駆け込む。目敏い店舗で、雨は降り始めたばかりだというのに、既にビニール傘が数本、レジ近くの目立つ位置に陳列されている。
手に取ろうとして、自身の部屋の玄関先の、数本のビニール傘のことを思い出す。以前、必要になって買ったり、同様の状況に陥った檸檬が置いていった傘たちだ。これ以上人口密度を増やすのもなんだか避けたい気がして、ビニール傘はやめて折り畳み傘を購入することにした。
早速、雨空に黒い傘を広げる。新品の張りのある小間に、小気味良く水滴が跳ねる音がする。しかし、それらの水滴が豪雨の音を爪弾く前に不意に鳴り止み、不審に思って傘を少しもたげて見上げると、先ほどまでの真っ黒な雲はどこへ消えたのか、不気味なほど薄青く晴れ渡った空が広がっている。無駄な買い物だったか、と舌打ちが出てしまう。
1765手に取ろうとして、自身の部屋の玄関先の、数本のビニール傘のことを思い出す。以前、必要になって買ったり、同様の状況に陥った檸檬が置いていった傘たちだ。これ以上人口密度を増やすのもなんだか避けたい気がして、ビニール傘はやめて折り畳み傘を購入することにした。
早速、雨空に黒い傘を広げる。新品の張りのある小間に、小気味良く水滴が跳ねる音がする。しかし、それらの水滴が豪雨の音を爪弾く前に不意に鳴り止み、不審に思って傘を少しもたげて見上げると、先ほどまでの真っ黒な雲はどこへ消えたのか、不気味なほど薄青く晴れ渡った空が広がっている。無駄な買い物だったか、と舌打ちが出てしまう。
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DONEおかえりの五分前 すり減ったゴム底のスニーカーの青色は薄汚れても凛々しさを保っていて、買われたばかりの新しさという矜持よりは、今なお使われている自尊心の表れのように見える。玄関に座り込んだまま、冷えた床の染み入るような冷気に体温を奪われるのを感じながら、暇つぶしにスニーカーを眺めつつ、蜜柑の帰りを待っている。あと五分くらいで帰る、という連絡は、時計を身につけている時にこそ役に立つのだと思い知る。
帰宅の電話を聞いてから何分経ったのか判然しないで、五分、という時間だけが頭に残っている。五分なんてすぐだ、と玄関に陣取ったが、常に頭に五分、五分とリフレインしていて、こんな時ばかり時間の経過が遅いのだ。スニーカーの表面を少し擦ってみると、パリパリとした泥汚れが落ちてきて、おまえも働き者だな、と労いたい気持ちが湧く。
594帰宅の電話を聞いてから何分経ったのか判然しないで、五分、という時間だけが頭に残っている。五分なんてすぐだ、と玄関に陣取ったが、常に頭に五分、五分とリフレインしていて、こんな時ばかり時間の経過が遅いのだ。スニーカーの表面を少し擦ってみると、パリパリとした泥汚れが落ちてきて、おまえも働き者だな、と労いたい気持ちが湧く。
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DONEシトバスカウントダウンに書いたやつ。掲載いただいた日に夜空を眺めると、同じ月が出てるよっていう仕様でした
半月と三日月の間くらいの夜 地下という言葉には、死後の世界、夜の国など、陰気な印象が伴われる。転じて、悪の秘密基地や後ろ暗いところのある研究所などが設置されていることも、映画などの創作物ではあったりする。単純明快なシナリオ展開が求められる筋書きならなおさら、こうした一般的な印象を裏切らずに、地下空間という恐怖を設定に盛り込む。
わざわざ、地上何十階のビルの上層に秘密を設けるなら、それなりの理由がないとオーディエンスは納得しない。そう蜜柑は思う。例えば、表向きは善良な企業の顔をしながら、汚い金を稼ぐ秘密結社だとか、地域の権力者が実は裏社会と繋がりがあった、などの場合だ。
だから、こんな小汚い集団がなんでビルの屋上なんかに陣取って研究をしているのだ、とつい理不尽な感想を持ってしまう。両手に食い込むワイヤーが、ガチャついた音を立てる。同じ音を立てて階段を駆け降りる檸檬の後頭部が、踊り場を回りこんで視界から外れる。蜜柑も続いてターンをする。左脚を軸に体を回転させるように動いたせいで、右手のケージが大きく外に振れて、中のコオロギが慌てたように、それでいて玉を転がすような羽音を立てる。ただし、一匹や二匹ではないコオロギが同時に鳴き始めたので、涼しげで爽やかな風情はなく、かなり雑然として聞こえてくる。
1476わざわざ、地上何十階のビルの上層に秘密を設けるなら、それなりの理由がないとオーディエンスは納得しない。そう蜜柑は思う。例えば、表向きは善良な企業の顔をしながら、汚い金を稼ぐ秘密結社だとか、地域の権力者が実は裏社会と繋がりがあった、などの場合だ。
だから、こんな小汚い集団がなんでビルの屋上なんかに陣取って研究をしているのだ、とつい理不尽な感想を持ってしまう。両手に食い込むワイヤーが、ガチャついた音を立てる。同じ音を立てて階段を駆け降りる檸檬の後頭部が、踊り場を回りこんで視界から外れる。蜜柑も続いてターンをする。左脚を軸に体を回転させるように動いたせいで、右手のケージが大きく外に振れて、中のコオロギが慌てたように、それでいて玉を転がすような羽音を立てる。ただし、一匹や二匹ではないコオロギが同時に鳴き始めたので、涼しげで爽やかな風情はなく、かなり雑然として聞こえてくる。
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DONEシトバスが嬉しくて書いたやつ。ちょっとだけ修正ダンスホール エナメルのつま先が半円を描いてホールのウォールナットを滑る。手馴れた、優美なその動きはどこか儀式めいていて、今から特別なイベントが起こるのではないか、という期待を観客に持たせるのに充分な働きをした。
袂をなびかせ、白く染め抜いた桔梗を咲かせた和装が軽い足取りで目の前を通り過ぎていく。腰もとで翻るリボンのコサージュがメリーゴーランドのような鮮やかな色彩を振りまく。彼女たちは、まだ踊り慣れない学生じみた青年を操るようにステップを踏み、小洒落た伊達男に陶酔している素振りで、緩やかにも見えるスピードで回転する。
店内で演奏される、壮年の懐古主義の中で登場するような楽曲は、明らかに古式ゆかしいダンスホールとは年代が違った。だがそんな野暮は誰も口にせず、かつて東京を風靡していた熱狂の一端を、当時とは違って最先端ではなくなった流行を追う、ノスタルジーという一つのイベントとして消費する。もちろん、檸檬も蜜柑もあまり趣味でないのだ。
763袂をなびかせ、白く染め抜いた桔梗を咲かせた和装が軽い足取りで目の前を通り過ぎていく。腰もとで翻るリボンのコサージュがメリーゴーランドのような鮮やかな色彩を振りまく。彼女たちは、まだ踊り慣れない学生じみた青年を操るようにステップを踏み、小洒落た伊達男に陶酔している素振りで、緩やかにも見えるスピードで回転する。
店内で演奏される、壮年の懐古主義の中で登場するような楽曲は、明らかに古式ゆかしいダンスホールとは年代が違った。だがそんな野暮は誰も口にせず、かつて東京を風靡していた熱狂の一端を、当時とは違って最先端ではなくなった流行を追う、ノスタルジーという一つのイベントとして消費する。もちろん、檸檬も蜜柑もあまり趣味でないのだ。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「寄り道」おでんを食べに行こう! 檸檬が待ち合わせ場所の公園にたどり着くと、すでに蜜柑はずっとこうしていました、というような様子でベンチに腰掛けていた。背もたれにわずかに掛かった上体が、時間の経過を思わせる。よお、と声を掛けると、蜜柑は腕時計に目をやり、公園の薄ぼんやりとした明かりの中で文字盤など読めなかったのだろう、ポケットから取り出した携帯端末で時刻を確認する。時間丁度だ。
「俺が遅刻なんてするわけないだろうが。常にぴったり時間だろ」
「少し早く着いておかないと、何かあった時に間に合わない、という可能性について考えたことはないのか」
「事故が起こった時に求められるのは、丁度よく現れることじゃなくて落ち込まないことだぞ」
と、そう教えてやる。今、間に合ったんなら良かった、と返事とも嘆息ともつかない言葉を漏らし「じゃあおでん屋さんまで行くぞ」とベンチから立ち上がる。
1939「俺が遅刻なんてするわけないだろうが。常にぴったり時間だろ」
「少し早く着いておかないと、何かあった時に間に合わない、という可能性について考えたことはないのか」
「事故が起こった時に求められるのは、丁度よく現れることじゃなくて落ち込まないことだぞ」
と、そう教えてやる。今、間に合ったんなら良かった、と返事とも嘆息ともつかない言葉を漏らし「じゃあおでん屋さんまで行くぞ」とベンチから立ち上がる。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「甘いもの」プロ野球選手になるってのはそんなに甘いもんじゃねえな おあにいさん、おあねえさん、ねえ。さあ。ここに取り出だしたりますはこの、木製のバット。これはとっても珍しいもんで、一説には幽霊が持っていたなんて噂もある。単なるバットじゃあない。私が小耳に挟んだところによると、化け物がこれを使って野球をしていたなんて話もある。与太だって?いやいや、実際にこのバットを使ってみたらそんなことは言えますまい。
なんとこのバット、狙った球は百発百中、ズドンとホームラン、球場のど真ん中に向かうときてる。実際に持ってみせましょうか。ヨッ、ほら。このバランスの良さ。均整の取れたボディは。指一本、真っ直ぐに乗るときてる。プロポーションと言うんでしょうなあ、コマのようでしょう。
2554なんとこのバット、狙った球は百発百中、ズドンとホームラン、球場のど真ん中に向かうときてる。実際に持ってみせましょうか。ヨッ、ほら。このバランスの良さ。均整の取れたボディは。指一本、真っ直ぐに乗るときてる。プロポーションと言うんでしょうなあ、コマのようでしょう。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「詳細」伝説の地 階段の上から太平洋を臨む景観は、季節の花々と文化に彩られて休日ともなれば多くの観光客の訪問を受けるK県の陸続きの小島の隣に、人知れず漂う離島があるのを多くの人は知らないだろう。
先の観光島とは異なり、この離島は完全に本土とは隔てられているため、海路をボートで向かう以外に道はない。それではちょっとしたプライベートビーチとして使用されているのだろうかと想像してみるが、この離島には文化も風情も全くなく、この世の春とばかりに咲き誇る雑草たちが栄華を極めているばかりである。
他の誰にも知られていない秘密は往々にしてヒエラルキーの欲望を満たすものであるが、この離島がひっそりと存在している事実が公になっていないのは、そんなことを口にしたが最後、捨てそびれた燃えるゴミの袋を部屋の隅に隠すがごとき恥辱を味わうからだ。「まあ、そんな貧相な島があるの?なぜそれを知っているの?まさかよく行くということ?そうなの」という言葉と共につまらなそうな視線を投げかけられ、逆に相手の欲望を満たす結果に終わる。
1610先の観光島とは異なり、この離島は完全に本土とは隔てられているため、海路をボートで向かう以外に道はない。それではちょっとしたプライベートビーチとして使用されているのだろうかと想像してみるが、この離島には文化も風情も全くなく、この世の春とばかりに咲き誇る雑草たちが栄華を極めているばかりである。
他の誰にも知られていない秘密は往々にしてヒエラルキーの欲望を満たすものであるが、この離島がひっそりと存在している事実が公になっていないのは、そんなことを口にしたが最後、捨てそびれた燃えるゴミの袋を部屋の隅に隠すがごとき恥辱を味わうからだ。「まあ、そんな貧相な島があるの?なぜそれを知っているの?まさかよく行くということ?そうなの」という言葉と共につまらなそうな視線を投げかけられ、逆に相手の欲望を満たす結果に終わる。