sougetsu_nhz
DONEハロウィン艇に戻ったら猫耳生やしたままのアグロヴァルがいた。ノックに対する返事を待たずに開けた扉を、文句が飛んでくる前に後ろ手で閉める。
船室の壁に造り付けられた机に向かっていたアグロヴァルは何かしら言おうとしたらしい口を閉じ、何事もなかったように手元の書面へ視線を戻した。
元々、艇への滞在はひと晩のみの予定のところへ、ほとんど間髪入れずに書状が追ってくるのだから一国の領主は多忙である。
「この後また街へ降りるのか?」
「いや」
ジークフリートがもう二歩ほど室内へ踏み込んでも相変わらず視線は寄越されないが、歓迎されないだけで追い出す気もないようで返事はちゃんとある。
おかげで、部屋の扉を開けた瞬間に目に入った珍妙な光景の理由を、アグロヴァルに尋ねることができた。
2833船室の壁に造り付けられた机に向かっていたアグロヴァルは何かしら言おうとしたらしい口を閉じ、何事もなかったように手元の書面へ視線を戻した。
元々、艇への滞在はひと晩のみの予定のところへ、ほとんど間髪入れずに書状が追ってくるのだから一国の領主は多忙である。
「この後また街へ降りるのか?」
「いや」
ジークフリートがもう二歩ほど室内へ踏み込んでも相変わらず視線は寄越されないが、歓迎されないだけで追い出す気もないようで返事はちゃんとある。
おかげで、部屋の扉を開けた瞬間に目に入った珍妙な光景の理由を、アグロヴァルに尋ねることができた。
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REHABILIジクイベ後1年くらい弄って書いてたやつその日、所用があって艇内のジークフリートの部屋を訪れたパーシヴァルは、作り付けの机上に見慣れない筆記具が置かれているのを目にした。深い青の軸に、天冠とクリップの金が目を惹く万年筆である。クリップには彫金が施されており、遠目にも瀟洒なつくりのそれはそもそも物の少ない船室の中で浮いてさえ見えた。
「ああ、アグロヴァルの……お前の兄上のものだな」
パーシヴァルが気にしていることを見て取ったジークフリートは、あっさりと、だが意外な名前を口に出した。当然の経過としてなぜ兄の物がここにあるのかを問うと、「諸般の事情でウェールズを訪れた際に取り違えて持ってきてしまった」と言う。
パーシヴァルは兄が万年筆を使うところを見たことがなかった。城にあって政務についているならば執務室内に置かれたペンとインクを使うだろうし、視察先で必要になったとしても従者が携えているだろう。兄自らが懐に筆記具を携帯している場面があるとは思えない。それがどういう誤りがあってこの男の手元にやってくるのだろうか。首を傾げるも、肝心のジークフリートはそれ以上このことをつまびらかにするつもりはないようだった。こういうとき、問い詰めたとしてろくな回答がないだろうことは予想がつき、また強いて必要なこととも思えなかったので早々に追及を断念する。
4716「ああ、アグロヴァルの……お前の兄上のものだな」
パーシヴァルが気にしていることを見て取ったジークフリートは、あっさりと、だが意外な名前を口に出した。当然の経過としてなぜ兄の物がここにあるのかを問うと、「諸般の事情でウェールズを訪れた際に取り違えて持ってきてしまった」と言う。
パーシヴァルは兄が万年筆を使うところを見たことがなかった。城にあって政務についているならば執務室内に置かれたペンとインクを使うだろうし、視察先で必要になったとしても従者が携えているだろう。兄自らが懐に筆記具を携帯している場面があるとは思えない。それがどういう誤りがあってこの男の手元にやってくるのだろうか。首を傾げるも、肝心のジークフリートはそれ以上このことをつまびらかにするつもりはないようだった。こういうとき、問い詰めたとしてろくな回答がないだろうことは予想がつき、また強いて必要なこととも思えなかったので早々に追及を断念する。
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REHABILIなんか風景書きたくて書いたやつ恵まれた秋空に色づく木々の合間から覗く空は、よく晴れて高く蒼い。
緩やかに歩ませる馬の背から眺める森の風景は穏やかだ。木々が陽光に向かい先を争って枝を広げ葉を茂らせる夏よりも、落葉樹が務めを果たした葉をいくらか放した今の方が森は明るい。暗がりを好む魔物は何処か他所へ去り、時折顔を見せる者達はおとなしく、冬支度にと落ちた木の実を集めている。
歩む蹄の固い音は厚く積もった落ち葉に吸われてしまう。今アグロヴァルを包む光景は信じがたいほど静謐だった。
午後から視察に出るとだけ言えば優秀な側近は事情を飲み込んだ。そもそも数日前に隣国の港に懇意の騎空団の艇が停泊しているという話を吹き込んできたのも彼であったので、特段驚くべきことでもないのだが、物わかりのよさが少々落ち着かない事案でもある。視察に行くと言いながら馬を引いてまで人出のある街と反対方向の森に来たのはそういう事情もあった。これから顔を合わせるだろう相手はどうせ、アグロヴァルがどこに姿を隠そうが勝手に見つけ出す。ただ察しのよすぎる側近には、どこかで示し合わせて落ち合うような気安さではないことを言い訳しておかなければならなかった。
1536緩やかに歩ませる馬の背から眺める森の風景は穏やかだ。木々が陽光に向かい先を争って枝を広げ葉を茂らせる夏よりも、落葉樹が務めを果たした葉をいくらか放した今の方が森は明るい。暗がりを好む魔物は何処か他所へ去り、時折顔を見せる者達はおとなしく、冬支度にと落ちた木の実を集めている。
歩む蹄の固い音は厚く積もった落ち葉に吸われてしまう。今アグロヴァルを包む光景は信じがたいほど静謐だった。
午後から視察に出るとだけ言えば優秀な側近は事情を飲み込んだ。そもそも数日前に隣国の港に懇意の騎空団の艇が停泊しているという話を吹き込んできたのも彼であったので、特段驚くべきことでもないのだが、物わかりのよさが少々落ち着かない事案でもある。視察に行くと言いながら馬を引いてまで人出のある街と反対方向の森に来たのはそういう事情もあった。これから顔を合わせるだろう相手はどうせ、アグロヴァルがどこに姿を隠そうが勝手に見つけ出す。ただ察しのよすぎる側近には、どこかで示し合わせて落ち合うような気安さではないことを言い訳しておかなければならなかった。
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MOURNING七夕のいちゃいちゃしてるやつ鵲の橋の上甲板を滑っていった雲の向こうに、踊る金の髪を見た。
夜半のことである。
「何をしているんだ?」
艇が風を切る音に紛れて気づかなかったのだろうか。おもむろに手を宙へ伸ばしたアグロヴァルは、そのまま固まってしまった。辛うじて首だけが動いてジークフリートを見る。
「少し酔って風にあたっていただけだ。……抱きつくな、鬱陶しい」
人目がないのをいいことに気まずくそろそろと下ろす腕ごと抱きすくめる。酔ったという体はたしかに常より少し熱を帯びているが、酒になのか船になのかは定かでない。拒否は言葉だけで腕には収まっていてくれる男の視線を真似て空を見る。
「星が掴めそうだ」
「貴様」
「すまん、唇を読んだ」
垣間見えた詩情が思いのほか胸を打って、捕まえておきたくなったのだった。国土を離れ空にある時の男は時折、王や兄と名のつく殻からやわらかい魂だけがまろび出たかのような顔を見せることがある。その様はどうしようもなくジークフリートの追う慕を誘った。
1443夜半のことである。
「何をしているんだ?」
艇が風を切る音に紛れて気づかなかったのだろうか。おもむろに手を宙へ伸ばしたアグロヴァルは、そのまま固まってしまった。辛うじて首だけが動いてジークフリートを見る。
「少し酔って風にあたっていただけだ。……抱きつくな、鬱陶しい」
人目がないのをいいことに気まずくそろそろと下ろす腕ごと抱きすくめる。酔ったという体はたしかに常より少し熱を帯びているが、酒になのか船になのかは定かでない。拒否は言葉だけで腕には収まっていてくれる男の視線を真似て空を見る。
「星が掴めそうだ」
「貴様」
「すまん、唇を読んだ」
垣間見えた詩情が思いのほか胸を打って、捕まえておきたくなったのだった。国土を離れ空にある時の男は時折、王や兄と名のつく殻からやわらかい魂だけがまろび出たかのような顔を見せることがある。その様はどうしようもなくジークフリートの追う慕を誘った。
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MOURNINGジクアグだけどジクさんいないやつ猫の手足「銀の盥で月光を集めた水を使って清めると肌が美しくなる、というまじないがあるそうです」
「どうした、藪から棒に」
「いえ、グラスを取りにお部屋に伺った折、窓辺に水を張った銀盥があるのを目にして」
「あぁ……」
生真面目な顔で探りを入れてくる弟がおかしくて、気を回すのが早すぎた己の失態を暫し忘れる。テーブルの上は二本目のワインが空になろうとしていた。
「フェードラッヘの伝承か?」
「いえ、旅先で聞いたものですが……、兄上、このあと寝所にどなたか招かれるのであれば俺はそろそろ、」
「猫だ」
案の定立ち上がろうとするのを手で制するが、弟は怪訝な顔をする。
「近頃、部屋に出入りするようになった猫がいてな。好きにさせているから、我がおらずとも勝手に入って勝手に寛いでいよう」
535「どうした、藪から棒に」
「いえ、グラスを取りにお部屋に伺った折、窓辺に水を張った銀盥があるのを目にして」
「あぁ……」
生真面目な顔で探りを入れてくる弟がおかしくて、気を回すのが早すぎた己の失態を暫し忘れる。テーブルの上は二本目のワインが空になろうとしていた。
「フェードラッヘの伝承か?」
「いえ、旅先で聞いたものですが……、兄上、このあと寝所にどなたか招かれるのであれば俺はそろそろ、」
「猫だ」
案の定立ち上がろうとするのを手で制するが、弟は怪訝な顔をする。
「近頃、部屋に出入りするようになった猫がいてな。好きにさせているから、我がおらずとも勝手に入って勝手に寛いでいよう」
ハナ🌹オサカ
MEMO「アグロヴァル!」確かに聞こえた声に視線を廻らせる。
鬱蒼と繁った木々の合間からは得たいの知れぬ魔力のようなものが滲んでいて、それはアグロヴァルの氷の魔法を持っても凍ることもなくひたすら静かにアグロヴァルへと向かっていた。
ヒトを喰らう魔物がいる、そう報告は受けたものの詳細は分からず。
送り出した騎士達も戻らず、アグロヴァルが騎士を率いての調査に向かっていた。
形なき魔物、と言った所だろうか?
霧のようなそれは攻撃すれば霧散して、捕らえることも足止めすることも叶わない。
アグロヴァルを逃がそうと霧のようなそれに飲み込まれる騎士たちに押され、アグロヴァルの足はそれ以上進めなくなっていた。
切り立った崖の上、アグロヴァルはそこまで追い込まれていた。
あの霧に飲まれて帰ってきたものはいない。
愛剣を握り締めて、アグロヴァルは思案する。
帰らなければならない、絶対に。
そう思った所で、聞こえてきたのだ。
崖の下、ではない。
ぶわりと大きな風が吹いて霧が左右に割れる、とその間だから黒い風がアグロヴァルへと向かってきた。
「っ、おま、え」
「アグロヴァル、飛べ!」
飛べとは何処にか、一瞬の迷いの 1371
ハナ🌹オサカ
TIRED◆シェフの気まぐれコースその店が開いている所を見たのは二度だけだ。
オフィス街から少し離れた場所ではあるものの、職場への通り道にあるので平日は毎日その店の前を通るのだ。
土日になら開いているのか、早朝ならば、深夜ならば、そんな事を思いながら勤続十年を越えた辺りで勝手に閉店したのだと思っていた。
北風が強く吹く深夜ゼロ時に、私は会社を出た。
珍しくタクシー代は会社で出してくれると言うので終電は見送った。
タクシーなら一時間半ほどで家に帰れるだろう、金曜日の夜でも何の予定もない事に寂しさを覚えることもなくなった。
気が付けば遅い昼飯を取ってから何も食べていないが、駅前まで行かなければコンビニもない。
最近サイズの大きくなったズボンを見下ろして、タクシーを拾うべく顔を上げて視線を止める。
閉店したのだと思っていた店に明かりがついていた。
フラフラと店に近付けば良いにおいが鼻を付く。
そう言えば、以前に店が開いていると思われる時にも良いにおいがした。
だから店が開いていると分かったのだ。
壁一面をアイビーで覆われた店の窓から漏れる明かりをそっと覗いてみる。
小さな店だ。
ぼやけたガラ 1241