「……苦くないね」
カップに口をつけて、ホークスは興味深そうに瞬いた。
「綺麗なフルーツ香のする焙じ茶……まで言うとオーバーだけど、そんな感じ」
「そうだな。一般にいうコーヒーとは、いささか風情が異なると思う」
彼の向かいで、どうやら口に合ったらしいと内心胸を撫で下ろしつつ、常闇も自分のカップを取り上げた。
「……喫茶店を経営していた祖父の気に入りだ。豆を浅煎りにして、当時は薄手の布フィルタで抽出していた。今は円錐のドリッパーがあるから、紙でよくて便利だ。
その頃はコーヒーと言えば泥のように濃いものだと思われていたから、『こんな薄いものに金を払えるか』と随分難癖をつけられたようだが、まぁ、身内ながら頑固な人で」
「常闇くんに言われるのか〜」
「要らないのなら回収するが?」
常闇が半眼で手を差しだすと、ふざけた仕草でカップが退避される。溜息をついて常闇は続けた。
「……俺が知っているコーヒーはこういうものだったから、小さい頃、友人に『飲めて凄い』と言われるたびに、話が噛み合わなくて据わりが悪かった」
「なるほどねぇ……濃いのとは違うけど、味が多いから薄い気もしない。面白いね、味覚って」
「祖父もそんなことを言っていたな。美しい織物だって、グシャグシャと丸めたら何も分からない、鑑賞には広げる余白が必要だ、と」
「ジーニストさんと気が合いそうな例え話だ」
ホークスは、リビングの光にカップを掲げ、少し透る水面に目を細めた。
「……君らも、このコーヒーみたいな薄暗がりの方が好きだったね。泥みたいな真っ暗闇ン中なら最強なのに」
「? ……あぁ」
「俺は好きだな。君のおじいさんの趣味も、君の趣味も」
◇
そんな遣り取りをつぶさに覚えているのだから、家族の味を披露するにあたって、あのとき自分は割に緊張していたのだろうな、と常闇は思う。
沸かした湯を、まずはドリッパーをセットしたサーブ用ポットにいれて、それをドリップポットに移す。全ての器具が温まり、ついでに湯温も適当になったところで、ドリッパーにフィルタをセットして粉を均し、細く細く湯を回して粉のドームを膨らませる。浅煎りの豆はガスの抜けが悪いので、撹拌を良しとする説もあるのだが、常闇は取り入れていない。届ける相手が雑味を嫌うので、そのあたりは豆の調子を見ながら注ぎ方で整える。
落ちきる前にドリッパーを外し、香りに頷いた常闇は、二つのカップにコーヒーを移した。行き先はホークスの部屋。天岩戸ほどではないが、ちょっとした開かずの扉の様相である。
「ホークス。手が塞がっているので開けてほしい」
ほどなくして、非常にバツの悪そうな顔をした師匠が部屋から顔を覗かせた。
「……や、俺が言い過ぎたのに、これどう考えても変だよね?」
「そろそろ口実の必要な頃合いかと」
さて、この度の二人の口論、ホークスの指摘は言い過ぎではあったが、ちゃんと正論でもあったのだ。この容赦のない人物がそれを「言い過ぎた」と思ってくれて、取り繕うのなんて朝飯前のはずなのに「ちょっと頭冷やしてくる」とこの世の終わりのような顔をして部屋に引っ込んでしまった。
まぁ、その時点で、怒り続けるのは常闇には無理だった。
「いや、死ぬほどカッコ悪いな俺……」
受け取ったカップをデスクに置いて、はぁ、とホークスは肩を落とす。コツンと常闇の肩口に額をつけて、言い過ぎた、ごめん、と謝った。