休むことは仕事のうち。プロ意識の具現のような師匠から、常闇が実地に学んだことだ。
とはいえ、眠るべき時には一分以内に眠り、必要とあれば瞬時に目を覚まし、半日たらずの休みであってもその間は仕事をきっちり頭から追い出す……なんて芸当は、誰にでも実践できるものではない。なにか秘訣があるのか、と常闇が尋ねたのは、通り一遍の訓示を受けて自分なりに試行錯誤を繰り返したあとのことだ。
コツ一つ教われば魔法のように上手く行く、なんてムシのいいことを思いもつかない彼はそのとき既に成人しており、そういう彼だからこそホークスも笑って答えてくれた。
「瞑想、マインドフルネス、実績あるのから眉唾までいろいろあるけど、言ってることは結局同じだよね。『なんも考えるな』。アタマを回復させる手って、これに尽きるから」
ホークスはソファの背に預けた頭を常闇に向けてコテンと倒す。
「やたら指定の細かいイメージセットとか、ややこしい呼吸法とか、きっちりやるとなったら他のこと考えらんないでしょ。ありゃ結局、頭をからっぽにする手続どれが向いてますかーって話でさ」
「……ではやり方よりも、実践する者次第ということか」
難しい顔になる常闇に、君の場合はその生真面目さが壁かもなぁ、とホークスは喉をふるわせる。
「ま、そう簡単でもないから、強制的に頭空っぽにする方法があるわけでしょ。ランナーズハイとか、座禅とか、サウナとか」
「それは、同じくくりだろうか」
「疲労限界でも血行不良の極致でも、体で起きてる反応は似たようなもんだよ。サウナもね。人体、80度超えの高温多湿環境で考え事するようにはできてないから」
実に身も蓋もない話は参考にはなったが、一連の解説で常闇が気になったのは別のことだった。
「……それは、あなた自身にも適用できるのか」
「俺?」
ホークスは意外そうに瞬いて、それから、うーんと考え込んだ。
「伊達でガキんときから訓練してないからなぁ。意識だけで切り替えられちゃうから、逆に、外からの影響もないんだよね俺の場合。体のコンディションはあんま関係ないっつーか……むしろ頭動かすの無理めなトコ放り込まれると変な反骨精神わくっつーか……」
大人げなさと老獪さを二人分ずつ集めた上にかけ算し、そののち割るのを忘れた。ひと言にするなら、彼の師はそういう性分をしている。
その妙な意地は常闇には馴染みの、そして好ましいものだったが、それはそれとして彼には少し寂しい心持ちもあった。どうやら、それが顔にでてしまったらしい。
「どしたの?」
「いや、あなたのスキルは尊敬するが、その……『休息』くらいは、あなたの自助努力以外のところで叶ってもいいのでは、と……」
どうにも無意味な感傷を口にしているように思えて、常闇の言葉は尻すぼみになる。もごもごと閉じられた嘴が、やくたいもないことを、と謝罪をこぼす前に、師の口元に笑みが刷かれた。
「ああ、でも、そういや最近あったな。頭が勝手に空っぽの真っ白になったこと」
ちょいちょいと人差し指で招かれ、常闇は戸惑いながら顔を近づける。頬をよせてきた師の動きは水の流れるように滑らかだ。鳥人間を自称するこのひとは、時折鳥より猫に似ている。
耳元にクスクスと、囁き声が吹き込まれた。
「またよろしくね?」
気の利いたことを何も返せず固まった常闇に、ご機嫌な師匠は鳥の流儀で口付けた。