空に光るはすべて星 011〜020240426
慰めてよ
焚火に背を向け蹲る肩が嗚咽で震えるのを俺は今夜も気付かぬふりをして眠る努力を続けていた。昼間は元気そうに振舞うあいつの表情を思い出す。髪に付いた枯草を取ろうとして指先が何故かあいつの旋毛から離せなくなりそのうちこのこどもは眠ったまま俺の掌に頭を擦り付けてきやがったのだがどうすれば
240428
重なった偶然
俺が、俺が父さんの期待に応え続けられなかったから、父さんに従う事から逃げてしまったから、だからあんな事になってしまったのかな、って。考えないようにしてるけど、つい、父さんじゃなくて何で俺が生き残ったのかな、って… え …ごめん もう二度と言わないから、頼むからそんな顔しないでくれ
いっそ泣かれた方がましだ。俺の歳の3分の1も生きていないこどもが口を歪ませ偶然背負わされた罪を告白する。伝え聞く彼の父親の悪行を教えても別に彼の救いにならないだろうし、親にとって子に先立たれることほどつらいことは無いんだ、と言おうとして自分の古傷から新しい血が吹き出すのを感じている
240429
こっち見てよ
地球って、綺麗だな。え俺何か変なこと言ったか?確かに最初は、プラントの管理された空調とは違う激しい気候変化や虫や生物には驚いたけど、あのときあんたと一緒に掘った土の匂い、夏の夜が明けて朝靄が晴れていったあの時間は、俺は一生忘れないと思うんだ。あんたとの事も、忘れるなんて出来ないよ
悪い夢でもみたと思って忘れろ、と目を逸らして言うと、泣き出すかと思ったこどもは反論しだした。俺は正気を失ったお前を攫い監禁して人質にしたテロリストで、瓦礫に押し潰されたお前を見捨てた極悪人なんだぞ?お人好しにも程があるだろ? …やめろ、そんな目で見るな。俺は絶対絆されたりなんかし
240430
諦めきれない
俺は、会社も家族も学園だって絶対に諦めたりしないんだ。そりゃ三年も経ってまだ会社は完全に立て直せていないけど、弟からはもっと自分を大切にしろと未だに小言を言われるけど、学園も以前のままではないけれど、でも続けていればどうにかなるって思ってたしだから今、あんたと再会出来たじゃないか
やめろ、俺を見付けて輝くように笑うな。取り巻く十数名の護衛を置き去りにして駆け寄るな。何で俺なんか覚えてるんだ?いや忘れられない様な酷い事をしたのは判ってはいるがお前はもうそんな立場じゃないだろ? 俺は柄にも無く上がった心拍数に、俺自身がまだ諦めていなかった事を自覚して呆れている
240501
共犯者の笑み
昔ライブラリで観た話で、お城に幽閉されたお姫様が優しい泥棒に助けられて泥棒は去ろうとするんだけどお姫様は、まだ泥棒は出来ないけどきっと覚えます、だから連れて行って、って言うんだ。俺はテロは出来ないからあんたの生業を変えようと思う。テロじゃないやり方で一緒に世界を変えようじゃないか
俺が知ってる話はこうだ。若かりし頃の泥棒がヘマを踏んだ時たまたま幼いお姫様が助けてくれて、それを忘れなかった泥棒はお姫様の危機に一瞬だけ駆け付け去って行ったんだ。俺はもう帰るからな?お前と俺には何の関係も無いどころかお前、俺がお尋ね者だと忘れてないか?そんな目で見ても無駄だからな
240502
身勝手な論理
責任取って!は幼馴染の元婚約者の口癖だった。子供の頃から何度も言われた彼女の言葉が、いま俺の頭の中で渦巻いていた。別れの時間が近付いている。連絡先の交換はやんわり断られ、彼は俺に全部忘れろなんてひどい事を言う。あんたが俺に刻み込んだんじゃないか。俺が忘れられるなんて簡単に思うなよ
別れの時間が近付いている。身の回りの品を揃え目的地まで連れて行きチケットを入手して渡し、俺は何をやっているんだと正気に戻った頃この子供は礼がしたいと連絡先を聞いてきた。犯罪者がそんなもの教える訳ないだろ?俺はもうこれ以上お前の事を考え過ぎておかしくなりたく無いんだ。早く帰ってくれ
240503
幸せになれなくてもいい
あんたの言う気の迷いとか歳の差がとか身分違いとかストックホルム症候群とかもう聞き飽きたよ。俺はパトリシア・ハーストじゃないしあんたもリマ症候群なんかじゃない。相応の相手を見付けろって俺の手は父さんの血で汚れてるし、あんたじゃなきゃ嫌だって俺が言ってんだ。地獄で一緒に幸せになろうよ
諦めさせる言葉が浮かばなくなり黙り込む。俺は狡いな、わかってる。本気で別れたいなら消息を絶てばいい。俺の世界から完全にお前が消える。俺の目の奥の俺の真意を確かめようと覗き込むこの燃える碧い瞳が二度と見られなくなる。一瞬、ぐらりと視界が傾く。嘘だろ?こんな感情捨てたはずなのに、なぜ
240504
心臓が痛い
あいつの弟からどうしてもと頼まれあいつが地球に滞在してる間だけ身辺警護を請け負ったが、なるほど次々とボディガードが辞めていく理由がわかるな。事が起こると真っ先に飛び込んでいくなんてCEOとしてどうなのか?おい、ひと仕事終えた顔で笑うな。お前の本業は人助けじゃないだろ?いい加減にしろ
自慢の弟なんだよ。弟は俺が何がしたいのか何を必要としてるのかが不思議とわかるみたいでさ、あんたの事は俺が失踪してる間の命の恩人だと説明… なんだ?嘘じゃないだろ。…とにかくそう言ったらあっという間にあんたを探し出してくれて俺のBGとして雇ってくれて… え?話が違う?なに笑ってんだ?
240505
君と別れるなら、夏がいい
地球って何でこんなに暑いんだ?え、夏?四季?一年で4回気温が上下する?春と秋は過ごしやすくて、冬?は寒くて雪が降る?スキーが出来るリゾートフロントに行った事あるけどあんな感じか?パウダースノー、牡丹雪、色々種類あるんだな。冬になったら雪を見に行きたいな、ってどうしたんだ変な顔して
お前は冬まで地球に居るつもりなのか?窓から見える軌道エレベーターを指差す。明日お前はアレに乗って宇宙に帰り二度と地球なんか来やしないだろ? 空調が効かない安ホテルの開け放した窓の外から蝉の鳴き声が聞こえる。お前は暑い暑いと言いながら汗ばんだ肌をすり寄せて、なあ、もう一回、と呟いた
240506
どこか知らない場所へ
弟に無理矢理休暇入れられて、旅行にでも行ってこいって言われたけど俺は別に行きたい所ないし、花でも手向けたいと思って来たんだよ。此処にはシーシアと、あんたの仲間達が眠っているんだろ? 期待してはいなかったけど…嘘、ちょっと期待してたけど、あんたに逢えるとは思っていなかった。嬉しいよ
偶然なんて嘘だ。お前が休暇を取らされた事も行き先を地球にした事も今日ここに来る事も俺は知っていた。俺の、機械と生身が入り混じった身体がもうあまり持たない事が判って最期に遠くからお前が見られれば良かったんだ。駄目だ、話したくない。お前を攫って逃げたいだなんて一瞬でも考えたくないんだ