Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    hoshina0018

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 14

    hoshina0018

    ☆quiet follow

    主福 紅葉と猫と

    #主福
    #RotR

    揃いの柄 秋晴れの気持ちの良い日射しの中、書物屋へ行きがてら散歩しようとまっすぐ街へは行かず、あまり人気の無い道を通る。
    この道は今の時期になると紅葉がとても綺麗で、福沢は好んで通った。ここより紅葉がたくさん植わっている名所は幾つかあるが、この場所の雰囲気が静かで大変気に入っている。
     
     赤く染まった葉を眺めては、この美しい景色を想い人と共に見たい。彼を誘ったら来てくれるだろうか。来てくれたなら喜んでくれるだろうか。
    浮ついた心でそんな事を考えている。彼の喜ぶ顔を想像すると、結んでいた口元が緩んだ。

     
     暫くゆっくりと歩きながら、紅葉狩りを楽しみつつ相手をどう誘おうか思案していると、遠くの寺の境内に人影が見えた。
    見覚えのある後ろ姿にもしやと思い、はやる気持ちで少し近寄り確認してみると、イチョウの葉が舞い散る中、屈んだ体制で何やら懐を探っている想い人、隠し刀の姿があった。
    「こんな所でどうされたんで─────」
     福沢はこの僥倖に胸が躍り、声を張って彼に呼びかけるも、尋ね終わる前に草むらを何かがものすごい速さでこちらへ向かって来るのに気付く。それが茂みから顔を出した時、猫だと分かったが近くにあった小屋の裏へ一目散に逃げてしまった。
    「福沢。こちらに猫が走ってきただろう。どこへ行ったか分かるか?」
    いつの間にか背後に立っていた想い人に呼ばれ振り向くと、彼は周りをきょろきょろと見渡していた。
    「そこの小屋の方へ逃げていきましたが…あのような所で何をしていたんです?」
    「そうか…いや、なに。人に頼まれて猫を保護しているんだが、三毛猫は警戒心が強くてなかなか捕まえられなくてな」
    今見た猫も黒、白、茶の三色だったと思い出し、福沢ははっとした表情で、
    「すみません。もしかして…僕が大声を出したから…?」
    「……いや、大声を出そうが出すまいが、保護できていたか分からない。ここ数月、敵意が無いことを分かってもらうために餌を与えていたんだ。福沢のせいではないよ」
    いつもより柔らかい声色でそう言われたが、それが逆に福沢の罪悪感を煽る。申し訳なくなり、眉が八の字に下がった。
    「それなら僕もお手伝いします。二人で探した方が早いでしょう」
    罪滅ぼしに猫を捜す手伝いを申し出たが、無理に追い立てると捕まえられるものも捕まえられなくなってしまうから、と断られてしまった。
    「それより、お前はどうしてここへ?」
    「僕ですか?僕は書物屋への道すがら、紅葉狩りをしていたところです。……お急ぎの用事が無ければ、一緒にどうですか」
     この絶好の機会を逃すまいと早速誘う。なかなか自然に誘えたと思ったが、断られやしないか内心、緊張していた。隠し刀の反応が気になりじっ、と顔を見つめると、少しはにかんだ気がした。
    「ああ、付き合おう。思う存分、買ってくれ」
    「……別に、荷物持ちとして誘った訳ではありませんよ」
    「分かっている。冗談だ」
    彼の乏しい表情のせいで冗談を言われても、本気なのか嘘なのか、よく分からない事が多々ある。何となく面白がられている気がするが、その戯れも楽しく思う。

     肩を並べ、二人で歩く。先ほども見ていた深紅の葉がこと更に美しく見えるのは、想い人と一緒だからだろうか。
     頭の中が一足早く来た春の様な感情に支配されていると、隠し刀が何かに気付き、口を開いた。
    「……お揃いだな」
    「え?」
    何の事を言っているのか分からずにいると、福沢の外套の袖を広げるように持ち、
    「装束。葉の影が映って、同じ柄だ」
    照葉の影が二人に写り、全身が灰色の紅葉の葉でまばらに埋め尽くされていた。風が吹くと細い枝が揺れて、それに合わせ一斉に柄も揺らめく。隠し刀は、な?と同意を求め、少し口角を上げて首を微かに傾けた。
     その仕草に心臓の鼓動が早くなると同時に、頬がほのかに熱くなるのを感じた福沢は、それを誤魔化すように、あなたって人たらしですね、と俯いて少し拗ねた調子で言った。
     あまり感情を表に出さない彼だが、困っている人がいると放っておけない性分で意外と顔が広い。共に街中を歩くと老若男女問わず声を掛けられる事もしばしばあるのだ。こういった事も皆に言っているのだろう。
     その様子を見た隠し刀は一層、福沢に近付いて顔を覗き込む。
    「私が人たらしだと、お前は困るか」
    「……知りません」
    次はそっぽを向くと、はは、と短く笑う声が聞こえた。

     ◇◇◇

     書物を選びながら、隠し刀に対して素直になれない自分に落ち込んでいた。いつまでも素っ気無い態度をとっていては関係は進展しないどころか、悪くなってしまうのではないか、他の人と懇ろな関係になってしまうのではないか、と不安なのだが、自分だけが意識して心乱されている現状がなんだか悔しくて、ついあの様な態度をとってしまう。
     自己嫌悪に陥る福沢をよそに、隠し刀は一冊の本を手に取り、ぱらぱらと頁を捲っている。あまり書物には興味が無いと思っていたのだが案外、退屈している様子も無く、寧ろ興味ありげに読んでいた。
     一旦、沈んだ気持ちを心の隅に押しやって、自分も欲しい書物があるか探さねば、と気分を切り替える。視界に入った良さげな書物を手に取り、表紙を捲った。


    「あの…このまま、あなたの長屋へお邪魔して読んでもいいですか」
     落ち込んだ気分は、腕の中に収まっている書物を見つけた事ですっかり消え失せたどころか、早く読みたくて仕方がないとほくほく顔になっていた。
     今回はめぼしい物が無いと店を出ようとした時、数冊重なった一番下の本が目に入り、少し中身を見てみるとなかなか面白い内容ですぐさま購入を決めたのだ。
    「それはいいが…少し寄り道してもいいか。やはり寺の境内に居た猫が気になる。あれから半刻は経ったし、元の場所に戻ってるかもしれない」
    これから寒さも厳しくなるしな、と目を細めて心配そうに寺の方角を見る。
    福沢は首肯して、
    「ええ、構いませんよ。なるべく早急に保護した方が依頼した方も安心でしょうし」
     隠し刀に気にかけて貰える猫に少し嫉妬に似た感情を抱きながらも、人に限らず動物にまで優しい心根が福沢は好きだった。
     
    「そういえば、書物屋で何か読まれていましたね。何を読んでいたのですか」
     寺へ戻る最中、隠し刀が書物屋で夢中になって読んでいた本が気になり聞いてみる。
    「ああ、あれは料理本だ。銀杏の調理方法で気になるものがあってな。猫のいた寺に大きなイチョウの木があっただろう?あそこに実が沢山落ちていたから、少し分けてもらって試してみたい。それも寺に戻りたい理由の一つだ。今の時期しか採れないからな」
    「銀杏ですか。つまみに良さそうですね」
    「だろ。お前が喜ぶかと思って」
     また、人をたらし込めるような台詞を吐く。
    福沢は喜びつつも、複雑な心境を隠すように、
    「それは…ありがとうございます……」
    と、少し照れながら呟き、足元の枯葉をわざと踏んづけた。瑞々しさを失った乾いた音が、やけに大きく響いた気がした。
     
     すると隠し刀の足がぴたりと止まる。目が鋭くなり何かを追い始めた。
    「居た。あの三毛猫だ」
    いつの間にか寺付近まで来ていたようで、時が経ってすっかり警戒が解けたのか、軽い足取りで境内へ入っていく猫の姿があった。
    「福沢はここで待っていてくれ。」
    そう言って隠し刀は気配を殺し、音を立てずに裏手に回り込んで見えなくなる。
     ここで待てと言われたが、成り行きが気になり猫に勘づかれない程度に慎重に近寄ってみると、僧侶が箒で履いて集めたであろう落葉の山を布団代わりにして丸まっていた。そのうち寝ている猫の後ろから音も立てず隠し刀が現れ、徐々に近付くとその場で座り込んで猫じゃらしを懐から取り出し、振り始めた。
     それに気付いた猫は、体勢を低くしている。警戒されたかと思いきや、腰をくねくねと揺らす様子を見ると猫じゃらしに興味にがあるのか、いつ飛び掛ろうか刻を見計らっているように見えた。
    緩急をつけ、地面に擦り付けながら音を立てると、遂に鉄砲玉が発射されるかの如く飛びつき、付いていた羽根を毟って遊び始めたではないか。
    猫じゃらしであやしながらそっと手を伸ばすと、いとも簡単に猫を抱き上げることが出来た。
     
     福沢が隠し刀のもとへ駆け寄ると、大人しく抱かれ喉を鳴らして甘えている猫がいた。
    「お前は手強かったなぁ…数月かかったぞ。そのおかげで喜びも一入だ。…ひとりで家族のもとに帰れるか?」
    尊いものを慈しむ眼差しで下顎を擦ってやると、猫はしゃがれた声で返事をし、もっとしてほしいと言わんばかりに顎をぐん、と突き上げた。
     気持ち良さそうに目を細めている様子を見て、つられて隠し刀の目も細くなり、目尻が下がる。
    「よしよし、偉いな」
    「………………羨ましい」
     福沢が物欲しそうな心の声をこぼしたと同時に、猫は隠し刀の腕の中からするりと抜け出した。
     
     好きな人に抱かれ、自分には見せない表情を向けられている。自分が欲しいものを全て掻っ攫っていく猫が羨ましかった。そんな光景を見ていたらつい、心の内が漏れていたのだ。
     その言葉を聞いた隠し刀は、いつもよりも少し目を見開き、驚いた様子だったが、
    「…なんだ、お前もしてほしかったのか……ほら、おいで」
    やがてゆっくりと瞼が弛緩し、両手を広げていた。
    「な、何を言ってるんですか…!もう……子供じゃあるまいし……」
     そう。子供であったら無邪気にその胸に飛び込めただろうが、とっくに元服している身だ。素直に抱かれるには些か…いや、相当恥ずかしい。しかも懸想している相手だ。意識してしまって心臓がどうにかなってしまうかもしれない。
    「さては…また僕をからかっているんですね?今度は引っかかりませんよ」
     冗談を見破り得意げになっていると、隠し刀が先程とは違った真剣な眼差しで福沢を捉えていた。
    「……冗談ではないと言ったら、お前を抱き締めてもいいのか」
     風が吹いて木々が揺れた。イチョウの黄色い葉が、ひらひらと舞い落ちる。
    「……へ!?」
     予想外の言葉に一瞬、思考停止したが、またすぐに動き出す。
    これは本気なのだろうか。いつもと雰囲気が違う上に、表情からは今の言葉をそのまま受け取っていい気もする。しかし、それは《そうであってくれ》と願う、自分にとって都合の良い希望的観測ではないのか。
     悶々と考えをめぐらせている間、次第に隠し刀が伏し目がちになった。
    「…………すまない。今のは忘れてくれ」
     無言を拒否と捉えたのだろう。いつの間にか広げていた腕は閉じられており、そのままくるりと背を向けてイチョウの木へと向かって歩き出した。
    「まっ…て!…ください…」
     咄嗟に福沢は一歩踏み出して彼の腕を強く掴む。そして意を決して消え入りそうな、だが熱のこもった声で呟いた。
    振り返った想い人は言葉の続きを待つように、じっと福沢を見つめている。
    「な………長屋で、お願いします…」
    福沢の顔が羞恥心から紅葉のように赤くなっていく。
     人目を気にする台詞が福沢らしい、そう思った隠し刀は短く笑った後、眩しそうに目を細めた。
     瞼の隙間から覗く深い茶色の瞳が、大きく咲いている。
     葉影が互いの体を行き来している様子を、猫が黙って見ていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺👏👏🍁
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works