早朝、一人飯「これは、まずいな……」
冷蔵庫の中身が、何も無いとは。すでに正月は過ぎたと言うのに、買い出しもしなかった自らが悪いのも解っている。空のビール缶を転がし、どうも働かない頭を抱えつつダウンを着るしかない。朝焼けの陽が差し込む中、木枯らしが吹き付け腕を押さえた。酒だけで腹は膨れないのだから、仕方無い。何か口に入れたい、開いてる店を探そう。
「……あ」
良かった、灯りがある。丁度食べたかったところと暖簾を潜れば、二日酔い気味の耳には活気があり過ぎる店員の声で後退りしかけても空腹には代えがたい。味噌か、塩も捨てがたいな。食券機の前で暫く迷いつつ、何とかボタンを押した。この様な時、一人だと少々困る。何時もならと考えてしまう頭を振り、カウンターへと腰掛けた。意外と人が多いな、初めての店だけれど期待出来そうかな。数分後、湯気を掻き分け置かれた丼に視線を奪われた。
「おお……」
思わず、口に出してしまう程。美しい琥珀のスープ、浸かっては染まる煮卵と叉焼。思わず箸で掬えば滑らかな縮れ麺が姿を現し気付けば齧り付いていた。どれも食感が良い、出汁を吸っていて早朝の胃でも温かく染み込んでいく。これは、醤油にして正解だったな。昔ながらで、何処か懐かしい味もする。今度士元や孔明と飲んだ後にでも連れて来よう。
それにしても、叉焼よりメンマが多いな。面積の半分は締めている。一口の歯応えで疑問は除かれ、自信と誇りがあってのことだと頷けた。この風味なら多いに越したことは無い、足を運ぶ愉しみを増やす実に良策だよ。年越し蕎麦もうどんも堪能したというのに、不意に過って来る。黄金の麦が香る心地良い弾力は恋しく、離れがたいものなのかもしれない。無心で一気に、啜り込んでいた。
「ご馳走様……美味かった……」
誰に聞こえる訳でも無い声で賞賛し、店の扉を開けた。腹が満たされ、漸く口元を緩められる。
「おお、徐庶殿!!」
「わ、あれ……馬超殿」
大音量で名を呼ばれ振り向けば、日差しを浴び眩い金髪からの笑顔に見惚れざるを得ない。
「どうしたんだい、こんなところで」
「無論、食べに来たところだ……徐庶殿も朝飯か?」
「ああ、今しがた……凄く」
「美味かっただろう、メンマが多くて最高だからな!徐庶殿にも是非食べて欲しいと思っていた!!」
成程、馬超殿の行きつけだったのか。そういえば彼の家から近い店の話を、秋頃法正殿から聞いていた。
「ひょっとして……法正殿と食べたところかい」
「そうだぞ!知っておられたのか?!」
「え、ええと……いや、推測だけれど……」
しまった。何処となく嬉しそうに話す法正殿を思い出して、なんて言ったら馬超殿は喜んでも後で怒られるどころじゃない。真相を何とか隠せば、表情は直視出来ない程煌めき晴れやかなまま。
「そうか……流石徐庶殿だ、今度は皆で来よう」
その素直な言葉に、俺は脳裏から片時も離れない存在を思い出す。やはり考えないようにしても、駄目だな。
「……そうだね、来週にでも……馬岱殿も帰ってくるから」
「うむ!」
馬超殿は思い起こしながら、此処のラーメンを啜りに来たのだろう。今はまだ逢えない、大切な人を。
「……はは、情けない」
一人は基本平気だ、その方が良い時もある。でも君の記憶が残るところは、どうも寂しくなるんだ。蕎麦とうどんは避けた、年末の君を思い出すから。君を感じない何も知らないところで、一人の飯に集中したくて。君の声が響かない自宅では酒を煽っているなんて、仕事ばかりの法正殿のことを言えたものでは無い。
「……あのラーメン、作ろうかな……」
せめて、君が帰ってくる頃に分かち合えるものを用意しておこう。また増える笑顔の礎となるなら、一人飯も悪く無いみたいだ。