あとしまつ編⑦ サバイバーの1階には春日くんとナンバ。そして、さっちゃんとえりちゃん。この建物内ではあの時のメンバーが一応全員集合していた。2階の奴には後で伝えておくとして、俺は春日くん達と神室町でのあれからの出来事と異人町での出来事についてお互いの情報を交換した。
春日くん達は、青木の秘書の計らいもあって、彼を看取ることができたそうだ。ただ東京23区内の傷害事件であるため、荒川真斗の遺体は青木遼の遺体として司法解剖に回されたという。本当に大変なのはこれからだろう。荒川真斗と青木遼、そして久米に小笠原。そしてブリーチジャパンと近江連合と極道大解散のつながり。思い出すだけでも壮大であまり現実味がない。春日くんがどこまで介入するのかは話を聞く限りでは分からなかったが、きっと全部背負うつもりなんだろう。
「でも俺は少なくとも、若を引き受けたいと思っている」
神妙な表情をした彼は、絵画の一枚のようだった。渡世の親である荒川真澄の遺骨と共に、その息子も引き受けるのは意外でもなんでもなかった。この場にいる全員が、そうだろうなとが考えていたことでもある。この英雄的な振る舞いは、悲しいかな俺たち異人三にとっても都合が良い。本当に勇者になっちゃったなぁ、と俺は驚きを通り越して呆れていた。
んでよ趙、と春日くんが切り出す。
「ハン・ジュンギが過労で倒れて2階で寝てるっつう話だけどよ、病院に連れていかなくて大丈夫なのか?」
本当に心配そうな表情にやや罪悪感を覚えた。むしろ病院からさらってきたのだが、正直には話しづらい。
「なんかよく分かんねぇが、ソンヒに世話を押し付けられたらしいぞ」
俺がすぐに答えないことに気を使ってくれたのか足立さんが話し出した。これはラッキーだ。そう、何かよく分かんないことにして全部ソンヒのせいにしておくことにする。
「そゆこと。身の回り品一式と薬と一緒に預かってる」
とりあえず事実ではあるので、全力で乗っかることにした。ナイス足立さん。
「おい趙、そういやあいつ飯食えそうだったか?」
前言撤回。やっぱり説明は省けそうにない。いい加減に切り上げないと芋づる式に、寝不足の原因まで痛い腹を探られることになる。
「あ~、食べられはするけど、食欲は無いみたい」
後で様子を見て、最悪食べさせないと行けないかもしれない。病人相手に変なスイッチが入りそうで少し怖くはある。かといって、あの熱と疲労と俺のせいでふわふわしているハンくんを皆に見られるのも気が咎める。本当は元本職のナンバに助けてもらいたいところではある。
「え……ハンちゃんが……食欲無いですって……?」
さっちゃんが、この世の終わりを告げられたような顔をした。
「それって……やべぇんじゃねえか?あのハンジュンギが飯を食えねぇなんて……」
春日くんも眉間の皴を濃くしている。
「そんな……ハン・ジュンギさん……そんなになるまで私たちのために……」
えりちゃんまで悲壮感たっぷりだ。3人の反応は、まるでハンくんが死にかけているかのようだ。たしかに仲間内では食いしん坊キャラが定着している気はしていたが、そこまでとは思っていなかった。空気が重いし、何だが気まずい。
「なぁ趙、ハン・ジュンギの奴、熱があるとか脱水症状とかいつもと違うことはないか?」
さすがはナンバ。病気とケガについては現実的で具体的だ。そうなのだ。食欲はないが、飲み食いができない訳ではない。
「まぁ、熱はあるみたいだけど寝てれば治るって怒られちゃったよ。あ、そうだ。ハンくんが、春日くんに直接伝えたいことがあるから、明日都合のいい時間にサバイバーに顔出して欲しいってさ」
そろそろ2階に戻らないと、機嫌を損ねそうだ。
「へ?俺に直接……って」
春日くんは驚きながら天井を見る。
「さすがに内容までは聞いてないから、明日ハンくんに直接聞いて。あと明日は俺ら一日中サバイバーに居るし」
「俺も昼前には居るぜ」とそこに足立さんが加わる。というか足立さんがいないと俺たちの仕事は始まらない。ハンくんの熱も下がっててもらわないといけない。ハンくんの誘惑と己の理性との戦いがこれから待っているのは間違いない。
「というわけで、俺はハンくんの世話をしないといけないらしいから2階に戻るわ」
じゃ、と手のひらで空を切って「足立さん後はよろしく」と階段へと向かった。