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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    令和悪魔くん。👓️ちゃん。
    エッちゃんの結婚式。
    みんなで幸せになりたかった。
    二世さんはエッちゃんの気持ちに気付いてくれると思います。

    #令和悪魔くん

    コンタクトレンズ トイレから戻ると、美容スタッフ達がエツ子を見て、笑顔でうんうんと頷いた。
    「特別な日ですものね!」
     エツ子は軽く頭を下げる。
    「お待たせしてしまってすみません、今日はよろしくお願いします。」
     メイク台に促されて椅子に座ると、胸元に真っ白なタオルを掛けられた。縁が照明で囲われた大きな鏡越しにメイク担当のスタッフが微笑む。
    「本日はおめでとうございます。」
    「すみません、彼には内緒にしておきたかったので。」
    「素敵なサプライズですね。きっとお相手の方喜ばれると思いますよ。」
     ありがとうございますと応えながら、エツ子は鏡の中の自分を眺めた。
     それはどうだろう。
     メフィスト二世の、焼き立てのパンの様な笑顔を思い出す。
     あの人は気付いてくれるかも知れない。もし気付いたらどんな顔をするだろうか。困った顔をするのではないかと思う。兄は…きっと鈍感だから気付かない。
    「今日は気合を入れて綺麗にしていきましょう!メイクが崩れない魔法もしっかり掛けますからね。」
     メイクスタッフはエツ子の顔から首筋にかけてを蒸しタオルでサッと拭うと、エツ子が予め渡しておいた下地を手の甲に出した。細い指先で額、頬と丁寧に置かれていく。繊細な細工に触れるように扱われるのが面映ゆい。
     この人も魔法が使えるのね。
     エツ子は兄と二世の背中を思い浮かべた。
     魔法ならあの二人には敵わない。


     一万年に一人の天才だとか、世界を救う悪魔くんだとか、二世からさんざん推し語りを聞かされてきたし、その悪魔くんが目指すべき千年王国が何なのか自分なりに調べてもみたけれど、スケールがあまりにも大き過ぎて結局分からなかった。
     あんなのんびりとした兄に務まるのかとも思ったのだが、総じて楽観的なので、気合いで何とかなっているのかも知れない。
     悪魔くんだろうがメシアだろうが、エツ子にとって兄は兄でしかなかった。生活にだらしがなく、頭が良いくせに勉強は苦手で、妙に達観していて穏やかで、底抜けに優しい。
     兄と出会った人はみんな兄が好きになる。
     メフィスト二世も例外ではなかった。
     だが、二世の場合は他の人と少し違った。
     始めはただひたすら無邪気なだけだった二世が、頻繁に埋れ木家に遊びに来るようになり、兄と過ごす時間が長くなると、次第に兄を見る眼差しにいつしか隠しきれない感情が含まれるようになっていたことに、エツ子はすぐに気が付いた。
     兄だけに注がれる眼差し。
     それは静かでとても温かかった。
     ヘアメイクスタッフが、鏡で確認しながらエツ子の前髪をコームで梳く。
    「前髪はどうなさいますか?」
    「前髪も巻いて横に流したいです。」
    「かしこまりました。いい色に髪染められましたね。よくお似合いですよ。」
    「ありがとうございます。」
     一生懸命伸ばし、ウェディングドレスに似合わなくならない程度に髪色を明るくした髪はアップにする。形だけでも、少しでも近付けようとすればそう見えるようになるだろうか。
     兄は難解な人だ。人は兄を語る時、良い印象ばかりを語る。だが真に兄を知る人はいない。兄が穏やかさの影に巧妙に隠す特異性に誰も気付かない。
     兄はずっと孤独だった。兄の世界に付いていける人などいなかった。家族は見守ることしかできなかった。唯一の理解者だった親友の貧太でさえ、兄の世界の住人にはなれなかった。兄はずっと彼だけが知る世界に独りぼっちだった。兄はずっと居るべき場所を探していた。
     その兄の世界に訪れた優しい悪魔。彼は兄の言葉を理解し、兄が見る景色と同じ景色が見えていた。
     独りの兄を大切にしてくれるメフィスト二世が好きだった。
     エツ子がどうあがいても届かない兄の手を握ってくれる人だった。
     そんな人だから好きになった。
     髪を巻いていたホットカーラーがひとつずつ外され、髪が肩に軽やかに広がる。髪を巻いただけでこんなにも印象が変わるものなのか。エツ子は今まで一度も試したことのなかった髪型に軽く感動する。
     スタッフの、コームで髪を掬い分けてピンで留めていく鮮やかな技術に感心して、ついじっと見入ってしまう。頑固な硬い髪がなんと素直な事か。
    「豊かな髪で羨ましいですね。真っ直ぐで癖もないし。ボリュームが自然に出るので、アップにした時形よく仕上がるんですよ。」
    「いつも言う事聞いてくれなくて苦労する髪なんですが…流石プロですね。自分の髪じゃないみたい。」
    「ありがとうございます。」
     自信に満ちたスタッフの笑顔が頼もしい。ただ一心に綺麗にしてくれようとする気持ちに、少し胸が痛む。

     
     兄の気持ちに気が付いたのは、二世の気持ちに気付いてからだいぶ後だった。コソコソと何処かに行ったかと思えば、怪我をして疲れ切って帰って来ることが多くなった頃だ。
     二世の想いに手を引かれながらゆっくり育てていた感情が少しずつ温もりを持ち始め、やがて兄は二世と同じ目をするようになっていた。
     二人の間にはいつも優しい空気があった。
     二人はこの先もずっと一緒に居るのだろうと、ずっとそう思って来た。
     二世が選んだのは自分だった。
     兄は手放しで喜んでくれた。
     それぞれ自分の気持ちに気付いていないのか、それとも気付かないようにしているのか分からなかったが、二人は気持ちを口にすることもなくその季節を通り過ぎた。
     二世からプロポーズを受けて、涙が出るほど嬉しかった。
     そして二人の密かな灯火が消えるのだと知った。


     真っ白なウェディングドレスを着付けてもらい、鏡の前に立つ。周りで見守るスタッフから控えめな歓声と拍手が起こる。
    「わぁ!とっても綺麗ですよ!」
    「素敵ですねぇ!」
     真っ直ぐな祝福を贈られて、エツ子は照れて微笑んだ。
     普段の自分とはまるで別人のようだ。プロって凄いなと鏡に映る自分をまじまじと見る。
     柔らかく横に流された前髪に触れる。後でこっそり手直ししよう。
     少しでも兄に似るように。
     メイク台の前に戻ると、衣装スタッフが自分の事のように喜びながらアクセサリーを付けていく。
     エツ子は、キラキラと照明を反射して胸元を飾るネックレスよりも、綺麗にメイクされた自分の顔を見詰めた。
     兄の面影が在るだろうか。二世に、この想いに気付いて貰えるのか自信が無くなってきた。
     兄と似ていると言われた事がないし、自分でも似ていると思ったことはない。これまでその事を何とも思っていなかったのに、こんな形で歯痒く思うことになるなんて想像もつかなかった。それでも兄妹なのだから、きっとどこかしら似ているところはあるはずだ。
     全ては、二世の目にこの姿がどう映るかだ。
     鏡の中で自分が口を引き結んだ。
     二人が大切に持ち続けてきた想いを無かった事になんてしたくなかった。
     この先、兄はきっと幸せになろうとする妹にますます遠慮するのだろう。二世はエツ子を何より優先するようになるのだろう。
     兄がまた独りに戻ってしまう。
     沈黙したままの恋がこのまま置いて行かれてしまうのがただ悲しかった。どうしても消えてしまう灯火なら、最後に美しく飾ってあげたかった。
     幸福なはずの日に、残酷な事をしようとしているのかも知れない。二人を諦めきれないなんてどうかしているとも思う。見送ろうとしている事を無神経に引き止めているだけなのも分かっている。
     でも、あの二人が並んで立つ姿がとても好きだったのだ。
     エツ子は前髪を指にきつく巻きつけた。人差し指から離れた毛は、額の上にカールして落ちた。この前髪には繊細なレースが儚げなマリアベールが掛けられる。
     エツ子は鏡の中の自分に兄を重ね、頷いて見せた。
     大丈夫、大丈夫よ。だからどうか逃げないで。
     何度も躊躇って、それでも、と決めたことだもの。
     忘れられようとしているあの頃の二人を慰めるのは、きっと私にしかできない。
     エツ子は鏡の前に置きっぱなしだった眼鏡をケースに入れ、パタンと閉じた。


    「わぉ!凄く綺麗ですね!プリンセスですよ!打合せを始めさせて戴きたいので、ご移動をお願いします。最高のお式にしましょうね!」
     エツ子はプランナーの女性の反応に思わず笑いながら、椅子から立ち上がった。お陰で少し緊張が解けたようだ。ひとりひとりお世話になったスタッフ達にお礼を言うと、エツ子はスッと背筋を伸ばした。
     心の中で、困り顔で微笑む兄の手を引く。
     さあ行くわよ、お兄ちゃん。
     今日私は、兄と一緒にメフィスト二世と結婚する。



                   二〇二四年八月九日 かがみのせなか
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