ワンドロお題「花吹雪」その村は、山あいの小さな村だった。
特徴的なのは、村の中央に桜の大樹があることだ。
「これは美しい」
そういう風情には疎いヒュンケルも、感嘆してそう呟いてしまうほど、その桜は咲き誇っていた。
時期的には満開を少し過ぎ、散りはじめていたわけだが。
「そうだな、とても美しい」
花びらの舞う中でそれに見惚れているお前が。
そう続けようとして、ラーハルトはヒュンケルの笑顔の質が何か違うことに気が付いた。
「………もしかして、これはただの木ではなかったりするのか…?」
「よくわかったな、これは桜んじゅだ。人面樹の亜種だな。高齢故かほとんど目覚めないようだが」
「そういう事もあるのか…?」
「昔人面樹の知り合いがいたのでな。仲間の事を教えてもらったことがある。」
ヒュンケルの、魔物に向ける目は優しい。とても優しい。
そんなことは解りたくなかったラーハルトの心はちょっと複雑である。
「この村の者は知っているのだろうか」
「それはわからんな…聞いてみて藪蛇だったら困るが…」
桜んじゅを囲むように成り立つその村は、桜んじゅと共生しているのは間違いない。
「どのみち話をせねばならんのだ。それとなく聞いてみればよかろう」
果たして、道具やのおかみさんにそれとなく桜の話題を振ってみたところ、その桜んじゅは「お桜様」と呼ばれており、村の守り神であるとのことだった。
その口ぶりからモンスターであるという認識はおそらく、ない。
どのような物語で桜んじゅが人と触れ合い、見守るように眠ってただの木同然となったのか…
「想像もつかないな。聞いてみたいものだが、眠りを妨げるわけにもいかないし」
その言葉自体は残念そうなのだが、それを言ったヒュンケルの表情は嬉しさを隠せない穏やかな笑みで。
やはりラーハルトには、花吹雪よりもその表情が美しいと思ってしまうのだった。