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    山椒魚

    @darumasan5656

    中華BLの沼に生息しはじめた両生類。20↑
    たわ言を吐きます。勘違いが多いです。動きは鈍いです。何かあったら棒でつついてください。痛くないやつが嬉しいです。


    『人渣反派自救系統』 の邦訳分冊版の連載を追いかけ中。(現在連載50巻目 第20回の段階)
    自力で翻訳はできていないため、先の展開は知らない状態です。何か勘違いがあってもぬるく見逃してください。

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    山椒魚

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    後日談と銘打ってはいますが、高い割合で当日の回想が入っております。
    日付と回想シーンとその主体がコロコロ入れ替わります。ちょっとわかりづらいかもしれません。力量不足で申し訳ありません。

    チョコレートチョコレート言っておりますが、本当はカカオもどきを材料にしたチョコレートもどきであることは尚清華の頭の中だけにしまってあります。

    #人渣反派自救系統
    scumVillainSelf-helpSystem
    #クズ悪役の自己救済システム
    #svsss
    #冰秋
    iceAndAutumn
    #漠尚
    MoShang
    #チョコレート
    chocolate
    #バレンタイン
    valentine

    情人節の贈りもの 〜後日談〜 その瞬間、尚清華は自分が宙に浮いたのを感じた。
     (げっ 投げ飛ばされた)
     ハッとしてすぐに受け身を取ったが、常に体術の鍛錬を怠らない百戦峰の連中とはやはり訳が違う。深刻なダメージは回避したものの、かなり無様に壁に叩きつけられた。
     「大王、どうし・・・・・・」
     最近では手酷く扱われることはほぼ無くなっていたこともあり、前触れも無い暴力にただただ驚く。
     「出ていけッ! 今すぐ出ていけ!」
     困惑した表情を浮かべながらヨロヨロと身体を起こす尚清華に向かい、北疆大王は彼の後ろを指差し怒鳴る。尚清華が振り向くと、壁だと思ったのは豪奢な細工が施された居室の扉板だった。
     「えっと・・・・・・」
     何が気に障ったのか全くわからない。
     ついさっきまで、どちらかといえば機嫌が良さそうにも見えていたのに。
     「早く行け! 吾の目が届く場所からすぐさま消えろッ」
     気付けば部屋の温度はぐっと下がっており、大気中には漠北君を中心に白い靄が渦巻き始めている。
     (まずい。これは本気なやつ)
     とはいえ、原因がわからないままでは────

     靄がみるみるうちに結晶となってキラキラと輝き始める。氷のヴェールの渦中から漠北君は喉を晒して吠えるように叫んだ。
     「行け! 殺されたいのか」



      ※:※:※:※:※



     「それで、どうしたわけ?」 
     「うん・・・・・・逃げた、一目散に。」
     ちょっと遠い目をしながら嬉しそうに口許を緩める尚清華が解らない。
     魔界と安定峰を行き来している尚清華がよもやま話をしに沈清秋を訪ねることは以前からあったが、ここのところはとみに頻繁で、実は三日ほど前にも来たばかりだ。まぁあれは菓子を強請ろうというわかりやすい下心での訪問だったが、今回は一体何が目的なんだか。
     あまりに頻繁だと何かあるんじゃないかと疑いたくもなってしまう。
     「で、それのどこがイイ話なんだ?」
     卓に頬杖をついた沈清秋は、呆れたと言わんばかりの眼差しを、向かいに座る転生仲間に向ける。
     今聞いた範囲では、デートDV事案としか思えない。
     手荒な扱いに慣れすぎるのも問題だ。暴力を愛ゆえと曲解しだすようじゃ相当メンタルやられてるぞ・・・って。
     (ん?・・・ちょっと待てよ)
     冰河が、時たまコイツ ドMなんじゃないか?と思うほど不可解な局面で嬉しそうだったりするアレも、勝手に愛と受け取って喜んじゃってたりしてるってこと? え、おれのせい? いや、沈九のせいか? いや、やっぱりおれもか・・・どっちにしろ冰河にとっちゃ『沈清秋』のせいだわな。
     あっちゃぁあああ────
     などと、いつの間にか客の存在を放置して妄想に浸り、顔色をゴロゴロと変えていた沈清秋の耳に、尚清華のうっとりとした声が不気味に響く。
     「その時の大王がねぇ、なんていうかその・・・・・・凄まじくさ、セクシーだったのよ」
     「は? 何だって」
     (・・・・・・やだもうコイツ。話が見えなさすぎ!)
     聞いていられないとばかりに、憐れみ混じりの視線を向けてくる沈清秋に気付き、尚清華は「あぁ」と呟いて首を掻いた。
     「悪いわるい、すっかり自分だけの世界に浸っちゃってたわ」

     いやまぁ、浸っちゃったのはお互いさまなんだけどね。訳わからん話はいいから、サクッと用件言ってくんないかな。



     ───────── 2 ────────



     事の起こりは情人節から三日後の清静峰の竹舎だという。
     つまり、前回尚清華が沈清秋を訪ねてきたその当日の話だ。

     ひょっこり顔を出した尚清華に、沈清秋は「来ると思った」と呆れ混じりの声で言い、席を勧めた。
     へへへん、と鼻を掻いた安定峰主は「さすがのお察しで」などとおべんちゃらを抜かす。
     「わかってんだよ、チョコ狙って来たんだろ」
     「大正解!」
     なにが大正解だよ、とブツブツ文句を呟きながらも清静峰主みずからお茶を淹れてくれる。
     ちょこんと座った尚清華は、渡された茶杯を受け取りながらまじまじと沈清秋を観察して、ニヤニヤと言った。
     「思ったより元気じゃな〜い」
     「おまえね、劇薬渡す時にはもっときちんと印象に残るように説明しろよ」
     卓の下で脚を蹴ってきながら沈清秋が文句を言う。
     「言ったよぉ。言ったけど、うわの空で聞いてた冰河が悪いんじゃーん。アレ絶対いかがわしい妄想してたね」
     瓜兄で♡ と浮かれ調子でほざくので、更に力を込めて脛を蹴る。
     「酷いなぁもう。そんな照れ隠ししたって、どうせ自分からチョコ勧めたんでしょ、冰河に」
     「うるさいな。苦労して作ってくれたんだから味見くらいさせてやったっていいだろ」
     「エロいことされるって知ってたくせにぃ♡」
     とからかってから、ふと真顔に返った尚清華は、「ほんと、思ったより元気だよね」と不思議そうに呟いた。
     とりあえず二日待ったうえで押し掛けてはみたが、まだ回復が追い付かず入れてもらえないかも・・・とも思っていたのだ。
     尚清華の言う「元気」の意味を察した沈清秋は、むうっと唇を尖らせながら「ほんのひと口しか味見させなかったし、あいつは半魔だからそう酷くは・・・・・・」と言って、耳を染めた。

     実際。あの情人節の夜の沈清秋は、「さぁ来い! どっからでもかかってきやがれ!」くらいの気概を以て洛冰河と対峙するつもりでいたのだ。
     ・・・・・・まぁ確かに濃厚な夜ではあった。あったのだがしかし、いささか趣が異なった。
     当初に沈清秋が抱いた、しばらく足腰立たないくらいに抱き潰されるだろうとの予想と覚悟は、意外にも杞憂に終わったのだった。


      ※:※:※:※:※


     夕餉の後、湯浴みを済ませた二人は、互いの髪を同じ香油で整え合った後、何となくぴったり寄り添ってお茶を呑んだ。
     別にここまでは特別なことなど何も無いのだが、この後の約束があるので、どちらともなくソワソワと落ち着かない。
     その妙な緊張感に先に音を上げたのは沈清秋の方で、「それでは早速チョコレートをいただこうか」などと表向きは平静を装って言ってはみたものの、(なにが早速だよ。さっきから長々と相手の気配を探り合って時間を潰してただろうが!)と、つい内心でのツッコミに没入してしまった結果、正座による脚の痺れを失念したまま立ち上がりかけ、思わずよろけてしまった。
     そんな師を素早く支えて同じ位置にゆっくり座らせると、洛冰河は「準備して参りますね」と言って踵を返す。
     俺、お爺ちゃんかよ・・・と情け無い気分で沈清秋が痺れを解していると、ほどなく皿を乗せた盆を手にして、洛冰河が戻ってきた。
     覗き込むと、色とりどりの小花の花弁が散らされた皿の上に、艶々と輝く美しい意匠のチョコレートがちょこんと三つ並んでおり、思わず顔が綻んでしまう。
     そんな師を見つめる冰河も、穏やかに微笑む。
     「どうぞ、召し上がってください」と捧げ持つように皿を向けてくる洛冰河に、沈清秋は少し考えてから「そなたが食べさせておくれ」と言って目を伏せると、おずおずと薄く唇を開いた。
     無音の室内で、冰河が微かに息を呑む音が、何故かやけに響く。
     やがて、そっと唇に押し当てられたチョコレートから、彼の指の震えが伝わってきた。
     (・・・・・・かわいい・・・)
     なんて可愛い・・・俺の冰河─────
     胸を満たす愛しさを抑えながら、沈清秋は首を僅かに傾けてチョコレートを咥える。少し出した舌の上にそれを乗せて口内に引き込む際に、熱のあがった冰河の指先に触れ、溶けたチョコがついていることに気付く。
     「・・・ッ!」
     ふいに感じる濡れた舌の感触にビクリと手を引いた洛冰河の、その手首を優しく捕らえて指先のチョコを舐め取ると、今度は冰河の指先が追い求めるように沈清秋の唇を優しくなぞる。
     やがて、壊れ物を扱うように両手でそっと師の頬を包むと、洛冰河は「俺にも・・・・・・チョコレートをいただけますか?」と問うてきた。
     微笑みを浮かべた沈清秋がゆっくり瞬きをすることで応えると、その星空のような瞳を潤ませた冰河が「本当に・・・良いのですか?」と確認してくるので、今度は言葉で「良いよ。おまえの好きにして良い」と答えてやる。
     冰河は目許を朱に染めて、とびきり幸せそうな笑顔を浮かべた。嗚呼、受け取ってくれたんだな・・・と、そんな慶びが沈清秋の胸をも浸していく。
     ゆっくりと顔を近付けると、冰河は大切なものを扱う丁重な儀式のようにそっと唇を合わせてきた。沈清秋の唇の甘さを堪能し、彼が食んだチョコレートを舌を絡めて接取する。冰河が触れてくる甘い疼きに、沈清秋からも切ない吐息が漏れる。
     すべてを絡め取るような長く丁寧な口付けを終えると、冰河は想い人の背に腕をまわし、その肩に顔を埋めた。沈清秋の髪の匂いを嗅ぐように深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
     そろそろ、媚薬効果が現れてくる頃かもしれない。
     けれど、それにしては冰河の動きに衝動性が見られない・・・というより、むしろずっと沈清秋に抱きついたまま、寝息のように穏やかな深呼吸を繰り返しているだけだ。
     「・・・・・・冰河? だいじょうぶか?」
     そっと沈清秋が問うと、「心配には及びません」と、やはり穏やかな声が返ってくる。顔は、師の肩に伏せたままだ。
     「しばらく、このままでいていいですか?」と常よりもゆっくりした口調で言うので、「良いよ、気が済むまでこのままでいるといい」と応えると、ぎゅっと腕をまわし直して洛冰河は深い息をついた。
     「今日はずいぶん甘えてくるのだな。いつもはガツガツと飛び付いてくるくせに」
     からかう口調を使いながら優しく声をかけると、幸せで・・・と額を擦り寄せながら冰河は言った。
     「幸せで、しあわせでたまらないのです。もう・・・どうしようもないくらいに」
     沈清秋は彼を抱き留めている手のひらで、その背をポンポンと叩きながら、「そうか・・・」と言う。
     「その・・・・・・身体の方は、大丈夫なのか?」
     少し戸惑ってから、やや真剣に沈清秋が問うと、ふふっと笑って冰河が答える。
     「身体は、熱いです。師尊が欲しくてたまらない。でも、今はそれを上回るほど満たされていて、こうしてくれているだけでとても・・・・とても気持ちがいいんです」
     「・・・・・・情動効果が脳の方にまわったのか?」
     ふふふっとまた笑って冰河は答えた。
     「そうかもしれませんね。でもきっと、それだけじゃないです」
     「そうか・・・」と言って、沈清秋は腕を弟子の頭にまわし、その髪をゆっくりと撫でた。
     何故だろう。ちょっと、泣きそうな気分になった。洛冰河が顔を伏せてくれていて良かったと思った。
     「・・・・・・師尊」
     「どうした」
     「気持ちいいです」
     「・・・・・・そうか」
     「・・・・・・師尊」
     「なんだ?」
     「・・・ありがとう・・・ございます」
     「・・・・・・うん」
     「師尊」
     「ん?」
     「・・・・・・何か、話してください」
     何かって? と、急なリクエストに戸惑う沈清秋に、洛冰河は相変わらず顔を上げないままクスクスと笑う。
     「こうしていると、師尊の声が師尊の体の中からも聞こえてきて嬉しいんです。何か特別な事でなくても、何でもいいんです。声を・・・聞かせてください」

     師の肩に顔を埋めていると、彼の細く長い頚に己の耳が沿う。
     彼の香りに包まれながら・・・彼の体温と呼吸と脈動を感じながら、彼の優しい声とその振動を受けることの歓びを、この悦びの意味を、彼が知る事は無いし、知らせる必要も無い。
     ただ健やかに憂いなく、自分の傍に在ってさえくだされば、もうそれだけで────

     ふと、洛冰河は、今自分が何かから解放されているのではないかと気付いた。たぶんそれは、折につけ心の奥底から湧き出でて燠火のように苛んでくる不安と焦燥だろう。これらは影のように常に洛冰河に付き纏い、抑えのきかない悋気や、自分でもうんざりするほどの愛情の確認や極端な衝動を引き起こす。師への執着以外何も無い空虚な己をただ師で満たすため、欲をぶつけ囲い込み、彼を取り巻く世界から切り離してしまえばいいと囁やきかける狂気を抑え込みながら生きている。
     仕方が無い。
     師はかつて憧憬の的であり、このような父であったらと夢に描いた時期もあった。兄のように近しく慕わしく、やがて恋焦がれ追い求める対象となった。忌み嫌われた時期もあり、命掛けで守られ傍にも置いてくれたのに、命懸けで逃げ回られもした。師は自分のすべてでありながら、自分の理解の及ばない存在だ。結局、未だに心から信じ切ることができないのが、この苦しさの元凶なのだろう。
     決して自分を弄んでの事ではない。そのことだけはわかっているから、いつか・・・長く傍に居るうちにいつか、この憂いが霧消すれば、と願い続けてきた。
     そのいつかが、期せずして今、一時的にだが訪れている気がする。
     心に凝る憂いは無く。欲はあれど、攻め暴き支配下に置いて縋らせたいとする渇望などは湧かず、ただひたすら愛する人の存在を感じて幸せに満たされている自分がいる。
     今夜も貴方を求めるけれど、いつもより優しく大事にできる気がする。こんな気持ちで貴方を愛せるなら、今よりずっと自分を好きになれる気がする。
     (いつか────)
     不思議な菓子の力を借りなくても、いつかきっと・・・・・・と。
     想い人の腕の中で、洛冰河はこの先の年月に希望を託し、乞い願った。


     「・・・・・・妙なことが嬉しいのだな」
     声を・・・と求めを口にしてから静かになってしまった洛冰河の心中を推し測ってみたが、沈清秋には結局のところ見当もつかなかった。
     「そなたはたまにわからぬ」と言って、もう1度背に手をまわし、ポンポンと軽く叩く。
     しばらく何かを考えた末に、んんっと咳払いをした師は、ゆっくりと語り始めた。
     「むか〜しむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが・・・・・・」




     ───────── 3 ────────

     

     さて、話を戻そう。
     事の起こりは情人節から三日後の清静峰の竹舎、なのだ。

     洛冰河が沈清秋のために作ったチョコレートを、材料提供者という大義名分を振りかざしてご相伴に預かろうとやってきた尚清華だったが、お土産に持って帰るための箱まで用意してきたというのに、あてが外れてだいぶガッカリしてしまった。
     確かに、沈清秋は尚清華が来ることを見越してチョコレートを少し残してくれてはいたし、お茶と一緒に出してもくれた。尚清華は懐かしいその味を口にすると、感涙にむせびながら勢い良くボリボリと食べたのだが、どうも沈清秋はそのあたりが気に入らなかったらしい。おかわりとお土産分を要求すると「おまえに出す分はもう無い」とすげなく断られてしまった。
     その言い方だと全滅した訳ではないようなので、しばらく粘ってみたのだが、所有者は頑なにこれを拒否した。
     どうも、食べている間中彼が語り続けていた『洛冰河が作ったこの型抜き枠の意匠が如何に芸術的であるか』とか『元の味を知らない洛冰河がここまで美味に仕上げた努力に感動』とか『一生懸命作ってるあの子の姿がどうのこうの』だとかいうお惚気に近い話をガン無視して、ひたすら味だけに全集中して頬張ってしまったのが宜しくなかったらしい。
     次々と口に放り込む前に、「わーかわいー」とか「すげーかんどー」くらいのリップサービスはしておくべきだったと尚清華は苦悶の涙を呑んだのだが、そもそもこれは洛冰河が愛してやまない師へ贈ったものであり、そう気前良く余所に流すようなものではないことは自明の理であった。
     目に見えて悄気返った転生仲間に、よく考えてみろよと沈清秋は言う。
     「これから魔界に戻るんだろ? 万が一他の連中が口にしてみろ。大惨事だぞ」
     ────確かにそれは洒落にならない。

     魔界の連中は、尚清華のことを北疆大王のパシリだと思っている。
     漠北君の庇護下にあることは認知されていて「北疆大王の命により」と前置きされれば従うが、尚清華本人については『食べてはいけない人間』くらいにしか思われていない。
     似たような官職持ちの立場でも、魔族聖女たる紗華鈴とは格が違うし、あちらはそもそも魔王直属だ。同じ魔界に出入りする人間でも、魔王本人が伴侶であることを宣言した沈清秋については、姿を見せただけで平伏する勢いである。まぁ沈清秋自身がそれを望まないと言って歩いているため、魔王の目が無いところでは、何故か照れながらペコペコと会釈をしてくる程度になってはいるが。
     つまり尚清華には、専用の厨房やら金庫などといったものが無い。
     一応専用との認知を受けている執務室と寝室には鍵が掛かるようになってはいるが、実のところそんなものは単なる尚清華自身の気休めでしかなく、いくら修真界の名門で峰主を張れる程度には修為のある彼が霊力で細工をしようとも、高位の魔族が侵入しようと思えば何の妨げにもならない。そのうえ、ほとんどの魔族は人間の数倍は鼻が利き、更にはその数倍も我慢というものを知らない。
     人知れず魔界にチョコレートを持ち帰り、仕事終わりに自分へのご褒美としていただこうとの計画はすっかり頓挫してしまったが・・・・・・
     (たしかになぁ。ケチって思ったけど、瓜兄の判断で正解だったかも)
     漠北君の居室の前まで戻ってきた頃には、尚清華もだいぶ頭が冷えて、冷静にそう思えたのだった。


      ※:※:※:※:※


     「大王、尚清華ただいま戻りましたぁ」
     重くて豪華な扉を開けると、漠北君はその薄い青色の瞳を上げて、尚清華をじっと見つめた。
     (嗚呼、カッコいい────)
     目にする度、新鮮に感動してしまうのは何故だろう。
     もういい加減見慣れてもいいはずなのに、尚清華は彼の鼻筋の通った男らしい美貌に、今日も飽きずと感銘を受けてしまう。
     胸の疼きは優れた芸術を目にした高まりと同義であると区分してはいるが、思わず緩んでしまう目許口許は必死に律しないと本人からの不興を買うこともあるため、この瞬間は毎度シャンとしなければという緊張が走る。
     僅かに眉を顰めた漠北君が、腰掛けていた精緻な細工の施された椅子から立ち上がりかけたので、尚清華は慌てて近くに駆け寄る。
     「何か御用はありますか?」と問うと、主君は更に怪訝な表情で腰を屈め、尚清華の顔の位置まで目の高さを揃えてきた。
     (近い! ちかい近いちかい・・・近いですぅ///)
     間近に迫った表情の薄い美貌に拠り動揺しきりの尚清華のその頬に、漠北君の長い指が食い込む。
     あたった爪が痛い。
     そのままぎゅっと引かれると、歪にゆがんだ口の端が開き、はふっと微かに息が漏れた。
     (あちゃ〜 ニヤついちゃったのバレたのか)
     来るか、制裁! と、思わず肩を竦めてぎゅっと瞼を閉じた尚清華だった。が、怒声や拳が飛んでくる気配はなく、代わりに温度の低い唇が重なってきた。
     驚いた尚清華が思わず瞼を開けると、眼を開いたままの漠北君の舌が口内を蹂躙し始める。歯列を割って敏感な上顎を長々と刺激され、溢れてくる唾液を吸われ・・・・・・漠北君の喉がそれを飲み下したのを感じる頃には、尚清華はへなへなと腰砕けになり、ズルズルと主君の腕の中に埋もれた。
     「何を食ってきた?」
     随分と甘いな・・・と軽く舌なめずりをした漠北君は、常よりも機嫌が良さそうに見える。
     ぼぉっとした頭で、あん♡セクシー・・・などと呑気な感想に浸っていた尚清華だったが、しばしの後、己を抱き留めていた主君の腕が唐突に外され、べしゃっと身体が床に崩れ落ちるのを感じた。
     (────え?)
     何が起こったのか分からず、顔を上げると、顔全体を蒸気させた漠北君が荒く息を吐きながら眉根を押さえていた。その瞳は潤み、射抜くような視線で尚清華を見つめている。
     体調不良? 熱でもある? 大王が?
     でも────
     「大丈夫、ですか?」
     思わず触れようと伸ばした手を、咄嗟に身を引いて避けた漠北君は、乱暴に尚清華の襟首に手をかける。
     次の瞬間、尚清華は自分が宙に浮いたのを感じた。
     (げっ 投げ飛ばされた)
     ハッとしてすぐに受け身を取ったが、深刻なダメージは回避したものの、かなり無様に壁に叩きつけられた。
     「大王、どうし・・・・・・」
     背中に受けた衝撃のせいでゴホゴホと咳込んでしまう。
     その息さえも避けるかのように、漠北君は顔を背ける。
     尚清華は訳がわからず、前触れも無い暴力にただただ驚き、困惑する。
     「出ていけッ! 今すぐ出ていけ!」
     ヨロヨロと身体を起こす尚清華に向かい、その背後にある扉を指差すと、北疆大王は低く唸るような怒鳴り声をあげた。
     「えっと・・・・・・」
     理由を問いたげに口を開く尚清華に喋る暇を与えず、彼の表情を見るまいと瞼をグッと閉じて、漠北君は命令する。
     「早く行け! 吾の目が届く場所からすぐさま消えろッ」
     爆発的な衝動は何とか抑えても、その分、魔気が抑えきれずに漏れ出す。どちらも抑えきれなくなるのは時間の問題だった。
     大気中に放たれた冷気が靄となり渦を巻く。
     みるみるうちに結晶となり、キラキラと輝き始めた氷のヴェールの渦中から、漠北君は喉を晒して吠えるように叫んだ。
     「行け! 殺されたいのか」
     「────ッでも!」
     「いいから早く・・・・・・吾から逃げろッ」

     その瞬間、ハッと表情を変えた尚清華を認めて、漠北君は僅かに頷く。


     混乱した頭に喝を入れて、尚清華は先程から何がどうしてこうなったのか、原因を高速で突き止めようとしていた。ガラガラと崩れ落ちそうになる感情を立て直して、懸命に、部屋を訪れてからの経緯を振り返る。
     ふと、尚清華は唐突なディープキスの後、漠北君が彼に零した言葉に思い当たる。
     『何を食ってきた?』
     『随分と甘いな・・・』
     (甘い・・・あまい? 甘い────って、ぇええええッ)
     尚清華はここに来る前に自室に寄って歯磨きをすべきだったと猛省したが、時すでに遅し・・・だったのだ。

     バーン!と派手な音をたてて居室の扉が吹っ飛ぶ。
     尚清華が脱出しやすいように、漠北君が魔気をぶつけて扉を破壊したのだ。
     即座に体勢を変えた尚清華は、転がり出るように部屋から廊下に抜けると、「大王・・・大王、太感谢你了ッ」と声の限りに叫びながら一目散に逃げ出した。
     ちょっと涙声になっていたかもしれないが、恥ずかしいとは思わない。



     その後、尚清華は安定峰に戻って数日を悶々と過ごしていたが、そう言えば洛冰河の様子はどうだったのだろうと思い立ち、半ば探りを入れに沈清秋の元を訪ねたのだった。




     ──────── 4 ─────────


     「なんだよ〜 すっごくイイ話じゃん!」
     「でしょ、でしょぉお!」
     最初は胡乱な目を向けてきた沈清秋も、最後まで顛末を語り終えると、素直に感動してくれた。
     それで・・・と尚清華は、今回の訪問の目的を切り出す。
     今度は洛冰河の様子を、主にチョコレート摂取後の状態や効き目の持続時間などを聞こうとしたのだが、魔王といえど半魔の冰河は、下半身の情動より主に情緒の方が侵されたらしい。残念ながら、沈清秋の話からはあまり参考となるデータは得られなかった。
     となると、いつ頃魔界に戻ったらいいのか見当がつかない。
     はぁ・・・と溜息をつくと、尚清華は掌底で自らの額をぐりぐりと揉む。
     「今頃、大王どうしてるかな。まだ苦しい思いをしてたら申し訳ないな・・・・・・」
     珍しく落ち込んだ様子の尚清華に、沈清秋は何か声をかけて慰めようかと思ったが、なかなかにセンシティブな内容なため、当たり障りのない無難な声掛けも無神経と紙一重になってしまう気がする。
     結局、うまい言葉が見つからないまま沈清秋は黙ってお茶を注ぎ足し、尚清華から何か言いたくなるまでそっとしておくことにした。



     「師尊、只今戻りました」
     沈清秋が二度目のお茶の注ぎ足しを終えた頃、涼やかな声とともに洛冰河が部屋に入ってきた。
     「おや、おかえり。もう魔界の用事は済んだのか?」と、穏やかな笑みを湛えて沈清秋が弟子を迎える。
     師に向かい柔らかな微笑みを返しながら「はい、万事つつがなく」と答えた洛冰河は、すぐさま魔王の貌となって、こそこそと退散の構えを見せる尚清華を見下ろし「おまえはさっさと帰れ!」と言い放った。
     まったく、同じ人物とは思えない豹変ぶりだ。
     「あ〜はい、今帰るところです。すぐ帰りますよ」
     慌てて荷物を纏める頭上に、「待て、どこに帰るつもりだ?」と確認する魔王の声が降ってくる。
     (どこと言われてもなぁ・・・・・・)
     正直、どこに帰るべきかわからない。
     動きの止まった尚清華に苛立つ視線を向けて、洛冰河は「魔界だ」と命令する。
     「魔界に帰れ。仕事が山ほど待っているから覚悟しろ。漠北もさっきスッキリした顔で帰っていったぞ」

     ────・・・・・・へ?

     思わず色の抜けた顔で見上げてきた尚清華を、洛冰河は憮然した表情で見下ろす。
     「貴様、今、馬鹿なことを考えたんじゃないだろうな」
     「え、あ・・・いや。その・・・・・・えっと・・・」
     「考えたのか?」
     「いえいえ、あの・・・でも・・・・・・」
     「考えたんじゃ、ない、な!」
     「ひぃいいいいっ」
     魔王から怒気を孕んだ暗黒のオーラが立ち昇る。
     「え? 冰河、漠北君と一緒だったのか? あちょっと、落ち着きなさい」
     慌ててとりなす沈清秋を盾にして、尚清華は一目散に逃げ出した。
     「考えてませーん! 魔界に帰りまーす」と忘れず叫び置きながら。


     尚清華が見えなくなるまで、逃げた方向を髪を逆立てたまま睨んでいた洛冰河だったが、「どうした、どうした?」と師に優しく声を掛けられると、途端に彼に抱きついた。
     「師尊・・・師尊、尚清華から穢れを受けました。清めてください〜」などとべそべそと言っているが、それ魔王の言葉じゃないだろう・・・と沈清秋は内心でツッコミを入れる。
     「師尊は、尚清華の戯言など真に受けたりしませんよね?」
     「まだ何も言われていないが、戯言とは?」
     「ああ、よいのです。世にもおぞましい呪われた妄想による妄言です。耳にしていなければ何よりと言うもの」
     「この世に『春山恨』以上におぞましい妄想があるとはな」
     「何を仰います。『春山恨』などまだ愛らしいくらいです!」
     一体どれほどの穢れなんだよ・・・・・・沈清秋にはサッパリ見当がつかない。
     黙ってしまった沈清秋に向かい、洛冰河は上目遣いで言い募る。
     「師尊、今何をお考えですか? もしやこの弟子の愛をお疑いに?」
     「何故そうなるのだ」と、沈清秋は扇子の先でこめかみを揉む。
     チョコレート効果がとうに抜けた洛冰河は、今やすっかり元の焼きもち魔王に戻っていた。



     ──────── 5 ─────────



     尚清華を無事に逃がした漠北君は、荒れ狂う衝動の捌け口を見出せずに苦しんでいた。自分より弱い者にそれを向ければ、殺してしまう危険性すらあった。
     ────では、どうするか?

     「それでこの弟子が呼び出されたのです。手合わせを願いたい、と。」
     うんざりだとばかりに顔を歪めて、洛冰河はこれまでの顛末を沈清秋に話してくれた。


      ※:※:※:※:※


     普段、執務関係で連絡を取ってくるのは紗華鈴であり、口数の少ない漠北君が何か言ってくることはほとんど無い。
     そんな漠北君が火急の用件だと言ってきたので、何事かと聞き返したのだが、そもそも喋るのを得意としない男なので用件も何だかうまく伝わってこない。
     仕方無く魔界に急行すれば、人払いをした大広間で待ち構えていた漠北君から「君上よ、手合わせを願いたい」である。
     何を今更・・・と言いかけた洛冰河に、漠北君は荒い息で告げる。
     一つ、これは反逆ではない。一つ、お互い武器と魔力は使わない。一つ、トドメは刺さない。一つ、こちらの都合ゆえ、どちらが勝っても今回は君上の勝ちとする。
     肩で息をする漠北君から、ここ数日で嗅ぎ慣れた甘い香りが流れてくる。
     チッと洛冰河は舌打ちをした。
     (────そういうことか)
     男の性衝動とは、すなわち攻めること。チョコレートの効果がまともにキマってしまった純血魔族の漠北君は、唯一自分より強い存在である洛冰河に挑み闘うことで発散しようと考えたのだろう。
     (それにしてもこの男、どういう経緯でチョコレートなぞを口にしたのだろう? 尚清華は自分では作らないと宣言していた。ではあれは俺が師尊に贈ったものか? それはかなり面白くない。しかしお優しい師尊のことだ。尚清華とは同郷だと言っていたから、僅かばかり分けてやったのかもしれないが・・・僅か、で合ってますよね、師尊!)
     「勝ちを譲ろうなどとつまらぬ遠慮はいらん。存分に掛かってくるがいい!」
     口許に剣呑な笑みを浮かべ、モヤモヤとした黒いオーラを放ちながら、絶世魔王は北疆大王に宣下した。
     そう、この日は情人節から三日後・・・三日に一度の大事な日だったのだ。とっとと終わらせて一刻も早く師の元に戻りたい洛冰河だった・・・・・・のだが。

     結局、闘いは三日三晩続いた。
     武器と魔力を使わぬ闘いとは、つまり肉弾戦である。
     結論から言えば、当然洛冰河の勝利に終わった。が、狂気を孕んだ魔族が全力で挑んでくるのだ。とにかくしつこく、お互い並外れた体力の持ち主であることも災いし、なかなか終わりが見えない。さすが魔族大王と感嘆するほど何度倒されてもゾンビのように立ち上がって挑んでくるその持久力と回復力と執念に、心底うんざりさせられる。
     当初はさっさと昏倒させてとっとと帰るつもりだった洛冰河も、これは相手の効果が切れるまで終わらないことに気付き、絶望感が押し寄せてくる。
     (師尊をお待たせしているのに!)
     武力に於いて最も重要な部下である漠北君であるから、求めにも応じたが、ここまで来ると憎しみすら湧いてくる。
     「ええぃ、離せ! いい加減斃れろ! いつまでグズグズと引っ張るつもりだ!」
     (帰る!帰りたい! もう、本当に帰りたい)
     師尊、師尊・・・師尊、師尊、師尊、師尊ぅううん!
     もうどう思われようが構わない。隙を見て置いて逃げてやる! そう決意しているのに、ターゲットロックオン!状態の漠北君は、逃がすまいと組みついてくる。対象と認定した身体を腕の中に納めた漠北君は、すっかり色欲に支配された本能で主君たる魔王の耳許に熱い息を吹きかけ、性急に服を破きにかかってきた。洛冰河の背筋に悪寒が走る。
     (コイツ・・・本気で俺を犯る気か!?)
     今の漠北君に正常な判断力が無いことはわかっていつつも、許し難い憎悪の波が押し寄せてくる。
     ここからが、お互いになりふりを構わない第二ラウンドの始まりだった。
     結局洛冰河はその後、服は破られるわ、組み敷かれるわ、裸の上半身に噛み付かれるわと、非常に嫌な気分を味わった。
     同じことをしてもされても、相手によって極楽と地獄ほどの差があるのを今更ながらに思い知る。何をされるにも相手の目付きと手付きがイヤラしく、耐え難い。その都度、漠北君を殴る蹴る頭突くなどでボコボコにして形勢を逆転させたが、当然服を破いたり息を吹き掛けたりはしていない。
     ────していません、師尊!

     勝敗を分けたのは、結局回復力の差が大きかったと言えるだろう。
     半魔でも天魔族の血統である洛冰河は、肉弾戦ごときのダメージはものともしないが、これまで強力な魔力のみで勝ちを納めてきた漠北君は立派な肉体を持ちながらもそれを使うことはあまり無く、健闘はしたものの最後は膝を着くこととなった。
     その頃には菓子の効果もすっかり抜けており、公務に使う大広間を滅茶苦茶に破壊したくせに腹が立つほどスッキリした顔になった漠北君が、用は済んだとばかりに立ち去ろうとするので、長時間不快な接触を余儀なくされた洛冰河はイラ立ちを抑えきれずに「おい、こら待て!」とその背に怒声を浴びせる。
     「ここの修理は当然おまえ持ちだ。面倒を持ち込んだ尚清華にキッチリ始末をつけさせろよ!」
     「うむ」
     うむじゃねえよ!
     「おまえが手伝ってもいいんだぞ!」
     指と声を震わせながら洛冰河がそう告げるも、漠北君は意に介さずと主君に背を向け、挨拶代わりに片手を上げながら、惨状と化した現場を堂々と去って行ったのだった。


      ※:※:※:※:※


     「まぁ、あの男が居たところで修繕の役に立つとは思えませんけどね」
     と、げんなりと語りながら洛冰河が淹れ直してくれたお茶を受け取って、沈清秋は苦笑する。
     (同じ氷の魔力使いでも、エルサはひとりで宮殿建てちゃったけどね)
     一瞬だけ、転生前に妹と観た、当時全世界を魅了した映画のファンタジーなヒロインを思い浮かべて楽しんでしまった。
     明らかに何か別のことを考えただろう師の表情に、洛冰河はむぅっと口を尖らせる。
     「師尊、尚清華にはどのくらいチョコレートを振舞ったのですか?」
     「ん? たった三粒だ。それも私の目の前で食べさせた」
     土産に持たせたりはしていないぞ と弟子の言わんとしていることを先取りする。
     「そうなのですか?」
     「当たり前だろう。そなたの贈り物をそう安々と他人に渡すものか」
     残りはそれ、その棚の魔力氷の上に取ってあってな。少しずつ有り難くいただいておるよ と言われ、視線を棚に向けた冰河は、サッと残りの数を数えて確かにそんなものだろうと納得する。
     であれば、漠北君が口にした経緯は、自分が師から摂取した方法と同じで間違い無いだろう。
     (・・・・・・ああ、やっぱりなんだか腹が立つ)


     「ところで師尊、この弟子はしばらく師尊と共寝ができておりません」
     首を傾け、下から覗き込むように見つめながら洛冰河が懇願を口にする。
     今日は、今日こそは浴びるように師を感じたい。ここ数日の不快な出来事の清めはそうでなくては収まらない。
     うるうると瞳を潤ませてその美しく整った貌を必死と寄せてくる可愛い弟子に、参ったというように軽く両手を上げた沈清秋は、苦笑しながら応えた。
     「そうであったなぁ」

     ────では、ひとつ
          お手柔らかに頼むとしようか。




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    Replies from the creator

    山椒魚

    DONEさはんドロライの1周年に初参加で参入させていただこうと書いた話です。
    周年記念の特別企画として色々選べるお題の中から「再会 」をテーマに書き始めましたが、果たして読んでくださった方にそう思っていただけるか自信が・・・・・・。

    捏造設定とチートアイテムが堂々と幅をきかせています。何でも許せる方向けです。
    扇子の行方「また妙な物を欲しがるものだ」

     扇子が欲しいと洛冰河が言い出した。
     少し意外だったが、得心がいかないでもない。
     では、揃いで誂えようかと沈清秋が提案すると、それも嬉しいのですが・・・と冰河は少し言い淀んでから、できれば使い古しがよいのです と言う。
     「師尊が新しいものを誂える折に、今使われているものをいただければ」などと。
     「それでは[[rb:襤褸 > ボロ]]ではないか、遠慮はいらぬよ」
     師に出費させるのを良しとせずに辞しているのか、と沈清秋は思ったのだが。
     「新しいものではなく、師尊が愛用されていたものをご下賜いただきたいのです」と冰河が更に言うので、なるほど形見のようなものかと納得はした。形見とは会えぬ者を偲ぶ物。魔界の統治に絡み遠征を余儀なくされることもあるゆえ、何か師の物を持っておきたいということだろうか・・・・と。
    19538

    山椒魚

    DONE邦訳分冊版49巻の幕間の話。
    分冊版48巻で語られていた沈九から尊敬も感謝もされていなかった先代峰主とはどのような人物だったのか。なぜ名付けに『秋』が与えられて、それを受けねばならなかったのか、ぐるぐる考えているうちにできた話です。
    オリジナル設定入れまくりなので、何でも許せる方向けです。
    『秋』 清静峰の先代峰主はナマズに似た中年男だった。
     否。それは少し表現として間違っていたかもしれない。彼が本当に中年と呼ばれる年齢であったかどうかは、正確には定かではないのだ。
     仙師の見た目は金丹形成の時期と修為に因る。見た目のことでよく引き合いに出されるのが幻花宮の老宮主だが、実力者であることは間違いないにも拘わらず、誰の目にも明らかな老貌であるのは、俗欲にまみれた分だけ修為を損ねた為であろうというのが口にはせぬものの大方の見方であった。
     対して、清静峰先代の人となりは俗欲とは無縁であったため、これは結丹の時期が遅かったのだろうことが窺われた。
     金丹形成には身体的素養も大きく関係する為、当人がいくら努力しようが実を結ばないものは結ばない。仙門の師弟として昇山できる者は皆その素養ありと見做された者たちではあるが、それとて当人にとって希望の持てる時期に成果が得られるとは限らず、同輩が結丹を果たす中、焦り苦しんだ末に疲弊し、才無しと諦めてしまえばそこまでの話。そうやって幾人もの弟子達が下山していくのも仙門の倣いのひとつであった。
    7486

    山椒魚

    DONE冰河は、それが当たり前の日常になってからは、師尊が起きる頃を見計らって朝食を準備したり出来るようになっていっただろうけれど、最初のうちは何よりも師の機嫌やら反応やらが気になってしまって側を離れられなかったんじゃないかなと。「この弟子に思うところがおありならば、すぐに口にしていただけるようその場にてお待ちせねば」くらいの気負いっぷりで。
    そんなことを思って書いた、まだ冰河の自信が薄かった頃の話です。
    早春 目を覚ました師は、しばらくぼんやりとしたお顔でこちらを眺めていらっしゃる。

     寝惚けているというよりも、記憶がうまく繋がらなくて緩慢に逡巡しているといった風情だ。
     はて?とでも言わんばかりに僅かに眉根を寄せ、斜め左上に瞳を動かした表情は、日頃の清廉風雅な面持ちとは相反した幼さをも感じさせる無防備なもので、無自覚な様子であるのがまた愛らしい。
     そう。師自身はお気付きではないようだが、ごくたまにこういった隙のある一瞬をお見せになるのが、この弟子としては嬉しいやら悩ましいやらトキメキが過ぎて具合悪くなるほどだけれど一周回って結局つまり嬉しいやら・・・・・・
     などと。
     無限ループしそうな気持ちにブレーキをかけつつも、思わず溢れてしまった笑みをそのままに俺が朝の挨拶をすると、師尊も返してくださろうと薄く唇を開き、そこで一瞬、眉を顰めた。
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