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    待ち人と行き先

    #しきみそ

    沈んで、揺蕩って④ どうにか信じて方向を保ちながら異様に長く感じる三日間を過ごした後、元々のスケジュール通り四季は撮影に出向いていた。最近はたまに個人で依頼を受けることもあり、今回もそういう案件だ。

     それにしても、どうしてこの仕事に抜擢されたのか。疑問に思いながら、担当者にされるがままの手元を眺める。整えられて色が乗せられていく爪は、なんだか自分の手ではないような感じがした。

    (これなら、あいつがモデルやった方がいいんじゃないか?)

     爪を彩る深い紫色は、どうしたって三宙のことを連想させられる。ネイルカラーの撮影だと話には聞いていたが、よりによってこの色か。

     以前、三宙が自分の爪を塗り替えるタイミングで、どうせだからと言われて四季もネイルを施されたことがあった。愉しげに三宙はあれこれと己の知識を喋りながら、けれど施す手つきは慈しむようで。身動きが思うように取れない煩わしさはあったが、それでも心地よい時間が流れていたのを覚えている。

     先に塗って貰ったから乾かしている間は三宙が自分の爪に取り掛かっているのを眺めて過ごした。だから退屈しなかった。

     それぞれが互いの持つ色を纏って、その時に「似合ってる」とは言われたか。三宙から言われるなら悪い気はしなかった。

     そうだとしても、艶のある指先が様になっているのはどう考えても三宙の方だろう。日頃から
    手入れをしている手元の方が、見映えだっていいに決まっている。

     乾ききらないこの時間が手持ちぶさたで仕方なかった。

     他にもモデルは居るが、四季がわざわざ目を向けようと思うほど興味もない。撮影の様子を見てみればこの仕事をしていく上で得るものもあるだろうが、元より別に好き好んでやっている仕事でもないのだ。

     何より、今は他に気になっていることが四季の頭の中を占めている。

    (にしても……まだ来てないのか)

     出入口、そこから続く壁面、機材や人の影、視線を遣るが目当ての姿は見つからない。

     今日が何の撮影かぐらい三宙だって把握しているはずだ。そもそも今回の仕事の話を持ってきたは三宙だった。予定していたモデルが急遽都合がつかなくなって枠が空いている話を聞いたとかなんとか色々と言っていたのが事の始まり。結局のところ自分がこの仕事をしているところを三宙が見たいだけなんだろうと思ったからこそ、四季も話に乗ったようなものだったのだが。

     もし仮に、ゆくゆくは手を離すための算段だったとしたら、残酷な乗せられ方をしたものだ。爪の色も何もかも。

     怖れから三宙との関係にあとひとつ踏み込みきれずにいた自らの過ちが、いよいよ形を変えて襲ってきているのだろう。

    (……本当はこっちが必要なくせにな)

     三宙はどの撮影現場でも決して口に出さないが、顔や仕草に出るのを隠しきれていない。今日だってその姿を見ていたかったし、今頃は眺めていたはずだったのに、全て的外れな浮かれた想像にしてしまったということか。

     四季が自分の手元に視線を戻すと、爪を覆う薄い膜のいくつかに皺が寄っていた。無意識のうちにどこかに爪を立てていたらしい。

     とりあえず担当者に話して詫びると、ネイルをやり直すことになった。そうなると必然的に待つ時間も伸びることになる。けれども待ち人である三宙は一向に姿を見せなかった。

     もちろん、三宙もこれまで四季の全ての撮影に顔を出していた訳ではなかった。それでも『行く』と言っていた日に来なかった事はなかったというのに。

     普段なら少しの時間の隙間を縫ってでも視に来ていた。その期待のおかげで、ようやく始まった撮影のふとした瞬間にも四季は視界の端で出入口や機材の影を捕捉してしまっていた。

     上の空の進行に、重ねたリテイク。結果的に時間だけは引き伸ばされたが、そんなことは何の意味も成さなかった。

     やっと撮影が終わったところで、ネイルを落としていくかと聞かれたが断った。この場に留まる必要がない。

    (もう次は無いだろうな)

     虚しく自嘲しながら軽く支度をしてスタジオを出る。

    (だとしても、どうだっていい)

     そんな風に自棄にもなりたかった。

     まだ日の出ている時間ではあるものの、日陰に位置する階段は疎らな灯りに照されてどこか仄暗い。

     特にやることも決まってないからという口実でイメージモデルを引き受けた根底には、気付かないフリをした別の理由があった。始めは三宙との関係を切らさないため。それから、三宙の喜ぶ顔が見れるから。そうじゃないなら意味なんてない。

     そのうち飽きるだとか分かったような気でいながら、実際にその時が近付いてみると厄介なまでにきついものだ。気付かないつもりでいた自分には戻れない。悔しいくらい痛感している。それほど自分の気持ちは重たく育っていたらしい。

     それだって、今さら何をという話でしかない。抱くだけ抱いて気付いていながら、ずっと三宙の想いを拾ってやれなかったヤツが何を語る資格があるというのか。結論をさんざん引き伸ばされて、三宙からしてみればどんな想いだっただろう。

     もう三宙は自由になればいい。どこだってあいつらしくやっていける。縛りたくはない。だからそれでいい。そのはずだ。けど。

     せめて会って確かめておきたい。たとえ、どんな顔をされようと。

     階段を降りきって四季は通用口のあるホールに出た。すると守衛控え室の窓の傍に人影があることに気が付く。それは白い壁面に溶け込むように背を預け、白いパーカーのフードを被って項垂れている。

    「……三宙?」

     声を掛けたが返事はない。こんな幻を見てしまう程度には未練に溺れているのかと思った。けれど、四季を窺うように微かにフードが動いたようにも見えた。

    「僕の出迎え……?」

     入ってくれば良かったのにと思わず言いかけて留まり、どうにか別の言葉を捻り出す。

    「……んー。そんなとこ」

     ゆるりと呟いて、項垂れていた三宙の頭が上がる。パーカーの下でサングラスが仄かな電灯を反射して光った。互いの視線が偽りなく重なったのは幾日ぶりだろう。たったそれだけで、随分と心が軽くなるようだった。

    「じゃ、行くか」

     四季が促せば三宙も続き、二人で並んで建物を後にした。そうしてしばらくの間、ただ並んで歩いた。何を話そうかと考えてはこれは違うとどちらも呑み込むような、そんな雰囲気。足元に伸びた影も一定の距離を保っている。行き場のない手は、ポケットに突っ込んだまま。

     やがて見慣れた通りに差し掛かった。そのまま進んでいけば、三宙のアトリエか四季の住み処か、どちらに至るかのいつもの分かれ道がここからそれほどかからない位置にある。

     三宙も同じことを思ったらしく、足の運びが一拍遅くなった。四季も自然とその歩調に合わせると、隣から忍び笑う気配がした。

    「珍しいじゃん、四季が撮影時間押すなんて。もうとっくに終わって帰っちゃってるんだろうなって思ってたのに」
    「まあ、おかげさまで。お前が現場に居ないと張り合いなくてな」
    「へー。そう言われてオレも悪い気はしないけどさ。でもそんなこと言ってたら仕事になんねーじゃん。せっかく個人案件だって貰えてきてるのに」
    「さあ? 少なくとも今日のとこからの依頼はもう渋いんじゃないのか。現場のヤツらから使えないって思われただろうよ」

     あの有り様を振り返ると目も当てられない。その呆れも含めて四季は投げ遣りに答えた。

    「ふーん。オレが見てないとそんなやる気出ないんだ?」

     ああ、聞きたかったのはこれだ。と口角が上がる。こうやって小生意気な軽口を叩いてきて、調子に乗っている方がいい。うざいとも思うけれど、弾き合うようでいて溢してもいない応酬が心地いいから。

    「確かめたけりゃ約束すっぽかしてから現場で上手く隠れて見てみな」
    「うわ。悔しいけど、それあんま自信ねーかも。だって絶対ベストなとこから見てぇもん」
    「最初から勝負放棄かよ」

     歩調を緩めたとはいえ、元よりなんて事のない距離だった。普通に喋っているうちに、分かれ道まで来ていた。でも端から四季の考える行き先は決まっている。

    「四季、家そっちじゃん」
    「馬鹿。休みは昨日までだろ」
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