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    巽要 (巽俺 ≠Hi / =■■)

    ⚠️ Hi←俺
    ⚠️ 巽←Hi
    ⚠️ 俺×ババア
    ⚠️ 過去捏造

    #巽要
    sundance

    神様のいうとおり「穢れる」のは俺だけでよかった。だから、俺は「俺」でいさえすればよかった。ステージの上で浴びるライトの光も、全身で受けとめたありあまるほどの声援も、すべては「HiMERU」のものだった。だから俺は汚れても平気だった。
     砂漠のような皮膚に、そっと舌を這わせる。たったそれだけの行為で、女の睫毛は震えた。表面を濡らした唾液は、いつの間にか消えてしまう。春の夜はまだ少し肌寒く、おめでたい俺の頭はもう既にぼんやりとして、ああきっと部屋が乾燥しているせいだ、と安直に結論づけたりした。何を喋って、どんなことをしたのか。靄がかかったみたいに曖昧で、記憶にない。気がついたら朝を迎えていて、俺は裸のまま白いシーツにくるまっている。体液が零れた跡を見て、夢ではなかったことにひどく安堵した。あの行為が夢だったのなら、俺はもう一度、あの悪夢に耐えなければならないということなのだから。せめて夢の中でくらい汚れずにいられたらと願わないわけではないが、それも「HiMERU」のためならば瑣末なことだった。
     それにしても、憂いが尽きることはない。俺は「それ」を悦ばせることができただろうか。俺はきちんと「仕事」をまっとうできただろうか。あの女は裏切ることなく「HiMERU」へ「益」をもたらすだろうか。大丈夫だよ、心配ないよ、俺の心の中の「HiMERU」はいつだって俺を慰めてくれる。やさしく頭を撫でてくれる。まるで夜、うまく眠れない子供をあやすみたいに。不安に押しつぶされそうな気持ちを、大切に掬って抱きしめてくれる。風早巽にとっての信仰が「神」ならば、俺にとっての信仰は「HiMERU」だった。「HiMERU」ならきっと、俺の望む言葉をくれるに違いない。いや、俺の望む言葉がわかるからこそ「HiMERU」なのだ。
     もちろん、HiMERU本人にこの仕事の存在を明かしているわけではないし、頼まれて請け負ってるわけでもなかった。すべては俺の独断であり、俺の希望であり、俺の勝手な行為でしかない。だからこそ「HiMERU」はいつだって無垢なままでいられたし、俺が夜な夜などこへ出掛けているのかなんて知らないままでよかった。
    「HiMERU」は、いつまでも純粋で、いつまでもきれいで、いつまでも無垢でいなければならない。俺は、永遠に完璧なままの「HiMERU」を愛している。だからこそ「穢れる」のは俺だけでよかったのだ。


     俺の選んだ「唯一にして最高のアイドル」を汚したのは、他の誰でもない、風早巽だった。
     春の夜はまだ少し肌寒く、乾燥していたせいか、帰ったら加湿器の用意をしなければ、なんてつまらないことを考えていた。夜も更け、月は遥か遠くに見える。眠っているHiMERUを起こさぬよう帰宅する方法を、あれこれ画策しながらタクシーを呼びとめた。
     野暮ったい運転手へマンション名を告げ、腕と足を組んでつま先を睨む。余計なことを言うな、話し掛けるな。拒絶の意思を伝えるためのこのポーズは、よほどの馬鹿以外には効果てきめんだった。目で追えるスピードを保ち流れていく景色を横目に、たった一人、記憶に残る「よほどの馬鹿」を思い出す。それはかつて玲明学園から革命を起こさんと立ち上がった一人の兵士であり、また戦い敗れて散っていった一人の敗者でもあった。HiMERUは、疲弊したその男を癒そうと必死だった。それはまぎれもなくHiMERU本人の意志で、俺はそれを尊重してやろうと考えた。その瞬間、その選択は「HiMERU」のものになった。それが間違いだった。俺はあのとき、殴ってでもHiMERUの考えを止めなければならなかったのだ。
     限界は、ある日突然おとずれた。何を話しかけても、HiMERUが反応しなくなったのだ。ブツブツとうわごとのように何かを呟いているかと思えば、さめざめと泣いたり、怒り出したりして、それからまた電源が切れたみたいに何も言わず黙って眠った。まるで電池の切れた玩具みたいだ、と思った。電池の切れた玩具。それは比喩のような言い回しでありながら、形骸化しつつあった「HiMERU」のシステムそのものを表していた。
     正直いって怖かった。「HiMERU」が俺以外の人間に教えられ、与えられ、「HiMERU」でなくなっていくのが怖かった。それはきっと、俺が心血注いで育てた「HiMERU」を壊すものだったから。「俺」の築いた「HiMERU」はいつか、誰かに壊される。必然であり、当然だった。それがわかっていたからこそ、俺は怯えていたのかも知れない。
     風早巽は「HiMERU」を概念ごとぶち壊した。無垢なHiMERUには、紳士的な人間の態度が魅力的に見えたのだろう。加えて美しい顔立ちに、宗教家などという別の一面も兼ね備えている。純粋なHiMERUが興味を持つのも仕方のないことだと思って大目に見ていた。それもまた、俺の過ちだった。
     風早巽は賢い男だった。風早巽は、「HiMERU」が壊れても手を差し伸べなかった。当然だ。俺だって、「俺」の目の前で風早巽が失脚したところで、手など差し伸べまい。アイドルとは、芸能界とは、そういう世界なのだ。改めて思い知らされた。世の中を甘く見ていたのはこちらの方だった。しかしそれでも、巽には「HiMERU」を助ける義務があったように思えてならない。せめて、その玩具を壊した人間が、破片くらいは拾い上げるべきなのだ。
     どうして、と呟いたところで、HiMERUは何も答えない。答えるすべを持たないし、おそらく答えそのものを知らない。そんなHiMERUを問い詰めるような真似など、俺にはできなかった。風早巽は、廃人同然になったHiMERUを見て何を思うのだろう? どう感じ、なんて言葉にするのだろう? 神は意思を持っているのか? 神は救済対象をどのように選別するのか? 信仰を生業とする家に生まれただけの、ただの人間風情が、神を気取って何になる?


    「俺は神ではありません」


     汚れるのは「俺」だけでよかった。ステージの上で浴びるライトの光も、全身で受けとめたありあまるほどの声援も、すべては「HiMERU」のものなのだから、「俺」は汚れても平気だった。むしろ、「俺」は「HiMERU」の代わりに汚れるため、ここに存在している。この世に跋扈する負の存在から「HiMERU」を守るためなら、俺は喜んで汚れよう。
     腐った生肉のような匂いを放つ性器に、そっと舌を這わせる。たったそれだけの行為で、女は吐息を漏らした。表面を濡らした唾液はすぐにそれと区別がつかなくなって、中から溢れ出す分泌物と混ざり合いながら、腐った生肉をどろどろに融かしていく。
     もう、何年もこうしていれば感覚などとうに麻痺している。そう思っていた。そう思いたかった。しかし何度肌を重ねても、嫌悪感は消えなかった。いっそ、感情を失くしてしまえたら。かつてのHiMERUみたいに――そこまで考えて、はっとした。今、俺は何を考えていた? とにかく、目の前の行為に集中しなければ。ここまで育てた関係性が水泡に帰すことになったら、それこそ今の俺には耐えられない。
     目を閉じて、考えることはいつも同じだった。陶器のような肌をしたHiMERUの姿。はじめのうちはぼんやりしていた幻も、徐々にはっきりとした輪郭を持ちはじめた。今日はセカンドシングルのMVで着用した衣装を身に纏っているらしい。俺はHiMERUにそれをゆっくりと脱いで見せるよう指示をする。するとHiMERUは、こちらの様子をちらちらと伺いつつ、俺の言葉に従って、一枚一枚脱いでいく。
     躊躇いながらも、最後の下着を脱ぎ終える。一糸纏わぬ姿となったHiMERUは、涙目になって俺を睨みつけてきた。俺がHiMERUの肌に触れようとすると、ひらりと躱して手の届かないところへ行ってしまう。どうしても触れたくて、味わいたくて、何度も手を伸ばすのに、届かない。そうして、けたけたと無邪気に笑って、俺の劣情を赦してくれる。
     空想の中のHiMERUはいつも、何も言葉を発さない。ただ仕草や表情だけで「HiMERU」を表現し、俺を煽り、俺を惹きつけ、俺を惑わせ、俺を誑かす。それは紛れもなく本物の「HiMERU」だった。俺はただただ、興奮していた。身体の中心に灯った熱は、「HiMERU」が俺に与えたものだった。
     我ながら、罪悪感が湧かないわけじゃない。しかしこの幻覚が見えているうちは、行為に失敗したことがないのも事実だった。
     ようやく使える強度になったそれを生肉の隙間へ差し込むと、女の口からドブ臭い吐息が排出された。世の中は、そういう仕組みになっている。世の中というものは、そういう仕組みになっている。世の中はっ、そういう、仕組みにっ、なっている。何度もピストンを繰り返すことで、「HiMERU」の仕事は増えていく。いうなれば、打ち出の小槌みたいなものなのだ。女のドブ臭い吐息が地球の環境をどれだけ汚染していたとしても、「HiMERU」には関係のないことなのです。それに、どれだけ「俺」の身体が汚れたとしても、「俺」の頭の中は完璧な想像で満たされているので、平気なのです。


     春の夜はまだ少し肌寒い。隣に女はいなかった。寝具は使い慣れたものだった。ここは、ホテルじゃない。たぶん自室だろう。記憶がうまく繋がらない。目を醒ましたときに見えた風景と触れた感覚が、シナプスの乖離を知らせていた。どろどろの曖昧になった俺の頭は未だぼんやりとしていて、これはきっと部屋が乾燥しているせいだ、と安直に結論づけたりした。どんなことをして、どうやって帰ってきたのか。靄がかかったみたいに実体が掴めない。気がついたらホテルを後にしていて、自室で朝を迎えていて、俺は裸のまま白いシーツにくるまっている。カーテンの隙間から差し込む光が、朝を告げていた。扉の向こうから漂ってくる香ばしい匂いも、どうやら夢ではないらしい。
    「おや、もう起きたんですか。うるさかったでしょうか」
    「ええ、まあ」
    「HiMERUさんはいつも正直ですな」
     下着が見当たらなかったので、いつも部屋着にしている綿のルームウェアを拾い上げて履いた。どうせシャワーを浴びるだろうからと、上半身には適当にブランケットを羽織った。
    「冷蔵庫にあった卵とベーコンを拝借しました。ふふ、HiMERUさんの家、初めて入りましたけど。意外と生活感がありますな」
     不思議な感覚だった。目の前に殺したいほど憎い相手がいるのに、俺はなぜか安堵してしまっている。大切な人を壊した張本人がそこにいるのに、俺は湯気の立つ朝食の香ばしい匂いに腹を空かせている。そうか。これはきっと、「HiMERU」の感情なのだ。「HiMERU」が感じていた安堵を今、「俺」も感じることができている。単純に嬉しかった。「HiMERU」としての感情を共有することができて、純粋に喜びたいと思った。しかしやはり脳裏によぎるのは、風早巽を愛し、風早巽を信仰し、それでも風早巽が救わなかった、ただの「十条要」だった。「俺」は彼を「HiMERU」として完成させるために存在している。それ以上でもなければ、それ以下でもなかった。
    「巽に抱かれることは、罪の浄化になりますか?」
    「ふふ。HiMERUさんは相変わらず、急に難しいことを言いますな」
     きつね色のトーストと、カリカリになるまでよく焼かれたベーコンエッグが、それぞれ無機質な白い皿の上に座らされている。
    「俺はそれに応えるすべを持ちませんが、それでHiMERUさんの気持ちが落ち着くのなら」
     俺は喜んであなたを抱きましょう。風早巽は、そう言って神様みたいに笑った。
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