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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    恋綴4-6
    兄上のターン。

    #曦澄

     藍啓仁は長く、それはもう抹額ほどの長さもあるのではないかと思うほど長く、息を吐いた。沈鬱な表情で目を閉じる様は、まるで嵐の後の柳である。
     藍曦臣はこの叔父に道侶を迎えたいと申し出たところであった。相手の名前も伝えていないが、藍啓仁はその正体を承知しているかのように首を振った。
    「とても承知していただける方とは思えぬが、返事はいただいたのか」
     藍曦臣は軽い驚きとともに答えた。
    「まだです。ですが、叔父上は私の気持ちをご存知でいらっしゃるのですか」
    「見ていればわかる。江宗主であろう」
     そういうものかと背後に控える藍忘機と魏無羨を振り返ると、二人ともがうなずいた。どうやらそういうものであるらしい。
    「それで、お前はどうするつもりだ」
     藍啓仁の問いには多くが含まれていた。
     宗主として、藍家の者として、立場と役割がある。
     藍曦臣は気負うことなく笑顔で答えた。
    「私は宗主を後進に譲ります。もちろん、すぐにというわけではありません。十年はかかるでしょう。ですが、それが叶ったら、雲夢に移ります」
     藍啓仁は再び沈鬱なため息をついた。彼は目を閉じて、しばらくは口を開かなかった。もしかしたら、彼自身の来し方を振り返っていたのかもしれない。
     藍曦臣は叔父が口を開くのをじっと待った。どれほど反対されようと引かない覚悟であったが、藍啓仁は「そうか」と言った。
    「江宗主に承諾いただけたら、二人で来なさい」
    「はい、叔父上」
    「また、雲夢へ行くのか」
    「はい、うわさも気になりますので」
    「対処は考えているのか」
    「私が道侶を望んだという話を流します。それで、打ち消すことができるでしょう」
     藍啓仁はうなずき、話はまとまった。魏無羨はなにか言いたそうにしていたが、結局口を開くことはなかった。
     藍啓仁の部屋を辞し、三人は中庭へと向かった。藍忘機と魏無羨は静室へ、藍曦臣は寒室へと別れる。
    「俺は反対だな」
     その別れ際に魏無羨が言った。
    「あなたが道侶を迎えるなんて話が出たら、江澄は身を引くぞ」
     彼の眼光は鋭い。藍曦臣は向き直って、その視線を受け止めた。
    「わかっています」
    「あいつが傷つくことになるんだぞ」
    「ええ、わかっています。ですが、向家の娘が江宗主の妻になる、といううわさは一刻も早く収めなければなりません。うわさが彼の周囲をかためてしまう」
    「ほかにも方法はあるだろう」
    「悠長にしていられないのはあなたもおわかりのはず。私は三日のうちに蓮花塢に向かいます。江澄には直接弁明いたします」
     藍曦臣は姿勢を正すと、弟とその道侶に拱手した。
    「負担をかけますが、留守を頼みます」
     魏無羨は仏頂面のままだった。江澄の義兄である彼としては、どうしても納得できないことであるらしい。
     しかし、藍忘機にうながされ、二人ともが拱手を返した。
    「沢蕪君、江澄を頼みます」
    「はい、魏公子」
     江澄も向家のたくらみには当然気づいているだろう。それでも蓮花塢に江陽紗を留めているのは理由があるはずだった。
     藍曦臣は歩みを進めながら、接触すべき世家を選抜した。聶家は言うに及ばず、余家、于家をはじめとした河北の世家にも、それとなく事情を聞いたほうがいい。
     寒室へと戻った藍曦臣は各所に文をしたためた。



     朔月は夜をすべる。
     細い月光の中を白い衣がはためいていく。
     藍曦臣は眼下に蓮花塢をとらえた。まだ亥の刻、あちらこちらから明かりが漏れている。
     宗主の私室も同じであった。蓮花湖をぐるりとまわり、私邸の奥に進む。湖を臨む露台でも、窓が開け放たれて、室内の明かりが揺れる様子を映している。
    「藍渙……?」
     藍曦臣が露台に降り立つと、室内の江澄もすぐに気が付いた。カタン、と彼の手から落ちた盃が硬い音を立てた。
    「こんばんは、江澄」
    「どうして」
    「あなたに、会いに来ました」
     室内に入ると、酒甕が三つも転がっているのが目についた。江澄は呆然とした様子でその場から動かない。
     藍曦臣は近寄ろうとして、はたと足を止めた。
    「なにがありましたか」
    「なにって……」
     藍曦臣は机を回り込み、江澄の傍らに膝をついた。朔月を置く。
     間近で見るとそのやつれようはひどかった。江澄の目の周りは黒々として、頬はこけ、数日ぶりとは思えないほどの変わりようだった。
     手のひらを頬にそえると、江澄は目をつむってほほえんだ。
    「二度と、こうしてあなたに会うことはないと思っていた」
    「阿澄?」
    「まだ、そう呼んでくれるのだな」
     江澄の腕が伸びてきて、藍曦臣の首にまきつく。強烈な酒の匂いが鼻をかすめた。
     御剣の術で乗り込むようにして訪れたことを、最初に叱られると思っていた。その次には、数日前に黙って帰ったことをなじられると思っていた。
     それなのに、江澄は甘えるようにして藍曦臣に抱きついたまま離れない。
    「江澄、あの」
    「ああ、すまない……、藍渙」
    「いえ、私のほうこそ、すみません。こんな夜に」
     江澄はふしぎそうに首をかしげて、藍曦臣に口づけた。
    「会いに来てくれたんだろう?」
    「ええ」
    「うれしい」
     何事が起きているのだろうか。藍曦臣は抱きついてくる体をもう一度受け止めて、力いっぱい抱きしめた。
    「藍渙、藍渙」
     耳元でささやく声が切ない。
     それほど傷つけたとは思っていなかった。あの日のやり取りで傷ついたのは己のほうだと思っていた。
    「阿澄、好きですよ」
     藍曦臣は口づけを送った。何度も、やわらかい唇をついばんだ。
     後悔が胸にうずまいている。
     もし、あの日に戻れるなら、もっときちんと話し合ったのに。
    「なあ、藍渙」
    「なんでしょう」
    「牀榻に、連れていってくれないか」
     江澄がねだるように、耳に口づけていく。
     藍曦臣はその体を抱き上げた。ひし、と首に抱きつく江澄は、明らかにいつもの彼ではない。
     抱きしめるのも、口づけるのも、江澄からもらったことは数えるほどしかないというのに、今日の彼は躊躇なくそれを差し出す。
     先に話し合わなければ。
     そうは思うものの、耳元で「藍渙」とささやく声には簡単に熱をあおられる。
    「江澄、まず話を」
    「いやだ、藍渙。離すな」
     江澄を牀榻に下ろして、体を離そうとしても、首に巻きついた腕は解かれない。そればかりか、ぐいと引かれて、藍曦臣は江澄に覆いかぶさるはめになった。
    「待って、江澄」
    「抱かないのか」
     見上げてくる瞳は酒精に理性を失い、濡れて、揺れている。
     藍曦臣はぐっと息をのんだ。
    「抱いて、藍渙」
     この笑顔に抗うことはできなかった。
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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    PROGRESSたぶん長編になる曦澄その1
    閉関中の兄上の話。
     穏やかな笑みがあった。
     二哥、と呼ぶ声があった。
     優美に供手する姿があった。

     藍曦臣はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
     窓からは午後の光が差し込んで、膝の上に落ちている。眼裏に映った姿はどこにもなく、ただ、茣蓙の青が鮮やかだ。
     閉閑して一年が過ぎた。
     今に至っても夢に見る。己の執着もなかなかのものよと自嘲する。
     優しい人だった。常に謙虚で、義兄二人を立て、立場を誇ることのない人だった。大事な、義弟だった。
     毎晩、目をつむるたびに彼の姿を思い出す。瞑想をしたところで、幻影は消えるどころか夢へといざなう。
     誘われるままについて行けたら、この苦悩は消え去ってくれるだろうか。あの時のように、「一緒に」とただ一言、言ってくれたら。
    「兄上」
     締め切ったままの戸を叩く音がした。
     藍曦臣は短く息を吐いた。
    「兄上」
    「どうかしたかい」
     弟に応えて言う。
     以前、同じようにして藍忘機に呼びかけられても、どうにも答える気になれなかった時があった。そのとき弟は一時もの間、兄上と呼び続けた。それから、藍曦臣は弟にだけは必ず返事をするように心がけている。
    「江宗主より、おみやげに西 3801

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    PROGRESS長編曦澄10
    兄上やらかす
     夜明けの気配がした。
     藍曦臣はいつもと同じように起き上がり、ぼんやりとした薄闇を見つめた。違和感がある。自分を見下ろしてみれば、深衣を脱いだだけの格好である。夜着に着替えるのを忘れたのだろうか。
    「うーん」
     ぱたり、と藍曦臣の膝に何かが落ちた。手だ。五指をかるく握り込んだ手である。白い袖を視線でたどると、安らかな寝顔があった。
    「晩吟……」
     藍曦臣は額に手のひらを当てた。
     昨夜、なにがあったのか。
     夕食は藍忘機と魏無羨も一緒だった。白い装束の江澄を、魏無羨がからかっていたから間違いない。
     それから、江澄を客坊に送ろうとしたら、「碁はいいのか?」と誘われた。嬉しくなって、碁盤と碁石と、それから天子笑も出してしまった。
     江澄は驚いた様子だったが、すぐににやりと笑って酒を飲みはじめた。かつて遊学中に居室で酒盛りをした人物はさすがである。
     その後、二人で笑いながら碁を打った。
     碁は藍曦臣が勝った。その頃には亥の刻を迎えていた。
    「もう寝るだけだろう? ひとくち、飲んでみるか? 金丹で消すなよ」
     江澄が差し出した盃を受け取ったところまでは記憶がある。だが、天子笑の味は覚えて 1652

    sgm

    DONE去年の交流会でP4P予定してるよーなんて言ってて全然終わってなかったなれそめ曦澄。
    Pixivにも上げてる前半部分です。
    後半は此方:https://poipiku.com/1863633/6085288.html
    読みにくければシブでもどうぞ。
    https://www.pixiv.net/novel/series/7892519
    追憶相相 前編

    「何をぼんやりしていたんだ!」
     じくじくと痛む左腕を抑えながら藍曦臣はまるで他人事かのように自分の胸倉を掴む男の顔を見つめた。
     眉間に深く皺を刻み、元来杏仁型をしているはずの瞳が鋭く尖り藍曦臣をきつく睨みつけてくる。毛を逆立てて怒る様がまるで猫のようだと思ってしまった。
     怒気を隠しもせずあからさまに自分を睨みつけてくる人間は今までにいただろうかと頭の片隅で考える。あの日、あの時、あの場所で、自らの手で命を奪った金光瑶でさえこんなにも怒りをぶつけてくることはなかった。
     胸倉を掴んでいる右手の人差し指にはめられた紫色の指輪が持ち主の怒気に呼応するかのようにパチパチと小さな閃光を走らせる。美しい光に思わず目を奪われていると、舌打ちの音とともに胸倉を乱暴に解放された。勢いに従い二歩ほど下がり、よろよろとそのまま後ろにあった牀榻に腰掛ける。今にも崩れそうな古びた牀榻はギシリと大きな悲鳴を上げた。
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