【曦澄】クリスマスまで4日【腐向け】藍曦臣の顔が近づいてきて、彼の輪郭がぼやけて見える。
互いの息が感じられる程に近くなった時、間近で感じる視線に気づいて二人は文字通りに飛び退いた。
「あーちょん……」
幽鬼かと思ったが、そこに居たのは酒気で頬を染めた江楓眠。
ぬっと腕が伸びてきて、江晩吟を抱きしめて頬を擦り寄せる。
「ダメな、お父さんでごめんねぇ…。お父さん、お前がわがまま言わないから甘えすぎたねぇ」
「と、父さん?」
「お父さん、阿澄に甘えて欲しいだけなんだよ。
一緒にご飯食べて、おしゃべりして、プールで競泳したり追いかけっこしたいだけなんだ。
阿澄のわがままを願いを叶えたいし、課題見てあげたいしぃ」
どうすればいいのか助けを求めて、周りを見ると藍啓仁が額を抑えている。
「飲ませすぎた……」
藍啓仁自身は、酒を呑まないために酔い加減もわからないまま話をしていたらしい。
後ろで秘書が、倒れている。どれだけ呑んだのだ。
「阿澄」
「は、はい」
「お父さんと一緒に寝よう」
剥がそうとしたけれど、さすがは警備会社の社長であるため父は剥がれない。
20歳になった息子に、添い寝を強要しようとする江楓眠は間違いなく酔っぱらいであり、
明日の朝には後悔と頭痛は必須だろう。
「あーちょんはお父さんが嫌いぃいい?」
「き、嫌いではないです」
「じゃあ、好きぃ?」
「……」
面倒クセェええええええ!!!!父親に向かって、声には出さなかったけれど、顔に思いっきり出されている。
藍曦臣が苦笑しながら、江楓眠をベリッと剥がす。
「客室にご案内しますね」
「離しなさい!私は、阿澄と一緒に寝るんだ!!」
「朝起きたら、後悔するの父さんですよ!」
後悔はしないだろう。と、藍曦臣と藍啓仁は思う。
しかし、江晩吟は自分と添い寝したら父は絶対に後悔すると思い込んでいるのだ。
現に藍曦臣の腕にいる江楓眠は泣いている。
「私が、私がちゃんと愛してあげれてなかったから…」
「その事だけは、同意です。ものすっごく、あの子鈍いんですよ」
人の事が言えない藍曦臣は、ずるずると客間へと江楓眠を連れて行った。
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翌朝、江晩吟は父親の悲鳴で飛び起きた。
部屋から出ると、客室から「三娘!!!!」と怯えた声が響いているのだ。
大声禁止の藍家には、苦笑している住人たちが扉の前で苦笑している。
江晩吟が、部屋の中を覗いて見るとそこには、
母親の虞紫鳶が布団を抱えて蒼白な顔をしている父を見下ろしていた。
「なんで、母さんが?」
「止められなかった」
「……おはようございます、坊ちゃん」
「お騒がせしております、若様」
「あ、ああ…おはよう」
青い顔で口元を抑えて怯えているのは友人だ。
彼の両隣には、金珠と銀珠が立っており冷たい瞳で彼を見つめている。
金珠と銀朱は、江晩吟にとって友人のような存在だ。
友人も姉貴分たちには逆らえずに、ガタガタと震えて中を見ている。
普段はゴシックなメイド服なのに、動きやすいようにバイクスーツを着ていた。
となれば、母もと改めて見ればバイクスーツだ。
成人した子を二人も持つ女性とは思えないほどにスタイルはよくて、若々しく美しい。
江晩吟と並んでも姉弟と間違えられるのではないかと思うくらいだ。
「楓眠」
「はい」
「泊まるなら、泊まるとなぜ連絡もしなかったのかしら?」
「申し訳ございません」
「謝って欲しいわけじゃないのよ」
「はい」
「それに、謝らなければならないのは私ではなく、連絡をくれた藍啓仁ではなくて?」
「はい」
怖い。ゆっくりと後ろに下がって、藍曦臣の後ろに隠れる。
「阿澄、隠れてないで出てらっしゃい」
「はい!!」
振り返らずに呼ばれて、思わず前に出る。しかし、藍曦臣の服の裾を握ったままだ。
虞紫鳶は、振り返り胸の前で腕を組んでいる。
「子供ではないのだから、三階の窓から出入りをするとはどう言うつもり?」
「えっと、あの…」
「出かけるのなら、堂々と玄関から出なさい。怪我をしたらどうするの」
「すみません」
危険な事だとは、解っていた。
実家を出てはいけないと言われているようで、それでもあの家から出たかったのだ。
ぐっと、藍曦臣の服を掴んでいる手に力が入る。
「藍家に帰るなら帰ると一言ちょうだい。
パーティーの時に胃もたれ起こして倒れたって聞いたから、
そこの家政夫から聞いて作ったご飯が余ったでしょう」
母の言葉に、伏せていた目を見開いた。
「え?」
「何?」
「いや、あの……俺、藍家で暮らしていいんですか?」
「当たり前でしょう。四年間は、こちらに預けると話し合いで決めているはずよ」
虞紫鳶は、何を言っているのという顔をしている。
「阿離も無羨も外に出ているのだから、阿澄も外にでたいというなら私は反対しなかったでしょう?」
「で、でも……父さんは」
「楓眠は、過保護なのよ。貴方に何かあったらとか言って、バイトも許可しないし。
社長になるのだから、少しは外の事を学ばせなさいと言っているのに」
「だったら、うちではならけばいいじゃないか」
「それではダメだといつも言っているでしょう」
ピシャっという虞紫鳶に、江楓眠は口を閉ざす。
「じゃ、じゃあ、俺がバイトをしても…母さんは反対しない?」
「ええ、でも仕送りは送るわよ」
「ありがとうございます」
本当は仕送りはいらないと言いたかったけれど、
後から聞けば姉と義兄にも同じくらい江家から仕送りがされていたのだ。
それをどうするかは、自分達次第だった。
両親を前にすると体が萎縮するが、
昨日の父の失態を思い出しながら江晩吟は藍曦臣の服から手を離して向き合う。
「と、父さん」
「な、なんだろうか」
「昨日、俺のわがままを叶えたいって言ってましたよね?」
二日酔いで覚えていないだろうか?藍氏じゃあるまいに、覚えているだろう。
そう思いながら尋ねると、蒼白だった顔が赤くなっていく。
頬を赤くする様子は、江晩吟と似ているのだな…と、藍曦臣は黙って眺めている。
「い、言ったね」
「なら、俺がこの人のそばにいる事を許してください!」
頭を下げると、父も母も何も発言しない。
もちろん、江家の使用人たちは主人が喋らないのだから喋ることはしない。
藍曦臣と藍啓仁も同じで、江晩吟を見つめている。
「……曦臣さん」
「は、はい」
呆気に取られたような声で虞紫鳶が、藍曦臣に呼びかける。
やっと声が出たというように藍曦臣が、返事をすると眉を寄せていた。
「あなた、私たちの息子と恋人なのかしら?」
「いいえ!まだ!!!」
「まだ?」
「あ!いや、あの!」
虞紫鳶の問いかけに、否定はするが余計な一言を添えてしまった。
彼女の気迫に、戸惑っていると「はっきりとなさい!」と言われてしまう。
「息子さんのことは、大変好ましく思っています。
弟のようにとか、友情とかではなく。恋情を抱いてます」
「え?」
藍曦臣の言葉に、江晩吟が振り返った。
信じられないという顔をしており、オロオロと手を上下に揺らしている。
「曦臣さん、好きな人がいるって言ってなかったか?」
「好きな人は、君だよ?!」
「いやいや、嘘だ。貴方が、俺なんかを好きになるはずない」
「私の好きな人を、なんかだなんて言わないで」
藍曦臣が、江晩吟の両手を掴んで瞳を覗き込むように告げる。
その声色は、初めて聞いたが怒っているのだとすぐにわかる。
「君は、好意を受け止められない所があるし、自信があるように見えてすぐに卑下する。
そこが可愛くもあるけれど、私も江社長も辛いって思うこともある」
「曦臣さん……」
「晩吟、逃げないで。私のそばに居てくれるというなら、私の気持ちと向き合ってほしい。
たとえ君の心が私になくてもだ」
真剣な顔で告白をする藍曦臣だったが、最後の言葉に誰もが信じられないという顔をした。
側にいたいと告白も同然の事を江晩吟が言ったにも関わらず、
自分に恋をしているだなんて微塵も思っていない。
思わず江夫婦は藍啓仁に、江家の使用人たちは家政夫を見た。
注目された二人は「残念ながら本気で言ってる」と大きくため息をついたのだった。
「曦臣さんが、俺を…好き?」