ウィリアムと煙草とモラン「どちらになさいますか、旦那様」
旦那様、と呼ばれたその青年の瞳が微かに揺れる。
彼はゆっくりと瞳を閉じ、そして微笑を浮かべた。
そしてショー・ウィンドウに並ぶひとつを指す。
「こちらの、黒い箱のものを」
店主は品物を渡すと不思議そうに青年を見つめた。
今しがた購った重く、ともすれば粗悪とも言える煙草をこの美しい青年が喫む様をどうしても想像できなかったからだ。
「代金は、ここに」
グローブに包まれた指がいくつかのコインを置く。
彼はそれだけ言うと片手にステッキを持ち店先から立ち去った。
ビルディングの合間から青空が覗く、昼下がりのことであった。
胸に抱えた黒い箱に願いを込めて。
肺が汚れると知っていて、それでも今、どうしても止めることはできなかった。
2024