普段は感情を表に出さず、物静かなはずの自分が、勝手に動いている。確かに次兄の事は好きだ。だが、なぜ。指先がきしんでいる。端坐の膝に、握りなおした拳を置いて、顔を上げる。カナヲは意を決した。じとり。手のひらが汗ばんだ。
「あの」
質問を制したのは、微笑である。すでにしわがれた表情が、息を吹き返したような気がする。産屋敷家本邸奥の間。いつも張り替えた畳の香りがする奥座敷にて、カナヲは先代の顔を視た。
にこり。
笑った笑顔がみずみずしくなる。まばたきを一つ。皮膚に刻まれたしわが消える。閉じたままの瞳が開く。
(日本、人形……?)
そう形容するにふさわしい姿があった。黒髪おかっぱ、藤色の振袖。ちいさく座した老人の先代が、日本人形の形に視えた。
(、否)
否定して深呼吸する。もう一度先代を視れば、老爺は翁であった。
「池の事を聞きたいんだろう、カナヲ」
は、と。意識を現実に戻す。季節を外れた藤の香りが鼻孔に届く。盛夏の終わり、本日は立秋。暦の上では秋といえど、暑い事には変わりない。エアコンのない奥座敷は、なぜかいつも快適な空気が保たれている。
「……はい」
意を決して、カナヲは頷いた。老爺が居住まいを正す。浴衣の衣擦れが、じりりと響いた。
「何から話そうか……産屋敷が、戦後の混乱にまぎれて土地を買収した話は知っているね」
こくり。静かにうなずけば、いつになくはっきりとした口調で老人は語り始めた。
◆◆◆
平安から続く産屋敷の一族は、先見に長けていた。とある目的を成すために、財をたくわえ、その財を使用し、また財をたくわえ。それを繰り返すうちに、膨大な資産を手に入れた。政府の目をかいくぐり、それなりの財を保っていたころに戦争が起きる。米国の手が入った日本は、それまでの曖昧さに線が引かれた。
そこで、当主は財を土地に変えたのである。
広大な敷地を買い取り、一部を庭内神しとした。ちいさな神社を建て、その一帯に神を祭ったのである。神を祀る付属として、狭霧山から水を引き、大池とした。
「……つまり、あの池は」
「そう、私が提案した神社の一部だよ」
「……じんじゃ」
「そうだよ、カナヲ」
そうだよ。言われた言葉が腑に落ちない。もやもやを抱えていたら、ふと。スマートフォンが揺れる。