テレビジョン 闇に慣れた瞳を信じ、ぺたぺたとリビングを徘徊する。
少しだけ冷えた床が、連日の猛暑で汗ばんだ身体を冷ます。目的地まで辿り着き、ゆっくりと持ち上げたマグカップに水道水を注ぎ込んだ。
目一杯に張った水が波打ちシンクに落ちていくことも気にせず、大きく喉を鳴らして体内へ流し込んだ。
ふぅ、と息を吐いてコップを置く。再び訪れた静寂に意識が落ち着いていくのを感じる。
「こわい夢、だったのかな……」
俺は、先まで見ていたであろう夢を思い出していた。しかし、どうしても場面的にしか出てこない。
鼓動を速める程の内容も、少し経っただけでここまで忘れてしまうとは。
忘れてしまったのであれば考える必要もあるまい、まして悪い夢だったのなら。
再度ため息を吐き出して、自室に戻ろうと歩き出す。テレビの横を通り過ぎた。
――ッズ
微かに何かを引き摺る音にそちらを向く。パッと明かりが付き、思わず目を細めた。慣れてない光に目が痛くなる。
「な、なに」
ズッズッと音が大きくなっていく。引き摺る音と思っていたそれは、回を重ねる毎に鮮明になっていった。
何かを擦る音だ。
引き摺るに近い、しかし確かにそれは同じ場所を何度も擦る様な、そんな音だった。聞きたくない。そう思わせる音だった。
ズッ
ズッ
ズッ
ズッ
……ズッ
ズッズッズッズッズッズッズッズッ
これ以上はダメだ。おかしくなる。聞きたくない。やめて。
目の奥がじわりと熱くなる。涙かも分からないナニカがボタリと落ちる感覚――。
ガチャ
目から耳へ移動する手を止める。音がした方向に勢いよく視線を向ければ、少しだけ驚いた表情の添くんが立っていた。気付けばリビングの照明も着いている。
寝起きの時とは比べ物にならない程の速さで動き出す心臓。胸に手を当て、スルスルと抜けていく脚の力に争うことなくその場にへたり込んだ。
「ちょ、え、なになに」
いつもより少しだけ大きい歩幅で近付く添くんを虚な目で追う。説明を求める様な表情を見せる彼を、未だ整理できていない俺は見つめ返すことしかできなかった。
呆然と俺を見つめる主任を見つめ返してみたが、進展はなさそうだ。何となしに額に手を当てがっても反応はない。
小さくため息を溢し、その冷たい手を取った。
「主任、一先ず移動しましょう」
完全に腰が抜けている主任の身体を支える。小さく聞こえた「部屋に」という声に従い足を進めた。
ベッドに座らせた主任の顔色は相も変わらず血の気が引いている。
「で、どうしたんです? 真っ青ですよ」
「……あ、怖い夢、みたのかも」
瞳は忙しなく動き、何かを警戒しているみたいだ。