【虚淮】『わからないのか』「あれは何を考えている」
「わからぬ。読めぬ」
微動だにしない冷たい顔の下でいったい何を考えているのか。こちらに悟らせようともしない。術に因る解析も不可能。その心の内を何一つ波立たせることなく、ただ静かに沈黙している。
「虚淮。何を考えている……」
「……」
行ったか。
牢の前に屯していた気配が遠ざかるのに疎ましげに息をつく。
あれから何度となく干渉を受けているが、そのいずれにも反応を返したことはない。ただ座し、在るのみだ。それ以上の何かを示すつもりはないのだといい加減理解すれば良いものを。
彼らが自分の処遇を持て余していることは知っている。
従属するのなら制限の下に解放もできよう。害意があるのなら処断もできよう。
だが、そのいずれも示さない相手にどうすれば良いのか、彼らは答えを見つけられずに未だ惑っているらしい。
「……」
馬鹿め。そう易易と思惑通りになるものか。
外界と隔絶させるつもりはないと差し入れられた端末。知己の便りに触れることで変化を促す狙いでもあるのだろう。
だが、虚淮が送ったのは諦聴へたった一言、変わりないかと尋ねたのみ。それへの返答にも既読したのみで新たに何かを返すことはなかった。
時折洛竹から便りが届く。それにただ目を通し、読み終えれば目を伏せる。それだけ。そうかと思う、ただそれだけであり、そのたった一言を言葉にして返すことはしなかった。伝えるまでもない。既読であることが返答の代わりであり、洛竹もそれは承知しているだろう。
そうやって時を止めているつもりかと詰る者がいた。馬鹿め。私の意思に関わらず時は勝手に動く。流れ行くものだ。そんな無意味な抗いなどするものか。
いつまで消えた者を悼むつもりだと嘲る者もいた。それはお前に関係のないことだ。
我らを恨んでいるのか、憎んでいるのかと問う者もいた。恨む。憎む。その言葉が適切かどうかはわかりかねる。ただ、酷く腹を立てていることは確かだ。
「……」
この心に一片の漣も立たぬほどに。この冷えた身に僅かな熱さえ灯らぬほどに。
もし自分に臓物があったとして、果たして腸とやらは煮えくり返るだろうかと思う時がある。空想にすぎないが、およそ想像がつかなかった。
ふと己の手に視線を落としても、この両の手は変わらずそこにあり、かすかな震えも見いだせない。
ただ静かに沈黙を通す己の姿は傍から見れば、なるほど時を止めているようにも見えるだろう。だが、時はこちらの都合などお構いなしに勝手に動く。自分の意思で止めることはできない。
自分はただ失っただけだ。大切に思っていた者を永遠に失った、ただそれだけだ。その事実を受け入れ、在るだけに過ぎない。
心が動くはずがない。この身が熱を持つはずもない。そんな気になれない。その必要もない。ただそれだけだ。
たったそれだけのことがなぜわからない。
「馬鹿め」