『今日は俺の膝の上』「まあ、喋れない以上はどうしてみようもないか」
リーヴスに構えるクロウ宅にて。リィンが訪ねてみたらいる筈の家主の影はなく、あったのは手紙と小瓶。そしてシルバーグレイに近い毛並みをした赤目の猫だった。この時点でおおよその事は察してしまったが、念のため手紙に目を通した。
『依頼:秘薬の試飲
少し趣向を凝らした秘薬を作ってみた故試してほしい。味、効能、持続時間についてのレポートも頼む。妾直々の依頼故しっかりこなすのじゃぞ!
――緋のローゼリア』
もっと厄介なところからだった、とこっそりリィンはため息をつく。これが《蒼の深淵》と呼ばれる魔女からのものであればいくらでも抗議のしようが――否、ないか。どちらにせよこの末路は変わらないのだからと、じっと己を見上げる猫を抱き上げた。
「不機嫌だな、まあこんなのを受けたらそうもなるか」
ソファーに座り、抱え上げた猫を膝の上に乗せてそっと頭を撫でる。それが気持ちいいのか気に入らないのか、喉を鳴らすような呻くような鳴き声が聞こえたが気にせず背を撫でる。毛並みは綺麗に整っており、彼自身の綺麗な銀灰の髪を思い出す。滅多に触らせてはくれないが、数少ない回数でも手には櫛通りのいい髪の感触が残っている。それだけ印象深かったし、同時に好ましくもあった。紅い目はいつもの彼と同じ色。この目に見つめられるのがリィンは気に入っている。どうしようもなく、彼の事が好きでたまらなくて同時に寂しくある。
「眠いか?このまま俺の膝の上で寝てもいいぞ」
否、違う。今は自分の膝の上でないと許せない。これで気まぐれを起こして他の人の膝に乗られたら嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。――本人には絶対言わないが。
「おやすみ、クロウ」
釣られてリィンも眠りに入る。次起きた時には、いつもの愛しい彼が見れることを願いながら。
膝の重みが変わったことで、リィンは目を開けた。まだぼんやりとしているが、自分の膝に乗っていた猫の姿はなく、代わりに同じ髪色の愛しい人が自分の膝を枕代わりにして眠っていた。まだ起きない辺り相当疲れているらしい。最近働き詰めのようだったし、少しでも安らいでくれればいいとリィンは思う。猫だった時と同じ手付きで頭を撫でれば、閉じていた目はゆっくりと開かれて物言いたげな視線で彼を見た。
「猫扱いするんじゃねぇよ」
「ふふ、ついな。おはよう、クロウ」
「はよ、リィン」
お返しとばかりに彼はリィンの癖のある黒髪を撫でつける。心地よさに目を閉じるとそのまま寝転がっていたはずのクロウに押し倒されていた。
「な、クロウ……。レポート書かなきゃいけないんじゃないのか?」
「いいだろ、別に。多分ここまで見越してるだろ、ヴィータとグルでな」
額と頬と唇に口づけて、クロウは情欲に濡れた目でリィンを見る。その瞳に彼が逆らうことなどできはしなくて。
「今度はお前が"ネコ"の番だな?」
「それ意味合い違うだろう」
そうは言えども拒絶はしない。深く口づけて沈む太陽と共に、そのまま情欲に溺れた。
END