世界を救った勇者がBLゲームに飛ばされた話 地上を滅ぼさんとする大魔王を倒した勇者は、閃光と共に姿を消した……。
仲間達は必死で彼の行方を探した。
だが、彼は見つからなかった。
それもそのはず。
勇者は別の世界へと飛ばされていたからである──!
「……イ、ダイ……!ダイ、起きて!」
不意に意識が浮上する。
痛みや疲れが全く感じられない事に違和感を覚えながら、ダイは己を呼ぶ声に目をゆっくりと開けた。
「あっ!おはよう、ダイ」
そう言って頭上からこちらを見下ろしているのは、金色の小さな友人だった。
「ゴッ……ゴメちゃん⁉」
がばっと身を起こすと、ダイは親友を両手でしっかりと抱きしめた。
「ゴメちゃんがどうして……⁉それに、おれ……ここは?おれ、死んじゃったの⁉」
そう言ってダイは辺りを見回す。
そこは民家の小部屋のようだった。
机と椅子と小さな本棚、そしてダイが今寝ているベッドがあり、その真横にある窓からは爽やかな朝日が降り注いでいた。
「ダイ、落ち着いて。キミは死んでなんかいないよ」
手の中のゴメが混乱するダイを宥める。
「それに……ボクはキミの知り合いじゃないんだ」
「えっ⁉どういうことだい?」
ゴメによく似た彼はゆっくりと、ダイに言い聞かせるように言葉を続けた。
「ここは、キミのいた世界とは似て非なる世界……そして、ボクはキミを助ける為に遣わされたナビゲーターなんだ」
「非なる世界……?ナビゲーター……?」
「そう」
金色の彼はダイの手から離れ、ふよふよと周囲を飛んだ。
「ここはキミがそれまで生きた世界とは別の世界ってことさ。とてもよく似ているけどね。ボクも正確なことは知らないけれど、キミは何かとてつもない事に巻き込まれて、こちらへ来てしまったんだろ?」
「……多分」
「ボクはそんなキミが元の世界に戻れるように、手助けをする為に来たんだよ。だからきっとキミの知り合いと同じ姿をしているんだね」
「そう……なんだ」
見た目は全く同じなのに、古い友人ではないのだと落胆するダイ。
「ごめんね、ダイ」
そう言ってすまなそうに謝る彼に、ひとつ首を横に振るとダイは言った。
「ううん、いいんだ。……それじゃあ、君の名前を教えてよ」
「えっ?名前は……ないよ」
「そうなの?それなら……やっぱりゴメちゃんって呼んでもいいかな?」
「うん、かまわないよ」
「ありがとう。それじゃあ改めてよろしく、ゴメちゃん!」
「こっちこそ!」
そう言うとゴメはダイの肩口へ乗り、頬擦りをした。
ダイはそんな仕草に胸がキュッと締め付けられたが、同時に彼に会えて良かったと心の底から思うのだった。
「それで、ゴメちゃん。ここはどういう世界なんだい?どうやったらおれは元の世界に戻れるの?」
「うーん……ボクも細かい所までは知らないんだけど……」
そう言ってゴメはどこからか小さな、けれど分厚い本を取り出した。
「それ……なんだい?」
「え?攻略本」
「……こうりゃくぼん?」
「そう。どうやらこれによると、この世界はアドベンチャーゲームの世界なんだって。しかもBL」
「アドベンチャーゲーム?びーえる?」
頭にクエスチョンマークを浮かべるダイを他所に、ゴメはふむふむと本を読み込んでいく。
「ああ……なるほど。ダイ、どうやらキミはこの世界の主人公で、ゲームクリアを目指さなければいけないらしいよ」
「ごめん……おれ、よくわかんないんだけど、それってまた戦うってこと?」
「うーんと……戦うんじゃなくて、どっちかというと仲良くする、かなぁ」
「仲良く……?」
イマイチ理解の深まらないダイに、ゴメはきっぱりと告げた。
「つまりね……ダイ、キミはこの世界の主人公になって、住人との仲を深めていき、あるエンディングまで辿り着かないといけないって事だよ」
そのゴメの言葉に、少しうーんとダイは考えると、ぱっと顔を上げた。
「それじゃあ、この世界にいる人と仲良くなって、あるエンディングを迎えれば、おれは元の世界に戻れるんだね」
ようやく理解の追いついたダイは、結論が見え、少し顔を明るくした。
「それはそうなんだけど……。ダイ、キミ、この世界で仲良くなるってことがどういう事か本当にわかってる?」
真剣な顔で尋ねてくるゴメに対して、ダイはきょとんとした顔で答える。
「えっ?仲良く……は仲良くだよね?」
ダイの答えに、ゴメはハァとひとつ溜息をつくと、
「……やっぱりちゃんと言わないと分かんないか」
そう呟き、キッとダイを見た。
「ダイ。BLの意味は分かる?」
「BL……えっと……分かんない」
「BLとはボーイズラブ。つまり、男の人同士がイチャイチャラブラブする世界の事。そしてキミが今いる世界は、さっきも言った通りBLなんだよ。これがどういう事か分かる?」
「おれは、男の人同士がイチャイチャラブラブする世界にいるって事?」
「そう、そしてキミは今その世界の主人公なんだ」
「……ってことは……。えっ……おれ、男の人とイチャイチャラブラブしなきゃいけないの」
ようやく事の重大さが分かり、ダイは焦る。
「ただのイチャイチャラブラブで終わればいいけどね」
「……どういう事?」
「展開によっては、あんな事やそんな事もする羽目になるって事」
「あんな事やそんな事……?」
「つまりキスとかセッ「わーーーー!もう!もうわかったから‼」
それまで遠回しな表現をしていたゴメが、急に具体的に話すものだから、ダイは思わず手でゴメの口を塞いだ。
──信じられない。どうしよう。おれ、そんなの知らない……。
顔を真っ赤にしながら困った顔で俯くダイに、ゴメはあまりフォローにならない言葉をかける。
「大丈夫だよ、ダイ。多分相手がリードしてくれるから」
「そんな事言われたって……おれ、急に男の人好きになんてなれないよ」
「まあまあ、とりあえずチュートリアルがあるみたいだから始めてみよう」
そう言うと、ゴメは扉の方へ向かった。
「チュ、チュートリアル⁉」
「基本の進め方、って事だよ」
──何だか、大変な事になったぞ……。
ダイは不安を覚えながら、ゴメの後を追った。
扉を開けると、階下へ続く階段があった。
ふうわりと、パンの焼ける香ばしい香りがする。
階段を降りると、見慣れた姿がキッチンにあった。
「じいちゃん!」
デルムリン島にいる筈のブラスが、何故かそこにいた。
「おはよう、ダイ。起きたか」
「じ、じいちゃん、どうしてここに」
「朝から何を言うとるんじゃ。挨拶もせんで」
「あ……ごめん。おはよう、じいちゃん」
ブラスに叱られ、素直に挨拶をするダイ。
「うむ。寝ぼけたことを言っとらんで、さっさと顔を洗って、朝ごはんを食べんか。もうじきポップ君が迎えに来るぞい」
「えっポ、ポップもいるの」
「まあだ、寝ぼけとるのか」
ブラスは呆れた目でダイを見ると、背を向け、再度キッチンに向かった。
なぜ、ブラスがいるのか。そして、ポップまで……。
困惑したダイは、先程新しく出来た友人の姿を探すが、どこにもいない。
仕方なく洗面所に向かうと、ゴメがどこからか出てきた。
「あっ、ゴメちゃん!」
「ダイ、言い忘れていたけど、ボクは誰もいない所じゃないと出てこれないんだ。でないとストーリーに支障をきたしちゃうからね」
「ねえ、ゴメちゃん。どうしてじいちゃんがここに?それにポップもいるみたいだし……」
「最初に言っただろ?ここはダイの世界と似て非なる世界だって。キミの知っている人達も、この世界に大勢いるのさ」
「えっそうなの?」
「だから、きっと色んな人が色んな立場でキミに接近して来ると思うよ。誰がいてもおかしくはないと思わなくちゃ」
「色んな人……?」
「まぁ、その辺の話はまた後でしてあげるよ。ボクは上で待っているから、朝ごはんを食べておいでよ」
「う、うん。わかったよ」
そう言うと、ゴメは再び姿を消した。
ブラスの朝ごはんをあっという間に食べ終えたダイは、再び2階へ向かった。
部屋へ入ると、ゴメは先程の攻略本とやらをベッドの上で熟読していた。
「なにかわかったのかい?」
「うん、大体はね」
ダイはゴメの横に座り、話を聞く。
ゴメはダイに、この世界のシステムのことを簡単に話し始めた。
この世界は、ダイが生きていた世界をベースに成り立っていること。
ダイはこの世界──パプニカを中心とした世界で日常生活を送りながら、様々な人達と関わり、関係を築き上げていくのだということ。
その様々な人達とは、ダイの知っている人物達であること。
そして、元の世界に戻る為、即ちゲームをクリアする為には、一定の条件を満たしたあるエンディングにたどり着かなければいけないということ。
エンディングにたどり着くには、沢山の選択肢があり、どれを選ぶかによって、エンディングが変わってしまうことを。
ゴメの説明を、ダイは固唾を飲んで聞いていた。
朝食前にゴメから聞いた話と合わせ、頭の中でまとめる。
どうやらこの世界にはダイの知っている人物が大勢いて、その人達と仲良くしてあるエンディングを迎えれば良いらしい。
但しこの世界はBLであるから、ダイの知っている男の人と、イチャイチャラブラブなあんな事やそんな事をする展開が待ち受けているかもしれないということだ。
クラリと目眩がする。
なんと恐ろしい世界に来てしまったのだろう……!
そうこうしているうちに、随分時間が経っていたらしい。
階下でブラスが呼ぶ声がする。
ダイは、寝間着から手頃な洋服に着替えると、再度階下へ向かった。
「ダイ、何をやっておったんじゃ!もうポップ君はとうに来ておるぞ」
ブラスの声に、家の出入り口を見れば、そこに見慣れた相棒の姿があった。
「ポップ……!」
思わず駆け寄ったダイに、ポップが「よう、おはようダイ」と声をかけたその時、世界が止まった。
「」
ポップはこちらを見たまま、瞬きもせず動かない。
そして奇妙な事に、ポップの胸元の辺りに、横長の箱の様なものが浮いていた。
「なに……これ……」
「そこに選択肢が出るんだよ」
どこからともなく、ゴメが登場する。
「え、ゴメちゃん、出て来ていいの?」
「コマンド選択の時はいいみたい」
そう言うと、ゴメは箱の上にちょこんと乗った。
「この世界ではこうやって、攻略対象との会話中に出てくる選択肢を選ぶ事で、進んでいくんだよ」
「攻略対象……?」
「つまりキミがイチャイチャラブラブする相手ってこと」
「じゃあ、おれ、ポップとイチャイチャラブラブしないといけないの⁉」
「ポップだけじゃないよ」
「?」
「どうやら、キミが辿り着きたいエンディングは、色んな人と仲良くしなくちゃいけないらしい」
「⁉」
「それから、仲良くなるだけじゃダメみたい」
「ど、どういう事だい……?」
「特定の人と仲良くなりすぎてもいけないんだって。キミが目指すエンディングは誰ともそこまで深い仲にならないギリギリの所らしい。だから、仲良くなりすぎるとあっという間に、そういう展開になっちゃうからね。それに間違った方向に進むと、バッドエンドになることもあるんだって」
「バッドエンドって……死ぬってこと?」
「ええと……死ぬ、のは少ないみたいだけど……監禁、凌辱、調教エンドが多いって書いてあるね」
「かんきん、りょうじょく、ちょうきょう……」
よく分からないが、何となく身震いのする単語に硬直するダイ。
──恐ろしい、恐ろしすぎる。それは……おれが……されるの⁉
思わず身を守るように己を抱くダイに、ゴメは更に追い打ちをかける。
「それと」
「な、なに⁉」
「出てくるのは仲間だけとは限らないみたい」
「敵⁉まさか……バーンも」
「時々侵略しに来るみたい」
あっさりと答えるゴメに、ダイはこわごわと聞く。
「あのさ……もしかしてバーンも……」
「攻略対象だね」
──どうして……‼
ずーんと暗い表情を浮かべるダイを慰めるように、ゴメは気の毒そうに話す。
「仕方ないよ、BLだもん」
「BLって……怖いんだね」
「そうだよ。だからそうならないよう、選択肢は慎重にね。それと」
「まだあるの⁉」
「初期好感度は最終決戦時点でのものとする、だって」
「あ、そう……」
「ちなみに選択肢が出てこない人は攻略対象外だよ。だからブラスじいちゃんは対象外」
「よかった……」
「攻略対象者だけなら、教えられるけど……聞く?」
「……一応、聞いておこうかな」
「いいよ。えっと、ポップとヒュンケルと……」
「ヒュンケルもか……」
「バランと」
「父さん」
「ラーハルトと」
「ラーハルトも」
「クロコダインと」
「そんな……」
「アバン先生と、ノヴァと、ハドラーと、それからさっきも言ったけどバーン……あっ!」
「まだまだいるの」
「隠しキャラででろりん」
「……」
あまりの人の多さに遠くを見つめるダイ。
──おれ、この家から出たくないなあ……。
そんな気持ちで現実逃避をし始めた所を、ゴメが引き戻した。
「じゃあそんなところで、早速選択肢を選んでみようか」
ゴメがそう言うと、真っ黒だったウインドウに文字が浮かび上がった。
ウインドウには、
「おはよう、ポップ」おれはそう返すと
▶ポップに向かってニッコリ笑った
ポップにぎゅうと抱きついた
と書かれていた。
──おれとポップの仲ならどっちでもおかしくはないけど……。
どちらにするか決めかねているダイに、攻略本を見ていたゴメが追い打ちをかける。
「うーん……ポップはラブラブになりやすいけど、パターンが沢山あるんだねぇ。バッドエンドが3つもある」
──ポップーーーーーッッッ
「あ、ネタバレになるから詳しくは言えないけど」
「聞きたくないよ!」
なんとしても回避しなくては。少なくともバッドエンドは。
そう心に決めたダイであった。
こうして新たな世界でのダイの冒険が始まった。
果たして、彼は無事誰とも親密にならないエンディングを迎える事が出来るのだろうか⁉
大冒険は……続かない?