魔界の名工に剣を作ってもらう話カーンカーンと夕刻を告げる鐘がなる。
「それでは、今日はここまでにしましょう」
教壇に立っていたアバン先生が、黒板にチョークを置いた。
おれのノートには、ところどころが解読できないミミズのような文字が書いてあった。
──これ、家に帰ってから読めるかな……。
せめてもっときれいな字で書けるようにならなくちゃ、と思いながら、ノートを閉じる。
「帰ろうぜ、ダイ」
そう声をかけたのはポップだ。
一日の授業が終わると大抵ポップが声をかけてきて、一緒に帰るかどうかの選択肢が時々出る。
最初は迷わず一緒に帰っていたんだけど、ゴメちゃんに、ポップの好感度ばっかり上がってるよと釘を刺されてからは、断るようにしていた。
そうすると、今度は別の人に声をかけられるから、その人の誘いに乗ったり、乗らなかったりする。
おれの夕方は、大体いつもこんな感じだ。
今日もいつも通りポップに声をかけられたけど、選択肢は出ていない。
ということは、好感度は特に影響しないらしい。
今日は、ポップと帰ることにする。
カバンに荷物をしまい、日直で残っていたマァムと授業の片付けをしていたヒュンケルとアバン先生に声をかけ、教室を後にした。
テランで父さんとなんとかギリギリ平和的に再会した後、おれたちはパプニカに戻ってきた。
おれが竜の騎士だってことが判明したわけだけど、やっぱりみんなの態度は前と変わらなくて、それがおれはすごく嬉しい。
竜の騎士についての話を色々調べてくれた先生が、新しい武器が必要かもしれませんね、って言った。
おれの紋章はあっちと違って額にあるままだけど、先生に言われて出したフルパワーの紋章の力に、普通の武器はやっぱり耐えられないみたいで。
あっという間に手の中でボロボロになった武器を見て、おれたちは、おれの新しい武器を探すことになった。
ヒュンケルの鎧の魔剣はどうだ、って話もあったんだけど、ボロボロにしちゃうのは申し訳ないから、試すのはやめておいた。
元の世界ではこのタイミングで、レオナがおれに魔法の闘衣をプレゼントしてくれたけど、父さんと戦わずにすんだおれは、騎士の鎧のパーツをそのまま身につけていた。
それが後でとんでもないことになっちゃうんだけど……。
武器を探すおれたちのところに、ある日ロモス武術大会のしらせが飛び込んできた。
優勝賞品は覇者の剣。
多分偽物なんだろうな……と思いつつも、武術大会参加のために、慌てて普段着から騎士の鎧のパーツに装備品を変えたあと、ポップのルーラでロモスへ向かう。
ただ、やっぱり大会に参加するには時間が過ぎていて……。
諦めて帰ろうか迷っていたおれたちだったけど、闘技場へ向かう人の、「かわい子ちゃん」の言葉にポップが反応し、武術大会を見て行くことにした。
おれの予想通り、大男をボコボコにしていたのは武闘家に転職したマァムだった。
無事にマァムとの再会を果たしたおれたちは、マァムがいなかった間のことを話した。
おれが竜の騎士であること、父さんと再会したこと、竜の騎士が使える武器を探していること……。
そういうことなら、とマァムも協力してくれることになった。
決勝の8名が決まり、いざ決勝トーナメント、というところであいつが正体を表す。
妖魔学士ザムザだ。
みんなを助ける為に竜闘気を使っておれは戦っていたんだけど、今のおれはまだまだ力を完全には制御できなくて……。
超魔生物に姿を変えたザムザに苦戦を強いられ、おれはついに気を失ってしまった。
次におれが気がついたとき、既に地にザムザは倒れていて、どうやらみんながザムザを倒してくれていたようだった。
でも、おれはなんだかスースーするような違和感を覚えて、自分の身体を見た。
なんとおれの身体は誰かのマントがかけられていて、それをめくるとほとんど服を着ていない状態だったんだ……
目を覚ましたと同時にパニックになったおれに、ポップは目を反らしながら説明した。
おれが倒れたあと、ザムザはおれを腹に飲み込んだ。
生体牢獄(バイオプリズン)に閉じ込められたみんなは、マァムの力で脱出。
マァムの閃華裂光拳の衝撃でおれは救出されたんだけど……。
元の世界と違って魔法の闘衣を身につけていなかったおれは、ザムザの粘液で服をほとんど溶かされちゃったらしい。
……今思い出してもすっっっごく恥ずかしいんだけど。
だって……おれの裸、あそこにいたみんなに見られちゃったんだよ……?
随分ひどい状態だったみたいだし。
(ポップは「おめえ、すっぽんぽんでデロデロのグチョグチョだったんだぞ」と言っていた)
と、とにかくおれのことは置いておいて……。
一応勇者のおれがそんな戦えない状態だったから、自分たちが頑張らないとと思ったのかな?
決勝トーナメントの出場者のみんなは、グッタリしていたのがウソみたいにあっという間に立ち上がったらしい。
みんなの力を合わせて、ザムザを倒したんだってさ。
マァムが言うには、一番ポップが張り切ってたみたいだけど。
みんな、あっちよりも強くなってたのかな……?
起き上がったおれに、ザムザは覇者の剣が偽物で、ここにはないことを告げた。
多分あいつのところにあるんだろうね。
その言葉は言わずに、おれはザムザを見つめる。
ボロボロと崩れ落ちていくザムザの身体。
父さんと再会し、これからやり直せるおれと違って、ザムザはここで終わってしまうんだなぁと思ったら、ちょっぴり切なくなった。
武術大会を終え、武闘家になったマァムを加えて、おれたちはパプニカに戻ってきた。
結局防具もなくなってしまったおれへ、レオナが魔法の闘衣をプレゼントしてくれた。
結局武器探しは振り出しに戻って、おれは内心で、どうやったらおれの剣を手に入れられるかなって思ってたんだ。
こっちでは覇者の冠は持っていなかったしね。
でも、この間大型アップデートがあって、覇者の冠はあっという間に手に入った。
あとはロン・ベルクさんに会えればいいんだけど……。
さて、どうやったらフラグ、立つかな……。
「他に伝説の武器みてえなのが、ありゃあいいんだがなあ……」
どうやらポップも、ずっとおれの武器のことを考えててくれたらしい。
横で並んで歩くポップがぼやいた。
「うーん……」
武器……武器か。
「ねえ、ポップの父さん、なにか知らないかな?」
「親父ぃ?うちの親父はそういうのはなんにも知らねえと思うぜ」
「でも……ほら!詳しい知り合いとかいるかもしれないし!」
「んー……じゃあ……一応聞いてみっか」
──よし!
心の中でガッツポーズをしたおれは、ポップの背を押しながらポップの家へ急いだ。
ポップの父さんと母さんは、こっちでも武器屋をやっている。
武器屋の奥が家になっていて、いつもは裏口に回るんだけど、今日は表のお店の方に顔を出す。
「ただいまー」
「こんにちはー」
おじさんは店番をやっていた。
「んん?ポップ……とダイ君か。なんでえ、表から」
「ちょっと親父に聞きてえことがあってよ」
「すみません、おじさん」
「ん……まあ、構わねえが……」
ポップは、おれの武器を探してることはもう話していたみたいで、改めておじさんはそういう武器は知らないと言った。
でも、あの人なら……!
「あの……じゃあ、そういう特別な武器を知ってる人とか……作れそうな人は知りませんか⁉」
「特別な……?ふむ、それなら……知り合いの魔族にそんなヤツがいるな」
「魔族」
──やっぱり!
「こっちに来てからは会う機会は減ったが、ランカークスの森に住んでるロンって奴が……」
「なんだって……⁉」
──キターーーーー
ヒュンケルから名前を聞いていたらしく、ポップがおじさんを問い詰める。
おじさんの知り合いの魔族が、鎧の魔剣を作ったロン・ベルクであるとわかり、ようやくおれはその人に会いに行くフラグを立てることができたのだった。やったね‼
そして、その次の週末。
おれとポップ、おじさん、それにマァムとチウとメルルを加えたあっちと同じメンバーで、おれたちはランカークスへ飛んだ。
おじさんとメルルの誘導に従い、森を進むと、一軒の小屋が。
間違いない、ロンさんの小屋だ。
入り口の扉を叩くおじさん。
どうやら不在のようでどうしようかと思っていたら、ロンさんは帰ってきた。
彼は久しぶりに会ったおじさんに少し文句を言うと、さっさと家に入っていく。
おれたちの話を聞いたロンさんは、しばらく黙っていたけど、元の世界で会った時と同じように「帰れ」と言った。
でも、おれは諦めるわけにはいかないんだ……!
こうなったら……。
「……並の人間じゃないから困ってるんだ……あなたの鎧の魔剣ですら、きっとおれの力には耐えきれないから……」
──こっちでは……試してないけど。
「……なにっ⁉」
──もう一声、かな?
「……お願いしますあの魔剣よりも強い剣を作ってください例えば……真魔剛竜剣のような……」
「真魔剛竜剣だとお……」
おれの言葉を聞いたロンさんは、がたりと立ち上がると手に持っていた酒瓶を、ぶんっと放り投げる。
「あの剣を知ってるのかどこで……どこで知ったええっ」
──あ、相変わらず、豹変がすごい……。
「と……父さんが……おれの父さんが持ってるんだ……」
「……“父さん”?……おまえの父親が……真魔剛竜剣を……持ってるのか……」
コクンと頷いたおれを見て、ロンさんは高笑いする。
おじさんに真魔剛竜剣の凄さを語るロンさんを見て、おれは作戦がうまく行ったことにほっとした。
──ロンさん、あっちでもものすごく興奮してたもんね……。
作ることを要求されている武器が、真魔剛竜剣と同等のものであることに、ロンさんは満足したらしい。
剣を作ってもらえることになって喜ぶおれたちを諌めるように、彼は材料であるオリハルコンを持ってこいと言った。
意気消沈するおれたち……と本来ならなるところなんだけど、ゴメちゃんから情報を聞いていたおれは、ここに来るときに持ってきていた袋をごそごそ漁る。
そして取り出したのは……そう、覇者の冠。
「ダ、ダイ⁉なんだよ、それ⁉」
「えっと……なんとなく武器に使えるかなーって思って、持ってきたんだ」
みんながびっくりしてる。そりゃそうだ。
ロンさんはその素材をまじまじと見て頷く。
「間違いない……オリハルコンだ」
「おめえ……なんでこんなもん持ってんだ……」
流石に不審に思ったんだろう。ポップがおれに聞く。
「えっと……なんか家にあった」
言い訳は考えてたんだけど結局思いつかなくて、正直に言う。
「い、家に……?おめえん家、すげえな……」
もっと色々言われるかと思ったけど、ポップはそれしか言わなかった。
──い、いいのかな……
ちょっと心配になったけど、おれとしてはあまり突っ込まれないほうが助かるから、流すことにする。
こうして予定通り、覇者の冠を使って、ロンさんに剣を作ってもらえることになった。
炉に冠を入れ、おれの手をじっと見つめるロンさん。
「あの……ロン・ベルクさん……。剣を作ってもらうお礼のことなんだけど……」
「20000ゴールドだ」
「!」
「オレもこれを作るには命懸けなんでな。それなりの金は要求させてもらう」
──あ、やっぱりお金、とるんだね……。
アップデートの夜、ゴメちゃんが言っていたことを思い出す。
「だが、もし払えないというのなら、身体「払います、お金!」
ゴメちゃんの言ってたことは本当だった。
あぶない、あぶない。
おれは立ち上がって、袋の中のもう一つの中身を取り出す。
じゃらん、と音をたてて、テーブルに置く。
「20000ゴールドあります!」
「そ、そうか……」
チっというロンさんの舌打ちが聞こえた気がしたけど、多分おれの気のせいだろう。
「それと……」
──う、なんだろう……⁉まだ何かあるのかな……。
「今度真魔剛竜剣を見せてくれ。この目で一度見てみたい」
「あ……う、うん。父さんに話しておくよ」
──よかった。無理難題じゃなくって。
父さんには何も言ってないけど、多分おれが必死でお願いすれば聞いてくれるんじゃないかな。
会話が終わると、ロンさんは鍛冶に集中し始めた。
カアン、カアンと威勢のいい槌音が響く。
その作業を静かに見始めて、少したった頃だ。
小屋の外で待っていたポップ達が深刻な顔をして中へ入ってくる。
真っ青な顔をしたメルルが水晶玉に映したその姿を確認して、おれたちは息を呑む。
そこに映ったのは、鬼岩城。
おれたちは、すぐにパプニカへ戻ろうとした。
でも、鍛冶に集中していたロンさんに引き止められる。
この剣には魂があり、おれにはこいつが生まれる様を見届ける義務があるんだ、と。
結局、マァムとポップの声で、パプニカの方はみんなに任せ、おれは剣の完成をこっちで見届けることになった。
早く出来てくれ……!
そわそわと焦る気持ちを落ち着け、みんなのことを信じる。
そして──
ようやく、おれの剣が完成した──‼
手に吸い付くような一体感……うん、やっぱり懐かしい。
久しぶり……!また、よろしく頼むよ‼
おれの声に応えるように、宝玉がキラリと光る。
ロンさんとおじさんにお礼を言い、おれはようやく再会した相棒とともに、パプニカへ向かうのだった。
続く。
ザムザ編の時、ポップが「この新しい服のおかげかもな……!」って言ってたんで、服が新しくなかったらどうなっていたの……⁉と問い詰めたい気持ちを形にしました。
ダイ剣さんができたので、これでいつでもエンディングに行っても大丈夫ですね……!
ジャンクさんは、そのうちポップが迎えに行くか、キメつばで帰ってくるでしょう。
どうせ名工と飲んでるだろうし。