未だ夜明けは遠くパプニカ城の一室──
そこは暗黒闘気で負傷したヒュンケルと、氷山に生き埋めとなった事により凍死しかけたダイが休息している部屋だった。
その部屋へ訪れるのは彼らの仲間が中心ではあったが、傷の手当の為という理由でパプニカの三賢者のひとりであるエイミも頻繁に訪れていた。
今も彼女は、ヒュンケルの身体に新しい包帯を巻き直している所で、ダイは隣のベッド上で天井を見つめながら、二人の会話を聞いていた。
ヒュンケルの手当を終えると、彼女は立ち上がる。
「果物でも持って来ます」
そう言って、部屋を立ち去ろうとする彼女の言葉は、恐らくは半分以上、隣のベッドの彼に対して向けられたものだろうことを、ダイはなんとなく察していた。
だが、彼女に対する彼の態度が変わる様子もなく。
「……っありがとうございます」
彼女の言葉に無言で返すのも気が引け、ダイは彼の代わりに礼を言った。
彼から向けられた声ならば、彼女は、もっと喜んだかもしれないが。
──多分……好き、なんだろうな、エイミさん。
怪物島で育ったにしては随分と人の機微に聡い12歳は、目の前で繰り広げられるやり取りにも、ひどく敏感であった。
「ヒュンケルはさぁ……好きな人、いないの?」
ロン・ベルクに武器の修復を頼む傍ら、彼自らによる実戦形式の修行をダイとヒュンケルは受けることとなった、その最初の夜。
まさかダイからそのような質問が飛んでくるとは思わず、ヒュンケルは怪訝な顔をした。
「どうした……藪から棒に」
「いや……なんかさ……おれとヒュンケルが二人になることってあまりないだろ?だからなんかたまには普通の話をしようかなと思って」
ダイの言葉になるほど……とヒュンケルは思いながらも、しかし、あまりダイらしくない質問だ、とも思う。
ヒュンケルから見たダイは、そういった話題を自分から振ってくる人物ではない。
かといって意外にも、人の感情を読むことに鈍感という訳ではなく、時としてどちらかというと一歩引いた目で周囲を見定めているふしがある。
「今はいないな……と言うより、そんな気にはならんと言ったほうが正しいが」
「ふーん……そっか……」
特に隠すことでもないとヒュンケルがその心境を語れば、ダイの方もそのような答えなど分かっていたような答えだった。
「おまえの方は……どうなんだ」
そしてヒュンケルの方も、それに気を悪くするという様子もなく、逆に同じ質問をダイにする。
ヒュンケルにとっても、この問いは彼らしくないものではあったが、特にこれといった楽しい話題も思いつかなかった為、ダイにそのまま尋ねた。
「えっ……おれ?」
ダイの方もまさかヒュンケルから同じことを聞き返されるとは思っていなかったらしく、顔をキョトンとさせた。
「おれは……うーん……そういうの、よくわかんないや」
一瞬考え込んだダイだったが、結局ヘヘっと笑って答える。
「そうか……」
ダイらしい返答に、ヒュンケルも緩く微笑む。
「……ヒュンケルとこんな会話すること、あまりないから、なんだか笑っちゃうね」
そう言ってダイも可笑しそうに笑う。
「でも……」
両足を抱えた腕に頭を預けてヒュンケルを見ると、
「ちょっぴりドキドキもするや、なんだか」
ダイは、ふうわりと、頬を染めてはにかんだ。
「……っ!」
それを見たヒュンケルは瞠目し……
「……少し、外の空気を吸ってくる。……先に寝ていろ」
くるりとダイに背を向け、部屋を出ていこうとする。
「……おやすみ、ダイ」
「……おやすみ……ヒュンケル」
ヒュンケルにそう言われてしまえば、ダイもそれに返さざるを得ず、同じように就寝の挨拶をすると、ぱたんと扉が閉まった。
ダイはふうと息を吐いた。
彼と二人きりという機会は、今まであまり無かった。
パプニカ城の部屋では同室だったものの、誰かしらが訪ねてくることも多く、二人きりという時間も大してなかったように思う。
それに、回復の為にダイが眠っている時間も多かったというのもある。
彼に先程告げた台詞は、嘘でも何でもなく、その原因をダイはずっと分からずにいた。
緊張しているのかとも思ったが、肩の力が入っているということでもなく。
ただ、普段の仲間達といる時のヒュンケルよりも……ここで接する彼は優しく感じられた。
──よく……わかんないや。
先に寝ていろと言った彼の言葉に従い、毛布を被って横になる。
ヒュンケルが戻って来たら、また胸がうるさくて、眠れなさそうで。
今のうちに寝てしまおう、そう思い、ダイは瞼を閉じた。
ロン・ベルクに少し外に出てくる旨を伝え、小屋の外に出る。
熱を持った頬を、風がそっと撫でる。
「まさかな……」
思わず片手で、顔の半分を覆った。
きっと、自分と彼だけという珍しい状況と、さらに珍しい類の会話をしたせいだ。
でなければ……。
そっと瞳を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、先程の、上目遣いにこちらに微笑む彼の姿。
「……どうか、している」
ふるりと頭を振ると、ヒュンケルは火照りを冷ます為、近くの小川へと足を向けた。
修行が終わるまで、あと3日。
終