染まる◇◆──────────
九門は、いちど閉じた瞼を再び開いた。目を閉じていたのはたったの三十秒ほどだったが、九門には三十分くらいに感じられた。目を開けてしまったのは、もしかして莇が逃げてしまったんじゃないかと不安になったからだ。
莇は、九門が目を閉じる前と同じ体勢で、こちらを睨んでいた。否、見つめていた。眉間には皺が寄って、口をへの字に歪め、目つきは鋭く、側から見れば怒っているようにも受け取れる表情だ。しかし九門にはわかる。この少年は怒っているのではない。
見分けるのは簡単だ。耳の色を見ればいい。寮に戻る前に見た夕焼けと同じ色だなあ、と九門は思った。見られていることに気付いたのか、莇は銀色のピアスがついた耳を触って、居心地が悪そうに顔を伏せた。俯いた拍子にさらりと髪が垂れる。黒髪の間から覗いた頬が、耳と同じ色に染まっていた。
「莇」
呼ぶと、彼はまた顔を上げた。すっかり真っ赤になってしまった顔を見ると、なんだか可哀想に思えてきた。明るい緑色の瞳に、真剣な顔をした自分が映っている。
九門は逡巡した。ごめん、やっぱりいいよ。いつもオレからしてるもんね。そう言ってあげた方がいいのだろうか。それとも、このまま待つべきか。十秒数えて、それでも莇が動かなかったら、今回は諦めよう、そう決めて、九門は心の中でカウントダウンを始めた。十、九、八…………
あと五秒のところで、莇の左手が胡座をかく九門の右膝に触れ、九門はカウントダウンをやめた。莇は相変わらず怒ったような表情のままだ。
「…九門」
余程緊張しているのか、わずかに開けた口から漏れた自分の名前は、いつもより掠れて聞こえた。その小さな音が鼓膜を震わせて、自分の耳が熱くなっていくのを感じる。莇の耳と同じ色をしているのかもしれない。膝に置かれた手に力が入って、莇はついに腰を浮かせた。
どこまで近づいても莇の肌はきめ細やかで、唇には皺ひとつない。右手が、九門の左肩に置かれた。ハンドクリームの香りがする。顔が近い。
ばくばくとうるさい心臓の音が聞かれてやしないかと思いながら、九門はふたたび目を閉じた。何十秒でも、何十分でも待とうと思った。
不意に、頬に睫毛が触れる感触があって、莇が目を閉じたのだとわかった。ほどなくして、唇に、温かくて柔らかいものが触れた。ほんの数秒間が、永遠にも感じられた。
目を開けると、莇の緑色の瞳と目が合った。肩に置かれたままの手を取って引き寄せると、簡単にバランスを崩す。自分に覆い被さった身体を、九門は思いきり抱きしめた。
──────────◆◇