お前を洗濯機に突っ込んでやろうか◇◆──────────
同室者が帰ってこない。
ご飯は残しておいてほしい、と連絡が入っていた。今日の夕飯は、臣のビーフストロガノフだ。茅ヶ崎を置いて先に帰った俺は、自分の分を取り分けるついでに奴の分も器によそって、ラップをかけて冷蔵庫に入れた。
夕飯を食べ終えたとき、ちょうど夏組の団員たちが戻ってきた。公演を控えている彼らは、ここのところ毎日稽古に励んでいる。手を洗ってきます!と元気な声が聞こえたので、いってらっしゃい、と返した。その間に鍋を火にかけ直して、厚めに切ったバタールをオーブントースターに入れる。
時刻は八時半を過ぎたが、茅ヶ崎からは連絡が入らない。バタールが焼き上がる頃、六人の若者たちが戻ってきた。
腹を空かせた彼らは、ビーフストロガノフをぺろりと平らげた。全員が「おかわり」をして、大きなバゲットは六人だけで二本消費した。茅ヶ崎の分を残しておいてよかったな、と思いながら、空になった鍋に水を張る。
「千景さん、ありがとう。後片付けはオレたちでやる」
「そう?じゃあ、お任せしようかな。稽古お疲れ様」
俺は布巾で手を拭いてから、談話室を後にした。ああでもない、こうでもないと演技の話をしながら後片付けをする音が、ドアを閉めても聞こえてきた。
一〇三号室に戻った。茅ヶ崎からはまだ連絡が来ない。電車なら迎えに行ってやってもよかったが、あいつはマイカー通勤だ。俺は先に入浴も済ませてしまうことにした。
部屋に散らばる、俺のものではない靴下やTシャツを(不本意ながら)かき集めて、プラスチックのカゴに入れる。それとタオルと着替えを持って、一度電気を消して、また部屋を出る。
寮にはドラム式洗濯機が三つある。一番右の洗濯機にカゴの中身を入れて、まだスイッチは押さずに浴室へ向かった。
先にガイさんが入っていて、俺が湯舟に入ると、ザフラからまたスパイスを仕入れる予定だと教えてくれた。そのスパイスを使える料理の話などをしていたら、俺としたことが少しのぼせかけた。
脱衣所で服を着ながら、茅ヶ崎が衣類を脱ぎ散らかして困ると愚痴を言ったら、ガイさんは少し笑った。そして、「俺は雪白が部屋で着替えているところを見たことがない、魔法でも使っているのだろうか」と真剣に言うので、今度は俺が笑った。
洗濯機に自分の衣類とタオルを放り込んで、洗剤をポケットにセットして、スイッチを入れた。
そろそろ何かしら連絡が来ている頃だろうかと思い、再び一〇三号室に戻った。部屋の鍵が開いていたが電気は消えたままだ。
嫌な予感がして電気を点けると案の定、床に茅ヶ崎が落ちていた。
俺がそれを足で押すと、ゴロゴロと転がった。意識はあるようだ。
「風呂は?」
「入りたいという気持ちはありまーす…………」
舌打ちをしたら思いの外大きな音が響いた。ベージュの背広とスラックス、それからネクタイとシャツを剥ぎ取ってソファーに放り、なおも床に転がったままの人体を小脇に抱え、立ち上がった。
洗濯機を一時停止しなければ。まだ「すすぎ」になっていなければいいのだが。
「ヤッタ〜、全自動俺を風呂に入れてくれる機…………」
「黙れ」
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