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    ナカマル

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    ナカマル

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    #ナカマルのクアザ

    あんまり爽やかじゃない感じのくあざ
    いずれ破廉恥になるはず

     図書室のある階の奥に、古くて薄暗いトイレがある。あまりに古いので、生徒たちは少し面倒でも五年前に改装した棟まで移動して、そちらのトイレを利用することが多い。
     ましてや九門は、授業以外で図書室を使うことなどないに等しく、ゆえにそのトイレには一度しか入ったことがない。
     一度というのは二年生の頃、ちょうど劇団に入って寮生活を始めた直後のことだ。土筆高校の卒業生である三角に、そのトイレの窓から出ると屋上によじ上ることができる、と聞いて、どうなっているのか見てみたくなったのだ。
     九門が窓を開けて顔を出してみると、たしかに、向かいには屋上のフェンスが見えた。しかし下には硬いコンクリートの地面しかなく、もし足を踏み外そうものなら────想像するのも恐ろしい。あそこを渡ろうと思う生徒は後にも先にも三角だけとしか思えなかった。

     それから一年と半年ほど経って、九門は今、三年生である。高校生という肩書きがついて、学校に行くのに制服を着ることを義務付けられるのもあと数ヶ月というところだ。
     結局、九門はあれから一度も例のトイレに入る機会はなく、この四月に入学した莇との会話で話題に出したこともない。その存在自体が、九門の意識から外れかけていた。

     その日は大雨で、教室の窓から見えるグラウンドには水溜まりがいくつもできていた。冷たい雨のせいで、まだ十一月ではあるけれど、教室の中は肌寒く、膝掛けを使っている生徒もいる。
     クラスメイトたちは、今年の文化祭までは皆が同じ方向を見て団結していた。けれど今はその熱をそれぞれの目指す方に向けている。各部活動で中心的存在だった者たちも、その立場を後輩に託して引退した。ユニフォームやジャージが入っていた彼らの鞄には今、参考書やノートが詰められている。
     学年の中で、九門を含む数名は推薦で進学先が既に決まり、同級生より一足先に解放されてしまった。ここから先が本番である受験組と同じ緊張感を持ち続けることは非常に難しく、最近の九門にとって、授業はただただ居心地の悪い時間だった。
     ピリピリと張り詰めた空気の教室で惰性のように行われている授業に出席して、ひたすらノートにシャープペンシルを走らせる毎日。紬や至に教わったおかげで、以前よりも問題が解けるようにはなったが、勉強が苦手であるという元来の気質はそう簡単に変わるものではない。

     その日の午後の授業は選択制で、九門が出席するのは五時限目までだった。一年生の莇のクラスは六時限目まであると聞いていたから、少し暇ができる。
     全員が出席する五時限目の後、連絡事項と挨拶だけのホームルームを終え、九門は手ぶらで教室を出た。荷物を置いたままにしたのは、すぐに戻ってくるつもりだからだ。
     なんとなく、本当になんとなく、その日は図書室に行ってみようかな、という気分になったのだ。

     図書室の重い扉を開けて中に入ると、廊下よりも雨音が小さくなって、代わりに本を捲る音や、シャープペンシルをノックする音が聞こえてきた。
     自習スペースで机に齧り付いて勉強している生徒のほとんどは三年生だ。その中に先ほどまで同じ教室にいた同級生の後ろ姿もある。しかし一分一秒を惜しんで机に向かう彼らに声をかけるのは憚られた。九門は邪魔しないように息を潜めて、奥の本棚へ向かった。
     奥から二番目の棚には、名作と呼ばれる戯曲の数々が収められている。九門は四百年前からさまざまな人を夢中にさせてきた戯曲のタイトルを順番に眺めた。その殆どは聞いたことのあるタイトルで、しかし詳しいストーリーは知らない。九門の同室者は在学中に、これらを全て暗記したことがあるのだそうだ。
    (ロミオとジュリエット…………)
     友情物語としてリメイクされた春組公演では、ハッピーエンドだった。原作はたしか、結局どちらも死んでしまうのだったか。ページは少し黄ばんでいて、あまり捲られていないのか、開くとぱきりと音がして、古い紙のにおいがした。
     最初に役の名前と、その登場人物の簡単な説明が書いてある。これは綴の書く脚本と同じだ。モンタギュー、モンタギュー夫人、ロミオ…などなど。舞台はプロローグから始まり、最初に登場するのは二人の従者で、彼らの掛け合いがある。
     このやりとりをテンポ良く言えたらカッコいいんだろうなあ、と思いながら読み進める。訳されたのがずいぶん昔なのか、今では使わない古くさい言い回しがあったりして、それもなんだか面白かった。
     九門は本棚の前に立ったまま、戯曲のページをめくり続け、気づけば一時間が経過していた。
    「あ、九門」
     聞き慣れた声が耳に入って九門が顔を上げると、莇がいた。
    「えっ、莇?」
     思ったより早く莇に会えたことが嬉しくて、九門は思わず普段通りのトーンで声を出してしまい、慌てて口を押さえた。莇はそれを見てフッ、と笑い、九門に近づいた。
    「連絡したのに返事ないし、教室にもいねーから」
     近づいたのは、図書室の静寂の中で会話するのに聞こえやすくするためであって、他意がないことは九門にもわかっている。しかし耳元に吐息とともに触れる莇のささやき声は非常に心臓に悪かった。
    「ごめん、手ぶらで来ちゃって」
    「そっか。それにしてもお前、図書室似合わねー」
     声をひそめたまま、莇はまた軽く笑った。
    「あれ、今日六限までじゃなかったっけ」
    「そうだけど、もう終わった」
    「あれ、もうそんな時間?」
     ポケットに入れたスマートフォンで時間を確認すると、確かに六時限目の終わる時間を過ぎていた。そして、莇からのメッセージが三件。
    「ごめん、授業中サイレントにしてたから……」
    「いや、お前ならいずれ見ると思ったし。むしろ返事来るまでに見つけられたから、ラッキー」
     もう活字が頭に入ってこないから、本は閉じた。棚に戻したとき、その背表紙を見て莇が「ロミジュリだ」と呟いた。

     たった今九門が収めた本に、莇が手を伸ばす。九門はその手首を掴んだ。

    「莇」
    「は?」
     莇が訝しげに九門を見る。
    「ちょっと、一緒に行きたいところがあるんだけど」


    ──────────◆◇ つづく


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    #ナカマルのクアザ
    お前と居るとお題「犬」「イタズラ」「スニーカー」

    ◇◆──────────

     九門が靴を買いたいと言ったので、俺たちは地下一階からエスカレーターに乗った。売り場のフロアは七階だから、ここからは少し遠い。けれど、奥のエレベーターはどうせ混んでいるだろう。
     俺は九門の二段後ろに立った。すると流石に九門の方が目線が高くなる。紫色の髪と、ピアスのぶら下がった耳が見えた。
    「買うものあんなら、俺のこと待ってないで行ってきてよかったのに」
    「えっ、全然待ってないよ!」
     話しかけると、九門はすぐに振り返って目を合わせてきた。その振り返り方があまりに急なので、パーカーのフードが一瞬宙に浮いた。

     俺のコスメフロアでの買い物は、短くても小一時間はかかる。フロア中の商品を買い占めることなんてできないから、じっくりと吟味しなければならないのだ。待たせてしまうのは悪いと思うが、こればかりは仕方がない。
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