弟に謝ってこい!◇◆──────────
同室者が帰ってこない。
兵頭が帰ってこないことなど俺にとっては心底どうでもいいのだが、先ほどから九門がうるさいのだ。兄ちゃんの帰りが遅い、LIMEの既読がつかない、悪い奴に絡まれているんじゃないか?と何故か俺に聞いてくる。こいつはもしかしたら兵頭の弟ではなくて母ちゃんなんじゃないかと思う。
「万里、運転できるでしょ!車出せよお」
「俺さっきビール飲んだから無理だ。つか酒飲んでなくても兵頭なんか迎えに行かねーよ」
「ヒドい!同室者が心配じゃないの⁉︎」
「心配なわけあるか!デカくてイカつい男だぞ、むしろ夜道であのヤローに会っちまった奴の方が可哀想だろ」
今日は確か、客演の稽古に参加するとか言っていた筈だ…………客演で出たことのある劇団の新作を観に行くんだったか?どちらでもいいが、とにかく客演先関係なのは確かだ。大方、打ち上げか何かに誘われて参加しているんだろう。
俺は積み上がっていたパズルを一時停止して、ため息をつきながらLIMEを開いた。一時間ほど前に送った「帰り何時だ」のメッセージに既読は付いていない。
「やっぱLIME見てねーな。ま、そのうち帰ってくんだろ」
「万里は楽観的すぎる!いいよ、至さんに頼むから!至さーん!」
「待て待て待て待て今日実況の収録だから!邪魔すんな」
一〇四号室を出て隣室に向かおうとする九門を追いかけ、首根っこを慌てて掴んで引き止めた。コントをやっている気分だ。それほど飲んでいないのに頭が痛くなってきた。
「じゃあ千景さん」
「出張」
「じゃあ丞さん」
「さっき俺と飲んでた」
「じゃあ…………」
「お前、さっきからライムライム言ってっけど電話はしたのか?」
「あ!」
あのヤローと同じ色の目を大きく開いて大音量で叫んだと思えば、九門はすぐさま握りしめたスマホを耳に当てた。
「忘れてたのかよ…………」
「あれえー?」
残念ながら電話は繋がらなかったようだ。九門は諦めずにもう一度緑色の通話ボタンをタップする。耳に当てる。画面を睨む。また通話ボタンをタップ。耳に当てる。画面を睨む。ピアスと画面がぶつかってカチカチ音がしている。それを見ている俺──────。
いやいや、俺は別に関係ない。ハッとしてゲーム画面を開いて、パズルを再開した。
「万里ぃー」
「んだよ」
「電源が入っていないか電波の届かない場所にいるためかかりませんって…………どういうことだと思う!?」
「そりゃ電源が入ってないか電波の届かない場所にいるんだろ」
ハァー!とさっきの俺よりデカいため息をつき、九門は床に大の字になった。この部屋にこいつが押しかけてから一時間半が経過している。
「兄ちゃん…………」
「そのうち帰ってくっから、部屋戻れよ」
「嫌だ、帰ってくるまでここで待つ!」
「そーかよ、なら兵頭のベッド使え。背中痛くなんぞ」
「万里の近くで寝たらワンレンがうつる」
「ダー!布団持ってこい!」
深夜二時。パズルゲーはやっと順位がランボ圏内に入った。下を覗くと、結局自分で客用布団を持ち込んだ九門が寝息を立てている。
もう一度LIME画面を開いたが、やはり既読は付いていない。ついでに通話ボタンをタップしてみた。おかけになった電話は、電源が入っていないか電波の届かない所にいるため──はい、了解。
俺は別に兵頭のことなどどうでもいいので、寝ることにした。
◇
翌朝、起き上がって梯子を下りると九門はもう部屋を出ていて、布団も片付けられていた。そういや早起きな奴だったな、と思いながら欠伸をしていると、ドアが開いた。
「おー」
「は?てめ、昨日どこほっつき歩いてやがった」
「あ?」
「はあ?昨日九門がここで兄ちゃん帰ってこねー帰ってこねーってうるさかったんだぞ、連絡来ねーし」
「あぁ?…………ああ」
兵頭は数秒考えた後、ハッとしたような顔をした。
「充電切れたから実家寄ったら寝てけって言われた」
「な、おま…………バーーーカ!!」
「あ?」
寝起きの頭ではどこから突っ込むべきか分からず、考えるより先に兵頭目掛けてペットボトルを投げつけていた。普通にキャッチされてさらにムカついた。
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