ひんやり税込百円◇◆──────────
コンビニでアイスコーヒーを買った。
氷が詰められたカップをセットしてスイッチを押すと、焦茶色の液体が注がれていく。氷が熱いコーヒーに溶かされていくのを見るのが、結構好きだ。
「やっぱ、俺もそれにする」
莇はレジに出しかけたレモンティーのペットボトルを持って踵を返した。そしてオレのコーヒーが注ぎ終わり、液晶に「おいしいコーヒーができあがりました」と表示された頃、氷の詰まったプラスチックのカップを持って戻ってきた。
たった今オレのカップを置いていたコーヒーメーカーに、莇がカップを置く。スイッチを押すと熱いコーヒーが出てきて、氷を溶かしていく。オレは透明のフタをはめながら、莇のコーヒーが注がれるのを待った。
再び「おいしいコーヒーができあがりました」と表示されて、莇はカップを取り出し、たった今オレがやったのと同じように透明のフタをはめた。オレはそれを待つ間に少しだけ自分のアイスコーヒーを口に入れた。
香ばしくてほどよく苦味があって、何より冷たいのが良い。カフェで買う四百円のコーヒーより美味しく感じるから不思議だ。
二人でコンビニを出た途端、ムワッとした熱気が襲ってきた。
「あ〜あっつ…」
「本当に六月⁉︎」
日傘を差したいかと思って、莇の分のカップを持ってあげた。
莇が広げたのは、小さく畳めるのに広げると大きく、紫外線カット効果も高いという自慢の日傘だ。値段もそれなりにしただろう。優しい莇は日傘をオレの方にも少し傾けてくれた。
「サンキュ」
莇が日傘を持っていないほうの手をオレに差し出す。オレはカップを片方返そうと思って、あることに気づいた。
「あ、ごめん莇、オレさっきちょっと飲んだんだけど、どっちかわかんなくなっちゃった…」
右手に持っているカップと、左手に持っているカップ、どちらがオレのコーヒーで、どちらが預かった莇のコーヒーなのか、わからなくなってしまった。
「ぷっ、ウケる」
莇は吹き出して、オレが左手に持っていたほうのカップを受け取った。
「どっちでもいーわ、別に。お前だし」
「そう?」
え、いいんだ。ほんの少し動揺した。莇はもしかしたらさっきオレが飲んだほうかもしれないカップを口につけて、傾けた。中の氷がカシャ、と鳴って、莇の尖った喉仏が上下する。
オレも、もしかしたら莇の分かもしれないカップに入ったコーヒーを飲んだ。カップを傾けたとき、日傘を持つ莇の腕とオレの腕が触れ合った。半袖から出た肌は気温のせいで熱くて、少しだけ湿っていた。
「うめーな。あんまりコンビニのコーヒー買ったことなかったけど、カフェのよりうめーかも」
「オレもさっき同じこと思った」
「やっぱり? 気のせいじゃねぇのかな…」
莇はカップを眺める。いつの間にそんなに飲んだのか、コーヒーはもう半分より少なくなっていた。
「わり、ちょっと持ってて」
オレはまた日傘を預けられた。莇はプラスチックのフタを外して、残ったコーヒーを氷ごと流し込んだ。
「んーん」
莇はサンキュ、と言った。オレは日傘を返す。横から氷を咀嚼する音が聞こえる。
「氷、食べちゃう派?」
「んー、わりと? もったいねーじゃん」
「そっか」
オレも真似をしてフタを外し、氷ごと口に入れた。香ばしいような味はコーヒーのもので、氷に味はない。けれど溶かされて脆くなった氷を噛むと、なんとなく美味しいような気がして不思議だった。
「にしても、あっちーな。今日三十度近いんだっけか」
莇は喋り終わる度に氷を口に入れて噛む。オレも氷を噛む。二人してバリバリ音を立てながら、並んで歩いた。
カップを持っていた手が冷たくなったので、反対の手に持ち替えた。ほんの出来心で、冷えた手で日傘を持つ莇の腕に触った。
「んあ⁉︎ らにふんだよ」
莇は思いの外驚いてくれて、氷が口に入ったまま抗議の声を上げた。
「へへ、隙アリ! …って、うわっ!」
「仕返しだ、ばーか」
氷があと三分の一くらい残ったカップを首に当てられた。莇はしたり顔で笑っている。カメラを向けたときにするような、口角を少しだけ上げた笑みではなくて、今みたいに歯を見せてくしゃっと笑う顔のほうが良い。
オレと二人でいるとき、たまに莇はこの顔で笑う。この笑顔を見られるなら、オレはどんなイタズラだって受けてもかまわない、なんて思ってしまう。
「なぁ、莇」
「んー?」
莇は返事をしながら、また氷を口に入れた。薄い頬は、今触れたらひんやりとしているだろうか。さっき触った腕にももう一度触れて、温度が違うか確かめたい。汗が滲んでいるように見える首は? 何度も氷とキスしている唇は?
触りたい。触ってもいい?
「あんだよ」
オレがなかなか用件を言わないので、莇が痺れを切らした。
「な、なんでもない」
──────────◆◇ おわり