結婚スライムだけが住む王国がある。初めて訪れたヒュンケルは、そこらかしこで跳ね回るスライムを興味深げに眺めながら微笑んだ。子連れのスライム親子の中で一匹遅れている子スライムがいたので、つい手を貸して兄弟達の中に混ぜてやる。
「ピィ」
母親スライムにお辞儀をされて、ヒュンケルは軽く手をあげた。
「本当に住人はスライムしかいないのだな」
「ああ。スライムの国だからな。今からスライムの王に会いに行く。とても厳格な性格だから気をつけろよ」
ラーハルトの助言にコクリとヒュンケルは頷いた。
「ピキイ」
「ありがとう、王よ」
二人が丁重な態度で接したので、一番聞きたい情報をスライムの王はすぐに提供してくれた。
どうやら気に入られた様で、今日は泊まっていけと勧められたのでありがたく泊めてもらうことにする。お礼を言ってその場を去ろうとした時だった。王が二人の背中に問いかけてきた。
「二人は番(つがい)なのか?」
ヒュンケルは急いで答えようとした。
「いいえ」
そのヒュンケルの声をかき消すように、ラーハルトが声を張り上げた。
「ええ!!王よ。私達は婚姻していて愛し合っている」
(ラーハルト!?何を言っているんだ?)
予想外の答えを告げた友に、ヒュンケルは困惑した。スライムの王は機嫌よく巨体を激しく揺すぶった。恐らく笑っているのだろう。
その後、二人はとても豪華な部屋に通された。どうやら人間サイズ用の部屋らしい。わざわざこのサイズの部屋が存在するということは、自分達以外にも過去にここに来た者がいるのかもしれないとラーハルトは思った。現に、自分はここを訪れるのは二度目なのだ。流石に宿泊するのは初めてだが。
周りを見渡すと、空のような水色を基調とした壁の色で、部屋の真ん中に巨大なベッドが一つだけ置いてある。小さな机の上にある骨董品のような花瓶には、美しい花が生けられていて良い匂いがした。
(ここでは夫婦でないと、同性でも別々の部屋にされるからな。念のため、同じ部屋に宿泊した方がより安全でいいだろう。スライムでも高レベルだと灼熱の炎など強力な技を使えたりする。用心するに越したことはない)
その事をヒュンケルに説明しようとして、彼の方を向いたラーハルトは目を見張った。彼は巨大なベッドに腰かけ、シーツを握りしめて俯いている。一瞬怒っているのかと思ったが、どうも違うような気配がする。
「ラーハルト、先程スライムの王にオレ達が番だと言ったな。嘘をつくのは感心できない」
「ああ、すまない。だが、訳があって」
「聞こう」
ヒュンケルが見上げてくる。いつもより顔が赤く、それはまるで化粧をしたかのように映えて見える。そんな彼の瞳に自分が映っていて、形が整っている鼻、少し開いた唇。ラーハルトはヒュンケルに見とれた。
ああ、口付けたい。……無意識に顔を近づけてしまい、ハッとしてヒュンケルを見ると彼も自分を見つめていて、熱に浮かされたような顔をしている。
その途端、別々の部屋にされないようにワザと嘘を言ったと説明しようとしていた言葉がバラバラと崩れ落ちていく。
「嘘は確かに良くない。だったら真実にすれば良い。オレと結婚してくれ」
「……お前があんな嘘をつくから、オレも意識してしまったではないか」
「それで、答えは?」
ヒュンケルは、ラーハルトを引き寄せてフワリと軽く口付けた。
次の日、正直にヒュンケルがスライムの王に前日の時点ではまだ結婚していなかったが、つい先ほど結婚したとわざわざ伝えたので、スライム王国はお祭り騒ぎになり急遽二人の結婚式が行われた。
少し困り顔で微笑むラーハルトと幸せそうに笑うヒュンケルを囲んでぷるぷるした生き物達は嬉しそうに主役の周りを飛び跳ねたり踊ったりと大はしゃぎで、喜びを分かち合うのだった。