大掃除「まったく。なんで俺があんたの部屋を掃除しないといけないわけぇ!?」
「わはは。ごめんごめん」
星奏館の寮、夏目によってレオの部屋に呼び出されたと思ったらこうだ。最近は年末も近づいているということで各自の部屋を大掃除している様子が伺える。泉は普段から掃除しているし、寮で物を散らかすのは衣更くらいなものだけれど、それもたかが知れているので寮の大掃除はとっくに終わっていた。
一方、レオの部屋も大方終わっているものの、レオの片付けが中々進んでいないというので泉が召喚されたというわけだ。自分はレオの保護者ではないんだけれど、同じユニットの好みだ。仕方ない。
レオのベッドを見やると、辺りには丸まった紙ごみ。散乱した楽譜。ペンも何本か床に落ちている。テーブルには飲み残したペットボトルが三本ほど立っているし、床には空き缶も落ちている。
「だいたい、海外にいることが多いのにどうやったら散らかるんだか」
「おれだって持ち物自体は少ないんだぞ。ただ、作曲してたらこうなったっていうか。締め切りが迫ってたっていうか……」
「わかったから。なずにゃんと夏目に迷惑かけてるっぽいし、二人でちゃっちゃと片付けるよぉ?」
「セナも手伝ってくれるならすぐ終わりそう! ありがとな~!」
「まったく。俺にまで迷惑かけてるんだから、あとでたんまりお礼してよねぇ」
「任せろ! 今日の晩御飯はオマール海老のフルコース料理を食べに行くぞ~! もう予約も済んでる!」
「あのねぇ……まぁいいか。じゃあ、まずは確実にいらないものから捨てていくよぉ。れおくんはその辺に散らばってる飲み物の中身を捨てて全部ゴミ袋に入れてって」
「は~い! お母さん」
「誰がお母さんだ」
レオが飲み物を抱えて星奏館のキッチンに行くべく消えていく。その間に泉はペンを片付けたり、明らかに丸まっていていらなさそうな紙ゴミを広げてはシュレッダーにかけていく。書きかけといえど、レオの財産だ。軽率に古紙回収には出せない。なんだ、そんなに散らかってるわけじゃないじゃん? これくらい、泉が出るまでもない。散らばっている楽譜はファイルに挟んで、布団をはたいてあとは拭き掃除と掃除機をかければすぐに終わりそうだった。
「……っていうかれおくんどこまで行ったの……? 遅くない……?」
シン……と静まり返った部屋。なずなも夏目もいないので誰も様子を見に行ったり答えてくれる人もいない。仕方なくキッチンまでレオを迎えに行くと、共有ルームの方から、カリカリとペンの走る音と、聞き覚えのある鼻歌と楽しそうに揺れているオレンジ色がそこにはいた。
「うぎゃ!? いたいっ! 誰だおれの邪魔をするやつは!」
「わざわざれおくんの部屋掃除に来てあげてる瀬名泉ですけどぉ?」
「あ、セナ……そうだった。セナと一緒に掃除してたんだった」
ちょっとだけ腹が立ったので、揺れるしっぽを掴んで引っ張ってやった。ガクンと後ろに頭を反らせて、レオが文句を言っている。文句を言いたいのはこっちの方なんですけどぉ?
「そうだった。じゃないでしょ〜? 掃除終わったんだけど〜?」
「さすがセナ! おれも一曲できたぞ!」
「そこ対抗するところじゃないでしょ〜? で、ゴミくらい捨てられたんでしょうねぇ?」
「うん。それはもう終わったんだけど、曲が浮かんだからちょっとだけ書き留めておこうと思って」
「ちょっとどころじゃないでしょ。まったく」
呆れずにはいられない。こんな調子で部屋の片付けも進んでいなかったのだろう。曲を作るなとは言わないけれど、多少時と場合は選んで欲しいものだ。
「ごめんって。セナ、怒ってる?」
「怒るに決まってるでしょ〜?」
「ほんとごめんって……ご飯行くのやめる……?」
「やめるなんて言ってないでしょ。ちゃんと美味しいところ連れてってよねぇ」
やれやれと泉はため息をついた。本気で怒ってるわけないでしょ。これくらいで怒ってたらあんたとなんか暮らしていられないし、泉の身が持たない。
「だいたいさ、あれぐらいの散らかりようだったらそのうち自分でも片付けられたでしょ? なんで俺が呼ばれたわけぇ?」
「う〜ん。ちょっと……夏目に呼んでもらったっていうか……」
「は? どういうこと?」
もごもご。レオが言い淀む。何か言いにくそうだ。視線も泳いでいるし、手ゆびもそわそわ遊んでいる。
「……最近セナと二人でご飯行ってないなぁって思って」
「ご飯ならフィレンツェでもさんざん一緒に食べてるじゃん」
「日本じゃあんまり一緒に食べないだろ〜? だから、何かご飯に行く口実を探してて……」
「? ご飯くらい、普通に誘えばいいじゃん? 俺が断ると思ってるの?」
「思ってないけど〜〜……二人きりで行きたいの!」
「……っ!? はっ……?」
ぽぽぽ。レオの顔が一気に紅潮して朱に染まる。ぎゅっと目を瞑っているレオの可愛さといったら。それを見て驚きながらも自分の体温が上がっていくのがわかる。え、なに? 二人きりでご飯が行きたい。それが誘いにくかったってこと? そして行き先は泉の好きなエビ料理に行くってさっき言っていた。これって、つまり……。
「それって、デ……」
「デートじゃない! お食事会!」
「食事会……」
「そう。お食事会」
普段より幾分か大きな声でレオに丸め込まれてしまった。力強くフンフンと頷くレオ。ただの食事に誘うのに、そんなに顔を赤らめる必要なんてある? いや、ないでしょ。ことあるごとに鈍感だって泉に言うレオだけれど、さすがの泉でも気づくというか、もしかして……? という気がしてきた。
「……なるほど。食事会ね。わかった。掃除も終わったから行こっか」
さきほどの怒りはどこへやら。それどころではなくなってしまった。こうなったら色々確かめたくなってきたのだ。美味しいエビを食べながら、何を聞いてやろうかな。
そんなことを思っていたけれど、実際にはお互い手汗を握り、ソワソワして何も話せなかったのは、また別の話。