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    dokoka1011056

    @dokoka1011056

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    dokoka1011056

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    安物の歪な折り紙の角を、合わせているような。永遠に終わらない一人遊び。

    #distortion
    #リクミキ

    暗いところにいるネコ濃紺と、赤に近い橙の層が空に満ちる。今年の夏は冷夏だと、街で小耳に挟んだ。トマトがなかなか甘くならないと。
    でも夜は蒸し暑くないのがいい。元々熱帯夜が続くような気候ではないが、これも悪くない。あまり長く続くようなら、魔術師たちに要相談。
    とはいえ、日が落ちると少し肌寒いのも否めないので、薄いカーディガンを肩に引っ掛ける。

    ぼんやりと、廊下を歩いていた。城の裏側の生垣に面した渡り廊下だ。長くて、暗くて、


    「にゃお」


    はっ、と音がした方を見る。

    鈴を転がしたような凛とした鳴き声。生垣の一部がかさりと音を立てて揺れた。

    毛玉が、濃緑の中に埋まっていた。

    鼻先、耳、脚先を吹き付けて染めたような独特な柄。シャムにしては若干長毛な気もするが、その瞳の輝きは紛れも無く蒼玉のそれだった。前脚と顔だけを出してこちらを見ている。
    目が合うが逃げる様子もなく、怯んで硬直している風でもない。近付いて見ると、遠目に見るよりも大きな猫だったことがわかる。子猫とも成猫とも言えない微妙な大きさだが、シャープな面立ちのせいか、やけに大人びた印象があった。
    柔らかい輪郭に手を沈みこませると、ゴツゴツとした身体つきをしている。背骨も肋も浮いている。大きく感じたのは、肉付きが良いわけではなく、単に体毛が多かっただけのようだ。


    「何してるの、こんなところで」


    シンプルに疑問で、驚いてもいた。城の敷地内に入るものはなんびとたりとも、張り巡らされた魔力のセンサーに感知されるからだ。ましてや猫なんて、城外の警備隊が気付かないはず無いのに。

    脇腹を掴んで生垣から引っ張り出す。そのまま持ち上げて宙吊りにする。逃げない。身じろぎひとつしない。僕の目をまっすぐに見つめている。宙吊りにした猫の体が振り子のように、惰性で狭く振れているのを、しばらく黙って感じていた。

    ひとつ馬鹿な思い付きがあって、僕は辺りを見渡して、誰もいないことを確かめた。そしてしっとりと水分を含んだ冷たい芝生に横になり、両手に捕まえた猫を胸元に抱き寄せた。
    そんなに大きな猫ではないが、僕の身長の半分ほどはある。カーディガンに一緒に包まって、じんわりとした温もりを感じる。体温の差はさほどない筈だが、されるがままの猫の細い目を見ているとなんだか自分まで猫になったようで、もっともっとと、隙間なく密着した。


    猫は生き物なので動くし、気まぐれなのでじっとしていない。その事はちゃんと知っていたが、その猫の振る舞いから、すっかり忘れていた。微睡みを覚えるころになってもぞもぞ動き出した猫を大人しく解放する。猫はしなやかな動作で、出てきた穴に入っていった。
    急に風通しが良くなって、意識もはっきりとした。カーディガンに包まって自分の体を抱えたまま、猫が去っていく様子をただ見ていた。

    穴の中、猫二匹分くらい進んだところで、猫が立ち止まった。振り返り、流し目の様な表情でこちらを見て、一度瞬きをした。

    猫が、人間の様に巧みに表情筋を操れる事を僕は知らなかったが、この生き物が猫でないのならすんなり納得できるだろう。実際に何か別の生き物であっても、生き物ですらなくても、驚きはしない世界に僕は通じている。
    幸い穴は、僕が猫を引きずり出したことで広がり、猫が踏みしめたことでぽっかりと口を開けていた。僕が四つん這いになればギリギリで通れるくらい大きさはある。
    僕は少しの迷いもなく、しかし億劫に起き上がり、猫の後に続いた。カーディガンが入り口に引っかかってぱさりと落ちた。拾おうか、一瞬の逡巡の後、やっぱりやめた。


    だんだん暗くなる。一歩進むごとに暗くなる。この生垣は、こんなに長かっただろうか。また暗くなる。遠くに入ってきた明かりが小さく見える。

    「どこまでいくの?」

    猫は振り返らない。

    「僕こんな暗いとこ行けないよ」

    猫は立ち止まった。振り返らないまま、尻尾をだらんとたらした。「どうして?」と尋ねられているようだった。

    「だって…」

    僕は言い淀んだ。猫に話してどうなるんだ。正当性のかけらもないエゴばっかりの理由を、せっかく案内してくれたこの猫に押し付けるのは、あまりにも失礼ではないか、と。
    それでも暗闇はさざめくようだった。自分勝手な独白も、誰の目もないこの場所では、すべからく許される。背中を押すような優しい脅迫に、口から言葉は滑り落ちた。


    「だって僕、」

    「クリーンで、ノーマルで、快活な自分で居たいんだ」

    「暗闇の似合わない人になりたいんだ」

    「彼が僕を無条件で信じられるように、」

    「いつも灯火でありたいんだ」

    「だからこんな暗闇で落ち着くのは困るんだ………困るんだよ…」


    懇願のようになった独白に、さざめきは止んだ。その沈黙からは、許容と迫害の色を感じた。
    ほっとした僕は、狭い穴の中で無理矢理に方向転換をして、元来た道を進んでいった。光が戻っておいでと手を差し伸べているようにも、闇が守るように閉じ込めているようにも見えた。

    カーディガンを回収し、ちくちくした小枝に耳をやられながら、入り口に立った。背後の穴には、もう関心は湧かなかった。穴の中で感じていたほど、もう外は明るくなかった。寒い。早く城の中に入ろう。
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