スペシャルデー「今夜の酒量は控えめに……ね?」
そう言いながらチェズレイが俺の手に手を重ねる。しなやかで長い指が、俺の指に絡まった。
「今夜は何か特別かい?」
俺はとぼけながら指を絡め返す。風味を楽しむだけの酒で湿らせた唇で、チェズレイは笑った。
「ご存知でしょう? もう……楽しみにしているのですから」
控えめな笑みは、俺の目に意味深に映る。もちろん、楽しみにしていたのは事実だ。
本日は二月十四日……どこの国の伝説かは知らないが、恋人たちがチョコレートを贈る日だということを、俺は知っている。そしてチェズレイの祖国ヴィンウェイは、チョコレートでも有名だと言うことを。なんでも歴史ある、王宮お抱えのチョコやさんがあるとかで。ホットチョコレートを飲む文化もあるらしい。
つまり。チェズレイが、恋人である俺に! チョコレートを渡したい日じゃないか?
いやあと俺は照れ笑い、鼻の下を伸ばしてしまう。甘いものは苦手だが、愛しい相棒のことだ。酒に合うビターなものとか考えてくれるんじゃないか? あるいはプレゼントは私自身、みたいな……?
タイミングを見計らっているのか、チェズレイは焦れったそうに俺を見る。その熱っぽい視線を楽しみながら、俺は言った。
「今日か……何の日だったかな?」
「言わせる気ですか?」
チェズレイは少し眉を下げる。
「いじわるなひとだ。ですが今日は、翻弄されてあげましょう……」
俺の唇に唇を近づける。チェズレイの指先が、俺の腹を撫でる。いたずらっ子だ! そのまま口づけをするような距離で、囁く。
「――ふんどしをお召しなのでしょう?」
「え? なにて?」
「ふんどしを……え?」
チェズレイの手が俺の腰に触れる。トランクスを履いている俺の腰を探りまくる。もちろんふんどしのような結び目は無い。
「なぜ……? マイカ文化保存会が制定したふんどしの日ではないのですか?」
「そんな日あるの?」
というかその日、なに?
「ご存知ないのですか? マイカ文化が衰退しないよう活動している団体が語呂合わせで……」
「よりによってなんで今日にしたの?」
チェズレイの顔がより一層怪訝なものになる。俺はめちゃくちゃ恥ずかしいながら、言った。
「その、今日はアレ……バレンタインデーでしょ!」
「……あぁ。そうですね」
「反応うっすい!」
「あなた、甘いものが苦手ではありませんか。欲しがるだなんて予想できませんよ」
「恋人同士の日だから、そういうのお前さん好きかなって……」
フン、とチェズレイが鼻を鳴らす。
「そう思うのであればあなたからチョコレートでも花でも贈ればよろしい。待っているだけで与えられるのがクセになっているのでは?」
残念そうにじっとり睨みながらチェズレイは俺をなじる。チクチクするなら、俺にだって考えがある。
「――それならチェズレイも一緒だ。お前さんだって自分からふんどしを着てくればよかった」
「は?」
目を丸くするチェズレイ。鳩が喋ったような顔をしている。
「そうだろう? 俺に着て欲しいならまず手本を見せにゃ。待っているだけっちゅーのは同条件だ」
わなわなと震えるチェズレイが立ち上がる。
「あんな卑猥な下着を私につけろとおっしゃる?」
「紐パンは履くくせに!」
俺も負けじと立ち上がる。身長でかなり負けている。
「……興が冷めました。本日の酒宴はここまでです」
チェズレイが呆れたように眉間を揉みながら、わざとらしく俺に背を向ける。俺は唇を尖らせ、もう一度座った。チェズレイが部屋を出る。歯を磨きに行くのだろう。その後ろ姿が悲しい。
悪いことをしたなと胸が痛む。ふんどしぐらい着替えてやってもよかったのだが、ついに売り言葉に買い言葉してしまった。
「ん?」
扉が少しだけ開く。チェズレイが視線だけ送ってくる。
「……今夜はふんどしを着けてくださったモクマさんの夢を見ます」
皮肉だけ言いに来るんじゃない。若造が。