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    ▶︎古井◀︎

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    ▶︎古井◀︎

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    横書きブラウザ読み用!
    猫に出会ったり思い出のはなしをしたりするチェモのはなし

    #チェズモク
    chesmok

     やや肌寒さの残る春先。早朝の閑静な公園には、ふたりぶんの軽快な足音が響いていた。
     現在、チェズレイとモクマが居を構えているこの国は、直近に身を置いていた数々の国の中でも頭一つ飛び抜けて治安が良い。借り受けたセーフハウスで悪党なりに悪巧みをしつつも優雅な暮らしをしていた二人が、住居のほど近くにあるこの公園で早朝ランをするようになって、早数週間。
     毎朝、公園の外周をふたりで一時間ほど走ったり、ストレッチをしたり。そうするうちに、お互いに何も言わずとも自然と合うようになった走行ペースが、きっちりふたりの中間点をとっていた。
     数歩先で軽々と遊歩道を蹴るモクマに、チェズレイは平然を装いながら素知らぬふりでついていく。『仕事』が無い限りはともに同じ時間、同じような距離を走っているはずなのに、基礎体力の差なのかいつもチェズレイばかり、先に息が上がってしまう。
     今日だってそうだった。そしれこれもまたいつも通り、前方を走っている相棒は、首だけで振り返りながらチェズレイをちらりと見遣っただけで、仮面の下に丁寧に押し隠した疲労をあっさりと感じ取ってしまい、何も言わずにゆったりペースを落とした。
     目の前に、公園の中心視点である人工湖の外周が見え始める。「ちょうどいいから、少し休憩しよか」のんびり呟きながら、モクマは休憩スペースの一つ、湖面を臨む木製ベンチへ腰を下ろした。
    「……あなたは、ほんとうに、全く息が乱れませんね」
     わずかに上気した頬に汗の雫を伝わせながら、チェズレイが吐息交じりに呟く。額や頬をタオルで拭いながら、汗一つかいていないくせにチェズレイを模してタオルで顔を拭いているモクマを見つめた。
    「ま、これでも現役の元忍者だからね~」
    「現役なのか元なのかはっきりしてくださいません?」
     相棒が座面に敷いてくれた手ぬぐいに礼を言いながら、ベンチに腰掛ける。眼前の湖面には鴨の親子が浮かび、列をつくりながらのんびりと横断している素朴ながらも美しい風景が広がっていた。
     対岸の向こうにある雑木林から覗きはじめている陽光が、湖の表面をきらきらと輝かせている。ほとんど毎朝、こうして変わらない景色を見ているはずなのに、見るたびに新鮮な気持ちでこの美しいようすを楽しんでした。それもひとえに、チェズレイの隣で、朝日を浴びながらのんびりと足まわりの筋肉を伸ばしている男が居るからなのだろう。
    「――お? 向こうからかわいこちゃんが来たよ。ほら、チェズレイ、あっち見て」
    「はい?」
     突如として声を上げたモクマが指差す、やや離れた草むらの影。視線を向けたチェズレイが訝しみながらも目を凝らすと差した先にある茂みが数度揺れて、その奥からしゃなりとした姿の一匹の猫が現れた。ベンチに座ったまま鳥の鳴き声を模して舌を鳴らすモクマを見て、猫は瞳を細めながらも「にゃうん」とひと鳴きする。
    「なんだ、猫ですか。まぎらわしい」
    「なんだと思ったの?」
    「……黙秘します」
     いくらかの沈黙ののちに呟かれたその言葉を聞くなり、モクマはにんまりと口端を上げて、覗き込むようにしてじっとチェズレイの桜色に染まる頬を見つめた。
    「お前さんみたいな美人を横に置いておいて、よそに目移りするわけないでしょ」
    「それはどうだか。私には判断がつきませんねェ」
    「そこは、一途な相棒を信じてほしかったなあ」
     そんな軽口と戯言を微笑みとともに交わし合う。そのうち、焦れたように飛び出してきた黒猫は、まったく臆する様子を見せずにチェズレイとモクマが据わっているベンチまで近寄ってきた。
     ふたりの前でころりと腹を見せて転がり、背筋を地面に擦り付けている。黒々とした毛足がそれなりに美しかった猫の体には、思い切り芝生のかけらがまとわりつき、あっというまに衛生的とは呼び難い有様になった。
    「うわ、ずいぶんと懐っこい子だ。どっかの飼い猫とか、このへんの地域猫かねえ」
     モクマが突き出された猫の腹をそうっとさすってやると、二人を交互に見ていた猫は構ってくれる方の人間を察したのか、飛び起きてモクマのふくらはぎに先端が曲がっているしっぽを絡めた。
    「一応聞くけどお前さん、野良猫はどう?」
    「言うまでもありませんが、許容範囲外ですね」
    「まあ、だよねえ」
     狙いをつけるように数回尻を振っていた猫が、ばね仕掛けの玩具のようにぴょん、と跳ねてモクマの膝の上に飛び乗った。胸板に頭を擦り付けながら、うるるん、と可愛らしく喉を鳴らす猫の耳をモクマはがしがしと掻いてやりながら、「きみは、お名前はなんていうのかな? おじさんはモクマといいます」と伝わるはずのない自己紹介をしていた。
    「かわいいですか」
    「うん、可愛いねえ。マイカにも何匹か飼い猫はいたけど、俺にはちっとも寄り付かなかったからなあ」
     猫の狭い額を撫でながらどこか遠い目をしているモクマの横顔を、チェズレイは何も言えないまま見つめる。そんな風に言うけれど、きっと実際は寄せ付けなかったのだろうな、と思ったけれど、口にはしなかった。
    「――昔話をひとつ、してもいいでしょうか」
     するりと、それこそ猫のように意図せず、その言葉はチェズレイの喉から漏れだした。今、脳裏に浮かぶ懐かしい光景は、今の今まで自分でもすっかり忘れていた、懐かしく遠い日の思い出だった。
    「聞かせてくれるんなら、喜んで」
     猫を肩に抱きながら、モクマが瞳を細めて答える。「にゃう」と黒猫もまた、偶然にしては妙にタイミングよく鳴き声を放った。四つの目がじっとチェズレイを見つめている。その様子がなんだかおかしくて、口端から微笑みが零れた。
    「あれは……私と母が、まだそれなりに幸福に暮らしていた頃の話です。私たちが住んでいた別宅に、一匹の子猫が迷い込んできたことがありました」
     
     
     他の記憶とともに意識の奥底に沈めていたそれをゆっくりと取り上げる。あれは確か、今日のように少し肌寒さの残る春の日だった。
     まだそれほど精神を病んでいなかった母が、庭にガーデンチェアを並べ、庭で母子ふたりのお茶会を開いてくれたことがあった。自分がはじめて、課題曲が上手に弾けただとか、きっとそんな些細なことが理由だった。
     ガーデンテーブルには繊細なレースのクロスが敷かれ、眩いほど白い陶磁器には母手製の焼き菓子。伝統的な形の金属製のポットや、花模様が美しいカップが正しく配置され、色とりどりのジャムは小ぶりなガラスボウルに数多く並べられていた。
     暖かな日差しの下で穏やかに微笑む母。その表情は、チェズレイが押し込めた数々の記憶の中でもめずらしく、はっきりとその姿かたちを思い出すことが出来た。
     母に向かって小鳥のように口をひらき、匙で含ませてもらった赤い赤いジャムの甘さに思わず頬を押さえ、そんなチェズレイを見て母が笑っていた。
     穏やかな時間。その途中に、不意に背後の庭木がざわめいた。その頃にはもう、自分の父親がどういう『仕事』をしているどういう人間なのかをすっかり理解していたから、なにか良くないことが起こっているのではと、母を守らなくてはならないと、そのざわめきにずいぶんと身を固くしたのを覚えている。
     けれど、現れたのは真っ白い子猫だった。まだつぼみばかり付けていたバラの垣から、突然降って湧いたみたいにやってきたその猫は、後ろ脚を痛めていたらしく、体を左右に揺らしながら掠れた声で弱弱しく鳴いた。
     きゃあ、と母は短く悲鳴を上げて子猫に駆け寄った。自らの服が汚れることも厭わずに抱き上げて、すぐさま使用人に獣医を呼ばせた。優しい人だったのだ。
     それから傷が癒えるまでの間、母から名前をもらったその猫は、しばらく邸宅で飼われていた。使用人から餌をもらい、自由気ままにふるまって、時折母の膝で眠っている姿も見た。チェズレイ自身も、眠っている猫の小さな体を撫でさせてもらっては、己に小さな弟ができたような心地を抱いていたことを記憶している。
     使用人の誰かが引き取ったのか、いつの間にかその子猫は姿を見かけなくなってしまったのだけれど、今にして思えば、精神状態が悪化しつつあった母から保護する意味合いもあったのかもしれない。
     穏やかな別れとはとても言い難かったけれど、母と過ごした幸福の時間、その温かな記憶の一端に、確かにその猫の存在はあったのだ。
     
    「――とまあ、つまらない話で恐縮なのですが。そんな幼いころの、思い出話です」
     チェズレイにしては珍しく思い出すまま、口が動くままに語ってしまい、着地点を見失いつつあった話を強引に打ち切った。黒猫を抱くモクマの姿は、かつての母の面影を想起させた。
     風貌はちっとも似ていないのに、滲む幸福の色と温度だけはとても似ていたのだ。柔らかく目を細めてうなずくばかりで、ただ黙って話を聞いていた相棒の視線から、チェズレイは耐えきれずに目を逸らす。
    「……何か言ったらどうですか」
     じわじわと湧き出す羞恥を恨み節めいた言葉で塗り隠しながら、どうにかそれだけを呟いた。頬が熱い。そんなチェズレイの様子に気付きながらも、モクマは腕の中でぐるぐると喉を鳴らす猫と見合い、「そうだなあ」と漏らしつつ何事かを猫に何か話しかけている。
     いったいなんですか。吊った眉の間に、無意識に力が籠る。相棒を問い詰めようと薄く唇を開けた次の瞬間、モクマは突如としてにんまりと頬を上げ、明朗な掛け声とともにチェズレイに手を伸ばした。
    「ソイッ!」
     むにゅう、と、チェズレイの薄い頬が柔らかい何かで押された。何か、なんて言ってみたが、正解も犯人も分かり切っていた。猫の体を腕に抱いたまま器用に右前足を持ったモクマが、スタンプよろしく柔らかな肉球をチェズレイの頬に押しあてたのだった。
    「えへへ、おどろいた?」
     モクマのひどく呑気な声に重ねて、猫が短く鳴いた。ふ、ふふ――。チェズレイが絞り出した、地の底から響くかのような笑い声に、分かりやすく怒気が混じっていると気付いた瞬間の相棒の動きは早かった。作った苦笑いとともにすぐさまベンチの端まで後ずさり、ざっと顔を青く染め上げている。
    「ちょ、ちょっと待って。ひょっとしてお前さん、すっごく怒ってる!? ちゃんと猫の足は拭いてあるよ! タオルで!」
    「ええ、見ていましたよ。ですがそのタオル、私の記憶違いでなければ、もともとはあなたの汗を拭ったものでしたよねェ……?」
    「あ~、そっちもダメか~!」
     チェズレイが戯れに、舌先に音階の一音を乗せて見せる。身を縮こまらせながら猫を強く抱きしめたモクマが堪忍してえ、と声を上げたのと、それまで借り物のように大人しくモクマに抱かれていた黒猫が突如、するりと腕を抜け出したのはほとんど同時だった。
     飛び跳ねるように芝生に降りた猫は、きっと自分の頭上が急に騒がしくなったことに気分を害したのだろう。
     チェズレイとモクマを視界に収めたまま、二人に向かって猫は抗議めいた声で短く鳴く。興奮と陽の光で細まった対のグリーンアイが、じっと二人を見つめていた。
    「おおっと、ごめんよ。びっくりしたねえ」
    「猫の前に私に謝罪があって然るべきでは?」
    「本当にすまんって! 出来心だったんだよ~」
     二人の意識がすっかり互いに移ってしまったのを察したのか、あるいは猫自身が二人に興味をなくしたのか。猫はくるりと身を翻したかと思うと、もう鳴くことも、一目見ることもしないまま、枝の隙間に潜りこむように茂みに駆け込んでいった。
    「あっ、行っちまった……」
     呆然と声を洩らしたモクマはほんの少しの間、猫が去っていった茂みの影を見つめていた。そんな相棒の背を、チェズレイも同じように見ていると、そのうちに湖の向こう側、園内の中央にある風車を模した時計台が七時を告げる鐘を鳴らした。
    「――そろそろ帰りましょうか」
     最後までチェズレイのペースを崩し続けた猫に、話の腰すらも強引に折られて、怒っているポーズを続ける気分もすっかり削がれてしまったのだ。
     そうだね、とようやく茂みから視線を剥がしたモクマを伴って、チェズレイはゆったりと来た道をなぞるように歩き出す。日が高く昇っていくのと比例してか、周囲にはウォーキングやジョギングを楽しむ近隣住民の姿が増え始めていた。モクマは彼らに人の良い笑顔を向けて、軽い挨拶や会釈を返している。
    「チェズレイ、さっきのことなんだけど」
     人の波が切れたのを見計らって、モクマは視線を前に向けたまま話を切り出す。すこし気まずさを感じている時の彼特有の、普段より意識的に、おっとりと言葉尻を伸ばす癖が出ていた。
    「俺には、話を終えたあとのお前さんが、どうにも寂しそうな顔に見えちまってさあ。ショーマンのモクマさんとしては、笑顔に変えたいな~って思ったんだよねえ」
    「なるほど。そして結果、怒らせたわけですが」
    「ううっ……それについてはもう、本当に申し開きのしようもないんだけどお……」
     ぼそぼそとした言葉の濁し具合とは裏腹に、踵を軸にした軽やかなターンで、モクマはくるりとチェズレイに向き直った。
    「この通り、おじさんすっごく反省してるから、そろそろ許してほしいな~?」
     ね? と両手を合わせて小首を傾げる姿は、言うなればそれすら恋人の欲目なのだろうが、どこか小動物を思わせる可愛らしさがあった。そもそも、モクマの背はチェズレイよりずっと低い。それゆえに彼がチェズレイの目を見つめる視線は、常に上目遣いになりがちだった。お得意の、茶化し半分の可愛らしさを装って見せるときは、なお余計に。
     意識しないうちに、唇から溜息が漏れる。それは怒りでも呆れでもなく、丁度よい落としどころにようやくたどり着いた、という半ば安堵にも似た気持ちが漏れだしたものだった。
    「……そうですねぇ。どのあたりが『この通り』なのかはさっぱり分かりませんが、良いでしょう。手始めに今日の私とあなたの仕事の予定は、すべてキャンセルとさせていただきます」
    「え、なして!?」
    「予定タスクに急ぎの案件はありませんから、問題はありません。そしてあなたの今日一日を、私にくれませんか。それで差し引きゼロにしましょう」
    「……なんか企んどる?」
     さすが詐欺師の相棒をしていると褒めるべきか、モクマはすぐには飛びつかなかった。チェズレイが出す交換条件にしっかりと警戒を張っている。ひとつめ、とチェズレイが人差し指を立てて見せると、ほら見たことかという顔で、モクマは胡乱気に瞳を細めた。
    「まず、あなたが自室でひそかにため込んでいらっしゃる洗濯物。あれをすべて片付けていただきます。そのあと近くのマーケットで食材を買い足して、ついでにこのあたりで買えるという有名な茶葉も買いに行きましょうか。要するに、荷物持ちですね」
    「……他には?」
    「それから、午後になったら庭にテーブルを出して、ふたりでお茶会をしましょう。生憎と、子猫の来訪は見込めませんがね」
     そこまで言って言葉を止めたチェズレイを見て、ようやく真に求めているものを悟ったらしい。モクマはあっという間に警戒を解いて、がしがしと乱雑に自らの髪をかき混ぜていた。
     ――かつての日々に、幼い自分は満たされていた。愛を感じていた瞬間があった。それは変わらぬ事実として、思い起こした記憶とともにチェズレイの胸を温めてくれたけれど、だからこそ、模倣ではないあの日の続きとして、チェズレイはこれからの未来を共に生きる男との、ありふれた思い出づくりを望んだのだ。
    「すっごい聞きたいんだけど、いったい何を食べて育ったらそういう可愛い発想が出てくるの……?」
    「そうですねェ……紅茶と、手製のジャムあたりですかね。よろしければ、作って差し上げましょうか」
     チェズレイが悪戯めいた微笑みをしてみせれば、モクマもまた、同じような顔で笑みを返した。そりゃあ楽しみだ。そう呟いて、モクマは手を差し出した。
    「まあ、取り敢えずはさ。手でも繋いで帰ろうか?」
     一度ならず二度までも、かつてのチェズレイは帰る場所を失った。けれど今はこうして、帰るべき家も、ともに帰るパートナーも手の内にあるのだった。失ったことがあるからこそ、痛いほどわかるその愛おしさに、チェズレイは甘えるように寄り添いながら彼の手を取った。自分のものより一回りも二回りも大きい掌が、離れないようにとしっかり繋がれている。――にゃうん。刹那、聞き覚えのある甘えた鳴き声が、ふたたび揺れた茂みから聞こえてきた気がした。
     けれどもう、二人の視線は猫を探さなかった。
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    高間晴

    MAIKINGチェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前に 2010

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ


    「チェーズレイ、これよかったら使って」
     そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、


     たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
    「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
    「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
     あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
     そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
    「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
     首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
    「モクマさァん……」
    「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827