夜のはじまりに「本当に、よろしいのですか」
常興の声は震えていた。それはまるで追い詰められた小鳥が無理に声を絞り出したような声音で、貞宗の耳には甘く響いた。既にお互いに身を清め、褥で向かい合っているというのに、この期に及んでなお、常興は不安に身を固めていた。
「誘ったのは私だ。今さら嫌とは言わぬ」
貞宗は顎に手をやり、まだらに生え始めた髭をそっと撫でた。貞宗は少年の頃を終えて肉欲を知ると、常興と身体を重ねたいと思うようになっていた。常興が元服して一人前の男となった今、ようやくその思いが形になろうとしている。
蝋燭の揺れる炎に照らされた常興の顔は、怯えたようでありながら、その奥底に何かが潜む気配があった。
「しかし、相手が私では」
常興は膝の上に置いた拳をきつく握りしめている。その手の小さな震えが、貞宗の目にはかえって可愛らしく映った。まるで可憐な花を手折るような心地がして、貞宗はわずかに身を乗り出し、常興の間近に寄った。
「私の相手は常興しかおらぬ。誰よりも、そちがよい」
その言葉に、常興の表情が一瞬だけほころんだように見えた。しかし、すぐに貞宗の視線から逃れるように顔を背ける。
「そのように見つめられては恥ずかしくて……灯りを消させてください」
「なにを言う。そちの顔が見えなくなるではないか」
貞宗は常興の頬に手を添え、顔をこちらに向けた。触れた頬の柔らかな感触に、貞宗は甘い笑みを浮かべる。
「案ずるな。最初はただ口を重ねるだけでよい」
貞宗が顔を寄せると、常興は固く目を閉じた。貞宗はわずかに間を置いてから、唇を近づける。触れる直前、常興の震える吐息が肌に感じられた。緊張と期待が混じる中、ゆっくりと唇を重ねる。その瞬間、常興の身体が小さく跳ねた。貞宗が名状しがたい喜びを味わいながら顔を離せば、常興は目を開けてこちらを見ていた。
「どうだ、怖くなかろう?」
常興は答えない。ただ、真っ直ぐに貞宗を見つめるその目の奥で揺れるものが、一層深まった情欲の色であることを、貞宗は確信した。
すると突然、常興の両手が貞宗の頬を包んだ。まるで今までの臆病さを捨て去るように、常興は勢いよく唇を重ねてくる。歯がぶつかり、貞宗が顔を顰めても、常興はさらに深く舌を絡めてきた。
「つね……ぉッ……」
貞宗は息を忘れ、ただその猛々しい口吸いに身を委ねるしかなかった。長い舌は貞宗の口内を隅々まで掻き回していく。唾液が唇の端から垂れ、貞宗は常興の寝間着を縋るように掴んでいた。
やがて唇を離した常興は、息ひとつ乱さず、じっと貞宗を見下ろしていた。その視線には、もはや怯えも迷いもなかった。貞宗はすっかり腰が砕けてしまい、情欲の火を灯された魔羅は寝間着を押し上げていた。
「貞宗様」
常興が自らの寝間着の帯を解いた。鍛えられた肉体が橙色の灯りに照らされて扇情的に映る。貞宗は思わず喉を上下させた。
「……灯りを消します」
常興が蝋燭に手を伸ばす。その瞬間、薄明かりの中で常興の表情が一瞬だけ浮かび上がった。そこにあるのは今まで隠されてきた貞宗に向ける欲だった。
芯がつままれ、炎が消えると、部屋は深い闇に包まれる。
静寂の中、重みのある身体がゆっくりと貞宗に覆い被さってきた。その瞬間、貞宗の胸に言葉にできない感覚が溢れる。暗闇によって奪われた視界の中で、触れ合う肌と鼓動が互いの存在をより強く意識させる。貞宗はただその感覚に身を任せた。