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    なんでも許せるかた向けの不穏なひふど置き場です

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    DONEパロで書いている猫っぽちんとひふみによる番外編の怪談です。
    前半の語りはモブの女性で、後半の語りは猫っぽちんです。

    3Dビッグネコチャンの広告、わが家の屋根にもつけたいです。
    守り神 乾いた音が路地裏に響きわたる。私は握りしめていた大事なものを取り落としてしまった。いま、なにかいた。すぐに周囲の様子を窺ったけれど、怯えるまなざしは宵闇を彷徨うばかりだった。でも、気のせいじゃない。いまもどこかにいて、私をじっと見ている。まるで針の雨を浴びているようだった。痛いほど鋭利なそれは私をその場に縫い留め、ほんのわずかでも動くことを許さなかった。私にできるのは、震える手を握り締めて息を殺すことだけだった。でも、探さなくちゃ。私はもう一度、眸を動かして身のまわりを確認した。薄汚れた建物の壁。転がった空のビールケース。ゴミの溢れる使い古されたポリバケツ。新聞紙と雑誌の束。濡れてぺしゃんこになった段ボール。外れて傾いた雨樋。潰れた自転車。どこにもいない。どこにもいないけれど、絶対にいる。だけど、私が落としたものはどこにもない。どうしても必要だったのに。私の思いの全てだったのに。思わず噛みしめた唇の端が切れた。それにしても暗い。表通りから溶けだしたネオンの光は逃げ水だ。私まで届いてはくれない。いつまで経っても夜目が利かないのも変だ。路地裏に降る宵闇が、私と外界を断つヴェールになっているみたいだ。さっきからずっと室外機の音がやけに耳についてうるさい。苛立ちが募っていく。私はつい舌打ちしながらねめつけた。室外機は埃まみれのがらくた同然の状態で、配管が外れていた。それならばこの音は一体なんだろう。だんだん大きくなっている。嵐の前触れかもしれない。なんだか海鳴りに似ている気がするから。身構えた私の視界の端で、ふいになにかがにびいろに光った。やっと見つけた。私の思いを直接届けてくれる大事なもの。私は駆け出した。ああよかった。どうにか退勤時間には間に合いそうだ。しかし伸ばした手がナイフに届く寸前、私の目のまえに大きな月がふたつ昇った。海鳴りが獣の唸り声に変わる。ナイフよりも鋭い牙が剥き出しになる。見上げても正体が分からないほど大きなばけもがそこにいた。
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    DONEひふみと猫っぽちん?による怪談です。不穏なまま終わる怪談重視エンド。
    猫又パロがベースになっています。

    猫に飼われるがテーマでした。
    成就 独歩が「にゃー」と鳴いた。

     ふつうの猫として生きてきた時間より、ひととして生きてきた時間のほうが長い独歩は、とっくのむかしに鳴き方を忘れている。起き抜けでぼんやりしながら歯をみがいていたから気のせいだったのかもしれない。「おはよぉ独歩ちん」。足もとをうろうろしている独歩に話しかけると、洗面台のふちに飛び乗ってきた。「すーぐ落っこちるんだから、あんまりあぶないことすんなよ」。顔のまわりを撫でながら言い聞かせたけれど、ごろごろ喉を鳴らすばっかりで返事のひとつもしやしない。ほんとうに分かっているんだろうか。やがて俺の手から離れた独歩は、じっと蛇口を見つめた。まるでみずを欲しがっているようだった。でも。「独歩ちん。いっつも自分で出してるじゃん」。独歩はふつうの猫にあらず。ひとのすがたでいなくたって、蛇口くらい自分でひねるし歯だってみがける。はみがきしながら首をかしげた俺を、独歩がふりむいた。ちいさな満月の眸のなかで、俺はなぜだか不安そうな顔をしている。なんだろう。胸のなかでわだかまる、このたとえようのない違和感は。すっきりしない気持ちを洗い流したくて蛇口をひねると、すかさず独歩がみずにくちをつけた。その様子をなんとなくながめているときだった。夢中になって目測を誤ったせいだろうか。流水を直接浴びた独歩が、とても嫌そうに前足で顔をこすったのだ。
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    DONESCPパロのひふどです。
    ・世界観と報告書の書式はご本家からお借りしています。
    ・直接的ではありませんが、死を連想させる表現があります。
    ・はじめだけモブが語ります。
    ・いちゃいちゃしていますが終始不穏です。
    ・どちらも愛が重い。
    終末は晴れるでしょう一:

     シンジュクの一等地に建つマンションの一室。ここが私の新たな職場であり、居住地であり、管理対象オブジェクトの特殊収容施設だ。
     私はもともと財団の支社で働いていたのだが、新しい上司から辞令がくだり、本社に異動することとなった。いわゆる栄転だ。しかし素直に喜ぶことはできなかった。いくつか腑に落ちない点があったからだ。もしも私の身に予期せぬなにかが起こるとすれば、それはオブジェクトの引き起こす事象が原因ではないかもしれない。
     私の仕事は、エンジニアたちの依頼による収容設備の調整や計画の考案。そして、前任者から引き継いだSCP-123の収容維持だ。報告書で確認したところ、SCP-123とはとても美しい顔をした男性の人型実体だった。彼は社会生活に適合し、みずから衣食住をまかない、だれにも依存せずに暮らしている。良好な人間関係を築いており、留意すべき問題行動も報告されていない。趣味の料理や釣りを楽しんだり、車を運転したり、植物を育てたりすることもある。人並みに笑ったり怒ったりもする。目視や接触で予期せぬ事態が引き起こされることはない。ヒプノシスマイクの利用による異常性への影響も見られない。ひとつ問題があるとすれば、彼をめぐってしばしば女性たちの対立が発生することくらいだ。つまり、ほとんど我我とおなじどこにでもいる「ふつうの人間」といって差し支えないのだ。その異常性が発現するのは、心的外傷が刺激されたときだ。つまり、特定条件下以外で女性を近づけなければ収容違反にはならないのだ。ただ、安定した収容を維持するために要求されたことがもうひとつある。SCP-123と友達になること。簡単だが、私にはひとつ気がかりな点があった。私に仕事を引き継いだ者の言葉だ。彼はとてもあおざめた顔で「なかよくなれば、たとえあなたでもきっとうまくいくと思います」と言っていた。私はそれほど人付き合いが不得手に見えただろうか。それとも別の意味があったのだろうか。ちなみに彼は前任者の同僚だ。私は前任者の顔を知らない。前任者が直接仕事を引き継がないのは、この世界ではままあることだ。おそらく死亡か行方不明、発狂して口が聞けなくなったというところだろう。しかし前任者の同僚によると、なんとただの解雇だという。理由を尋ねてみたが、だれも知らないのだそうだ。日頃の素行に問題はなかったし、仕事でもきっちり成果を出して
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    DONE身に覚えのない嫉妬に苦しむはなし

    古来より狐は嫉妬深いといいますよね。
    そして「狐の窓」でのぞくと、ひとならざるものの正体が分かるといいます。
    狐の窓 みおぼえのないハンカチ。俺が買わない造花。一二三の趣味からはほど遠いアクセサリー。匂いさえべたつくあまい香水。俺たちの家の端端で目につく、他人が一二三に贈ったもの。俺は、いったいどうしてしまったのだろう。そういうものを見ると、ひとつ残らず捨ててしまいたくなる。
     最近の俺は、なんだか変だ。
     みょうに嫉妬深くなっている気がする。
     どんな些細なことに対しても、胸がつぶれそうなほど苦しく思うのだ。一二三が俺の知らないひとと話をするのはおろか会うことさえ嫌でたまらなかったし、俺がそばにいない時間どこでなにをしているのかぜんぶ教えてほしかったし、俺以外の誰かに与えられたものをふたりの家に入れないでほしかった。へん、といえば。一二三からのメールが、文字化けしていることがある。一部だから読めなくもないが、せっかく一二三が俺に送ってくれたメールなのに、すこしでも分からないところがあるのはとても悲しかった。一二三に理由を尋ねると、ときどき間違えるのだと苦く笑っていたが、いったいなにを間違えるというんだろう。分かってる。ほんとうは、俺と話したくないからなのだ。俺以外へ送るメールやSNSではふつうみたいだし。嫉妬深い俺のせいでくたびれて、俺のことなんか嫌いになってしまったからそんな意地悪をするのだ。一二三が文字化け部分になんて書いていたか教えてくれなかったのも、俺への不満だったからに決まってる。いつか直接伝えるからって。そんないつか、いつまでも来てほしくない。
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    DONE飲み会に遅刻しているふたりがなかなか現れないはなし
    約束 俺が、最後だと思っていました。だけど座敷にはふたりの姿しかなく、座布団は二枚残っていました。なんだか据わりの悪いような思いがして、俺たち三人は残りのふたりを待つつもりでしたが、店員が食事を運んで来てしまったのです。まだそろっていないので待ってくれと友人は言いました。しかし、先にはじめておくよう言付かっていると聞き、それならばと腑に落ちないまま乾杯しました。俺たちは、小学生のときによくつるんでいた友達同士という間柄です。同窓会というほどのものでもないですが、思い出話でもしながらしみじみ酒を呑むような座を期待して集まりました。全員そろわなかったことや、ひさしぶりの再会ということもあって、はじめは随分ぎこちなかったです。でも、うまい飯や酒の力もあり、俺たちは次第に童心に帰って打ち解けていきました。それからどのくらいの時間が経ったでしょう。遅れているふたりは一向に姿を見せませんでした。共通の思い出も語り尽くしてしまっており、俺たちの酒の肴は自然とこの場にいない人間の話になりました。そういえば俺、このまえ接待でカブキ町に行ったんだけどさ。あいつ、いまホストやってんだぜ。ナンバーワンだって。でけぇ看板の前で写真撮ったわ、と友人が笑って言いました。伊弉冉のことです。昔から、きれいな顔をした男でした。黙っていると冷たい印象を抱くほどで、同級生の誰とも違う独特の雰囲気をまとっていましたが、その実とても明るくて気のいいやつで、クラスの人気者だったことをおぼえています。ふと、伊弉冉の名前でひとつ思い出したことがありました。
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    DONEキスと病のはなし
    直接的な性表現はありませんが、一部連想させる表現があります。
    失恋 キス、したくないって言われた。

     息づかいが聞こえる距離でくちびるを傾けると、青い香りとともに独歩のまばたきで俺のまつげが揺れた。そして独歩は弾かれたように俺から目を逸らすと、したくないと言ったのだ。俺は午後のあわい光のつぶのなかで、いつまでも立ち止まったまま動けなくなると本気で思った。したくないときだって、ある。こうして時おり俺につきつけられる拒絶も、理解して受け入れたい。独歩のことを愛しているという気持ちにまっすぐでいるために。だけど傷つかずには持てない諸刃の思いだ。
     最近の独歩は、いつも以上に調子が悪そうだった。家に持ち帰って仕事をしていることも多くて、つねにくたびれているように見えた。それでも観葉植物の世話をしている時間だけは息抜きができるらしく、気がつけばいつも緑に寄り添っていた。コーヒーを淹れても、冷めるまで気づかずにかまっていることさえあった。その植物の名前を、俺は知らない。どこにでもあるようなありふれた佇まいの植物だ。だけどじっと見つめていると、独歩の手によって育まれたみずみずしくてしなやかなからだが、だんだん恐ろしく見えてくる。この家には俺と独歩のふたりだけなのに、なじみのある緊張と焦燥を感じて吐き気がした。
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    DONE小学生のふたりとこっくりさんのはなし
    同級生たちは三人で遊んでいるつもりだったかもしれませんね。
    狐狗狸さん 同級生たちは、いなくなってしまいました。
     たぶん、はじめからそのつもりだったのです。そうでなければ俺なんかを誘ってくれるわけがないのです。そうやって納得することで痛みをやりすごそうとしました。でも、俺は自分が思っているよりずっと傷ついていたみたいです。次第に、見えている世界がみなものようにうるみはじめました。傷というものは、無理にふさごうとすればするほどかえって深くなるものです。溢れて止まらないものは波紋を描いて広がりゆき、やがて十円玉の下に敷いていた紙にこぼれおちました。約束、破っちまったな。俺とともにいまなお十円玉のうえに指を置いている一二三が困ったように笑いました。約束とは、儀式の最中は指を離してはいけないという決まりごとのことでしょう。みんな、離さないと言ったのに。みんな、嘘つきで意地悪です。みんなみんな大嫌いです。だけど、そんなことはどうだっていいのです。俺は取り返しのつかないことをしでかしてしまったような気持ちになって、涙が止まらなくなりました。ついさっきまで悲しくて泣いていたのに、いまはもう恐ろしさで胸がいっぱいでした。それにひきかえ、一二三はずいぶん落ち着いていました。信じていないのだと思います。迷信とか都市伝説とか幽霊とか。むかしからそうでした。サンタクロースの正体を教えてくれたのも一二三でした。いるとかいないとか、どうでもいいのです。自分の目で確かめたものだけがすべてなのです。俺も、そんな強い心がほしかったな。どこからはじまったのか、誰がきっかけだったのか、分かりません。いつの間にか流行っていました。気がついたら俺は、同級生たちとひとつの机を囲み、紙の上の十円玉に指を乗せていました。鳥居。五十音。はいといいえ。紙にはそういったものが書かれており、呼び出したらどんな質問にも答えてくれるのだと言います。聞きたいことなど、ありませんでした。俺はただ、遊んでほしかっただけなのだと思います。身の程知らずでした。するとまた悲しいほうへ天秤が傾き、泣き止まなくちゃと思えば思うほど涙は止まりませんでした。ずっとしゃくりあげているせいで、息も苦しかったです。止まんねぇなぁと苦く笑う一二三の指先はしとどに濡れていました。一二三はずっと俺の涙を拭ってくれていたのです。みんなが、一二三みたいなひとだったらよかったのに。そんなひとは、どこにもいません。でも、もういいの
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    DONE友達が夏風邪をひいたのでひとりぼっちで学校へ行くはなし
    夏風邪 一二三が夏風邪をひきました。だから俺は、学校につづく畦道をひとりで歩いていました。近道です。草いきれのにおいをたどり、この先にある林を抜ければ、学校の運動場に出るのです。一二三のいない通学路は、とても静かでした。ぬるい南風が夏草を撫でていく音。水田で蛙が跳ねる音。民家もないのにどこからか響いてくる風鈴の音。いままで気にもしていなかった物音が、やけにうるさく耳につきました。でも、とても静かだったのです。なんだか自分だけ、べつの世界に取り残されたような感じがしてずいぶん心細い思いがしました。それでも学校には行かなければなりません。俺はびくびくしながら畦道を抜け、やがて林に足を踏み入れました。どっぽくん、いっしょにがっこういこう。そのとき不意に背後から、声をかけてくれた同級生がいました。聞きおぼえのあるような、ないような声でした。振り返ってみると、見おぼえのあるような、ないような顔でした。薄情です。俺は同級生の顔もおぼえていなかったのです。そういうふうだから、いつまで経っても友達ができないのでしょう。俺は、とまどいつつも頷きました。うれしかったのです。俺なんかと学校に行ってくれるひとが、一二三以外にもいたことが。それからいろんな話をしていっしょに歩きました。はい。楽しかったですよ。どんな話をしたか、ですか。・・・すみません。俺、おぼえていないみたいです。たぶん、近道の林を行くあいだ、ずっと蝉の声がうるさかったせいです。うるさくて、とにかくうるさくて、思い出そうとするとなにもかもをぶつんと遮ってしまうのです。
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    DONE番のいない狛犬が相方を見つけて首輪をかけるまでのはなし
    首輪 なんだか最近、つけられている気がするのです。分かっています。気のせいだというんでしょう。たしかに振り返っても、歩いた道を引き返してみてもそれらしい者の姿はないのです。同僚たちに打ち明けたとき、疲れているのだと笑われました。勤め先がいわゆるブラック企業なので、確かに彼らの言う通り私はひどく疲れていました。しかし幻覚を見る程ではないと思います。そんな人間がいるとすれば、彼でしょう。職場には私の上をいくオーバーワーカーがいるのです。今日、同じ話を彼にもしたのですが、気の毒なくらいびくびく震えてしまいました。普段の立ちふるまいを思うに、怖がりな性格なのかもしれません。相槌代わりのように「すみません」と何度も頭を下げるので少し困りました。怖がらせたうえに、気を遣わせてしまったのでしょう。申し訳ないことをしました。そういえば、途中から聞き流していたのですが、最後に気がかりなことを言っていました。さて、なんだったかな。・・・すみません。思い出せないみたいです。それからそのまま彼と帰路につきました。ひとりで帰すのが心許なかったのです。そして十分ほど歩いた頃だったでしょうか。ふと、例の気配がしたのです。繁華街を抜けてひと気がない道を歩いていたので余計に不安になりました。こんな場所で危害を加えられたらひとたまりもありません。そのうえ今日は連れもいましたし、なさけない話ですが腕っぷしには自信がないので、たとえなにか起こっても自分の身を守るので精一杯だと思いました。緊張しながら歩いていくと、不意に犬の唸り声が聞こえて足が止まりました。この辺りは路地がたくさんありますし、獣のにおいもしたので、野良犬でも潜んでいたのでしょう。脱力しました。おそれるあまり、私は犬と不審者を勘違いしていたのかもしれません。そう自分を納得させて彼に追いつこうとした私は、しかしまた立ち止まりました。目の前にいるはずの彼が、いないのです。血の気が引きました。振り返ることができませんでした。だって背後から気配がするのです。ここのところずっと私が感じていた、得体の知れないあの気配が。そして首筋にひたりと冷たいものを感じて意識を失う寸前、私は彼の最後に言った言葉を思い出しました。
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    DONE喉が渇いて仕方がないはなし
    直接的な性表現はありませんが、一部連想させる表現があります。
    金魚 一二三さんが酔ったところを見たことがない。あのひとは、酔い知らずのうわばみだ。毎晩、水でも飲むかのようにすいすい酒を呑み、ボトルより客の財布が空になるほうが早いくらいだった。ナンバーワンともなると、それも技術のひとつとして身につけているものなのだろうか。だとしたら俺が一二三さんのようになれる日はあまりに遠い。いつだったか。カブキ町の酒を呑み尽くすつもりですかと冗談を言ったとき、あのひとは足りるものかと笑っていた。そういえばその話を同期にすると、あのひとはしょっちゅうなにか飲んでいるよと言っていたっけ。見かけるときはミネラルウォーターであることが多いから、はじめは酔い醒ましの水かと思っていたそうだ。でも、なんとなく見ているうちに、素面でも水は飲んでいるし、それが珈琲だったり紅茶だったりすることもあるのだと気づいたのだそうだ。ただ喉が渇いているにしては病的だ。どうしてそこまで。その瞬間、俺はカブキ町にはじめて足を踏み入れたときのことを思い出した。はちきれんばかりの欲望で肥えたこの町のうねりは、まるで巨大な生きもののようだった。俺も呑み込まれる。不安や緊張を凌駕する高揚感に誘われるまま眸に灼けつく光をたぐると、不意にざらりとしたものを撫でた。指先には、金色にかがよう花びらに似たものがついていた。この世のものとは思えなかった。あんなに美しいものは見たことがなかった。
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    DONE好きなひとが水と酒しか口にしないはなし
    銃→独要素あり

    黄泉戸喫をすると帰って来られないといいますが、なかには戻ったひともいるそうです。しかし彼らは二度とこの世の物を口にできなくなったといいます。
    鞍馬山神隠し事件 まただ。俺は、ぼんやりしながらグラスに口をつける観音坂さんを見つめた。このひとは、酒を呑むときつまみを食べない。大勢で呑むときも、サシで呑むときもそうだ。かつて空きっ腹のまま酒を呑むと悪酔いすると忠告したことがあるが、すみませんと苦く笑ってそれきりだった。チーズは嫌いですか。ナッツもありますよ。トマトが平気ならカプレーゼでも。この店はウイスキーに合うチョコレートを出してるんですよ。あのとき俺は必死だったろうか。それでも、僕のことは気にしないでくださいと、観音坂さんはグラスを両手で握りしめて離さなかった。意外と頑固な一面に俺は意地になりかけたが、すみませんとちいさく縮んでいく彼にそれ以上なにも言えなかった。楽しそうに笑っている彼を肴にしてこそ、俺の酒はうまくなるからだ。ショットグラスを傾けて、午睡のさなかにいるような彼が浮かぶ琥珀を飲み干す。ふと、思った。そういえば、酒の出ない食事会の席でも観音坂さんが箸を握る姿を見たことがない。彼はいつも興味がなさそうな顔で他人の話を聞いてやりながら、水を飲んでいた気がする。待てよ。彼がなにか食べているところを、俺は一度でも。考え込んでいると、おずおず名前を呼ばれて我に返った。俺の話つまらなかったですか。観音坂さんは捨て犬のようなまなざしで俺を見つめてそう言った。俺の話か。どの口が言うんだよ。俺は笑ってしまった。そんなことはありませんよ。でも、できればもっと別の話も聞かせてください。そうだな、たとえば、あなたがいつもひと前で物を食べない理由なんてどうでしょう。俺は見逃さなかった。そのとき落日の燃える凪の海に波が立った。気のせいですよ。いいえ、そんなはずはありません。どうして言いきれるんです。そんなことも分からないほど、あなたはいつも伊弉冉さんの話をするのに夢中だったのですね。俺が悪い顔で笑うと、観音坂さんは眉間に皺を寄せてグラスから手を離した。そして俺がひとりでつまんでいたカナッペをひとつ口に入れると、飲み代を置いて席を立ってしまった。・・・・・・やっちまった。
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    DONE家路を辿っていたらいつの間にか結婚式を挙げていたはなし
    直接的な性表現はありませんが、一部連想させる表現があります。
    ゆめのつづき 暗闇のなかに、ゆらゆら揺れながら連なる赤い光を見つけた。とても静かな夜だった。悲しいかな俺が家に帰れる時間はいつも静まりかえっているのだが、それにしたって静かだった。痛いほど沁みる静寂に、俺は携帯電話を握りしめた。一二三の声が、聴きたくなった。でも、何度かけても繋がらなかった。そりゃそうだ。一二三は働いている時間なんだから。分かってる。分かっていても、俺は一二三なら出てくれるような気がして諦めきれなかった。結局、繋がらなかった。そしてこれで最後にしようと発信ボタンを押したとき、圏外になっているのに気がついた。シンジュクのどまんなかで圏外。おれ、いま、どこにいるんだろう。我に返ったとき、俺はどことも知れない場所を歩いていた。なにか白いものを被っているせいで前がよく見えなかった。泥のなかを進んでいるように身体が重くて、そろりと視線を動かせばスーツじゃなくて白い着物を着ていることが分かった。そういえば、通勤鞄どこやったっけ。どうして提灯なんか持っているんだっけ。なんだか見覚えのあるそれは、すこし前に見たあの怪火そのものだった。背後からたくさんの足音がする。むせかえるような獣のにおいがする。俺は、得体の知れない大きなうねりの先頭を歩かされていた。やがていつの間にか一枚の襖の前に座っていた。後ろにはもうなんの気配もなかった。でも、この先になにかいる。怖くてたまらなかった。進みたくなんかなかった。それなのに俺は、襖を開けてしまった。そこは座敷だった。立派な金屏風の前に誰かが座っていた。顔はよく見えなかった。目を凝らすと、川に石を投げ込んだときのように歪んでしまうのだ。俺はその隣に座った。目の前には朱塗りの銚子と三枚重なった杯が置かれていた。だから分かった。いまから行われるのは三献の儀だ。俺が被っているのは綿帽子で、身にまとっているのは白無垢だ。これは、結婚式だ。拒絶すればするほど、俺の手は素直に動いた。一の盃、二の盃と滞りなく酒を酌み交わし、とうとう三の盃だけになってしまった。このままでは夫婦になってしまう。ふるえている場合じゃない。俺は一二三が好きなんだ。愛しているんだ。死ぬまでいっしょは一二三がいい。俺の大事な幼馴染みで、たったひとりの友達で、家族。俺は力をふりしぼって差し出された三の盃をはねのけた。はずみで綿帽子も落ちた。肩で大きく息をしながら濡れた畳の上を這って逃げる
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