ノースウィンドウは数日前のままだ。多分この10年間、ずっとこのままだった。風が吹いて、雨が降って、そのせいで建物が少しずつ朽ちたとしても、それでも何も変わらない。俺とフリックは花を抱えて故郷を再び訪れていた。
フリックの手首にくっきりと痣が残っている。先日、やっとの事で帰ったノースウィンドウで俺が力任せにつかみ続けたからだ。あれから数日経って、赤黒かった痣は黄色の斑も加わって痛々しい事この上ない。
夏に向かう季節だ。細長い腕の先端にそういう痣があるとやたらと目立った。はっきりと手の形をしていればなおさらだ。悪い化け物にでもかどわかされたみたいだな、と何度も思い、それが半分ぐらいは本当だと考えると頭を抱えるしかないのだ。
「悪いな、マジで」
「何度目だよ」
俺が気にするからか、フリックは痣を隠すように服の裾を引っ張った。痣があっさりと隠されても、そこにあることを知っているのだから意味はない。現に、花を供えるために手を伸ばせば、裾の隙間からわずかに垣間見えた痣が俺の目に飛び込んできた。
ため息をつき、頭を一つ振って目を逸らす。逸らした先には無数に墓があった。
ノースウィンドウだ。相変わらず誰もいない。朽ちた家と墓と元気よく生えた草だけがある俺の故郷。もう、生き返ることのない街だ。
先日初めて帰れた時は、もういっぱいいっぱいだった。どうなっているかを知るのが怖くて、本当は滅んでなんかいないんじゃないかと夢物語を考える。ネクロードが滅されたのだからそういう奇跡が起こってもいいと、まったく愚かにも思いついてしまっていたのだ。
一人では帰れなかった。だけれど、こいつと一緒なら。そう思って手を引いた。ここが昔のままなら有り得ない存在の実在を、ただ感じていたかったのだ。
その結果があの痣だ。
まるで執着そのものだ。自分でも恥ずかしくなる。ここは寂しいところだ。滅んだところだ。誰もいない。誰も彼も俺が殺した。
思わず花を握りつぶした。折れた茎が青臭く香る。目の前の墓に眠っているのは誰だっただろう。その首と胴体は一緒にあるだろうか。
ここは忌地だ。怖いところだ。
花を握りつぶしたままぎっと地面をにらみつける。俺の手に、フリックが触れた。問答無用で手を開き、折れた茎から上を丁寧におり取ってしまう。短くなったけれど、きちんときれいに咲いた花が、目の前の墓を彩っていく。
「無理するなよ」
傷をつけたいわけでは決してないと誓って言えるのに、フリックの手を握らずにはいられなかった。まるで縋りついているよう、いや真実そうなのだろう。
ここは俺にとって故郷だが、心底恐ろしいところでもある。今はもう、怖いことは起こらない。過去は過去で、今とつながりこそすれ距離があるのだと確信が欲しい。
「ああ、もう、本当に」
申し訳ないやら情けないやら恐ろしいやら。
風の音ばかりする。風のやまない、身を冷やす町。ここには誰もいやしない。首筋に顔を埋めるように、フリックの細い体を抱き寄せた。半ば無意識に口を開いて歯を立てた。10年前は存在しないものに、今この瞬間傷をつけることが今この場にいる証明になりはしないかと、頭の隅で考える。