ドアを開けると、風で大きくカーテンが揺れた。その裾が銀糸を撫でて、乱れた髪の持ち主の顔を月明かりの下に晒す。銀糸の髪、白い頬。その特徴的な瞳が目蓋に隠されていても、誰かなんて間違えようがない。
七海の部屋で、五条が眠っていた。ようやく寮に帰ってきた、深夜だ。もう疲れ切っていて風呂は明日と思って自室のドアを開けた光景としては、中々に面倒くさそうな案件だった。それでも酷くはできなくて、起こさないようにそっとドアを閉める。荷物を置いてベッドの下に座り込む。何も掛けずに眠っている腹に薄い上掛けを掛けてやる。五条の肩のあたりに先日貸した文庫本。肘をついて眺めながら、どうしたものかと思う。
どうしてか窓は開けられていた。ぬるい風に、カーテンがまた揺れる。五条の柔らかそうな髪が風で揺れるの見て、作り物めいたこの男が、そういえば人間だったなと思った。
めちゃくちゃな先輩から、めちゃくちゃだけどそればかりではない先輩、に先日変わった目の前の男に、どんな態度をとって良いか七海はわからなくなっていた。夏油にそれとなく伝えてみると、やわらかく笑って良いことじゃない、気が合うよきっと、よろしくねと言われた。そういうことを聞きたかったのではなかったが、それ以上はどうにもならなくて、よろしくされた目の前の男を見ている。
どうしてか七海に興味を持ったらしい五条は、なにかと絡んでくるようになった。夏油に借りた本を返しに行った時には、自分にもなにか貸せと言ってきた。身になるものは図書室で借りているし、夏油と貸し借りしているのは娯楽の本であって、あなたの興味をそそるようなものではないと思うと伝えると、どうして夏油には貸すのに自分にはだめなのかと子どものようなことを言われて、可笑しくて笑った。小さな子どもみたいだ。おもちゃを欲しがる小さな子ども。そうでなければ、たとえば。そこまでで考えをやめて、揺れる銀糸に手を伸ばそうとして、引っ込める。無限で弾かれるだろう。
重そうなまつ毛が、月明かりで影を作る。絶対に口にはしないが、五条を形作るものは一分の隙もなく美しかった。
名前を呼ぶ。眠りが浅いから、きっと起きるだろう。起きて、何か話して、そしてこの籠もった熱の途方に暮れるような妙な空気を、どこかへ消し去って欲しかった。もう一度呼ぶ。まつ毛が震えて上がる目蓋の向こうに、晴れた朝の空が見えた。
つづく!