どうか、腕の中で 目を覚ますと、腕の中で幼馴染が眠っていた。そっと抱え直すと、小さく名前を呼ばれる。起きたかと思ったが、すぐに寝息が聞こえたから、寝ぼけていただけなのだろう。
昨晩は牙隊の飲み会だった。新人歓迎会の名目ではあったが、実際には飲みたい連中が開催しただけの飲み会。
私が居ると盛り上がりづらいという配慮、という言い訳で、一次会が終わるとすぐに引き上げてきた。
本当は、家で彼女を待たせていたので、早く帰りたかっただけだ。彼女は、私の家に一人でいるのを好まない。
案の定、帰宅すると彼女は飛びついてきた。腕の中に入れておけば安心できるのは、きっとお互い様なのだろう。
そのとき、指輪を買いに行きたいと言われた。家族向けの官舎が空いてからと考えていたが、欲しいのなら用意しない理由はなかった。
出かけるのなら、そろそろ起こすべきだろう。
「おい、起きろ」
「ん……」
彼女は胸元に額を擦り付けてくる。腕の力こもり、ぎゅっとしがみついた、。
「指輪を買いに行くのだろう?」
「んー……行く……」
「なら、起きろ」
「もうちょっと」
「何が」
返事はなく、代わりに柔らかな身体が押し寄せてくる。そういえば、昨晩は酒が入っており、遅かったこともあって、そのまま寝てしまったのだった。
背中に添えていた手を下ろし、柔らかな膨らみへと滑らせる。彼女の口から、熱のこもった吐息が洩れた。
「起きているのだろう」
「……起きてない」
「望むのなら、言うといい」
そう言うと、彼女は頬を染め、視線を向けてきた。私は額にそっと口づける。そこから目尻、耳たぶ、首筋へと唇を滑らせていく。
「ん、あっ……、ちょ、アザミくん……」
「どうした」
「や、耳元で離さないで……」
「どうしてほしいんだ」
耳をかじり、ゆっくりとまた首筋に唇をはわせて鎖骨を吸う。
「〜〜〜っ、アザミくん」
「なんだ」
「……したい、です」
「わかった」
指輪を買いに行くのは、明日になりそうだ。
「今日こそ、指輪を買いに行きます!」
朝食を終えたところで、彼女がそう宣言した。
「そもそも昨日行けなかったのは、お前のせいだ」
「朝から晩まで続くなんて思わなかったの!」
「それも、お前がいつまでもぐずぐずと……」
「もういいから! 言わなくていいから!!」
彼女が顔を真っ赤にして怒るのを聞き流しながら、私は出かける支度整えた。
家を出て、百魔店へ向かう。アクセサリーブランドが軒を連ねるフロアには、きらびやかな品々が一面に並んでいた。
「ブランドの希望は?」
「よくわからない……」
「順に見ていこう」
しかし、これはうまくいかなかった。どの店でも次々と品を試させられ、気の短い彼女すっかり飽きてしまった。
半分も見終えないうちに、喫茶店で一息つくことになった。
「多すぎて、もうわかんない…… 」
「下調べをしてから来るべきだったな」
二人でス魔ホを使い、有名どころのデザインを確認する。シンプルで、仕事中でもつけられるものを探していた。
「あのね、内側に石を入れられるのがいいの」
「内側に石を?」
「うん。アザミくんの瞳の色の石を入れておきたいんだ。そっちの指輪にはあたしの瞳の色の石を入れてね」
「そうなると、かなり選択肢が絞られるな」
私はコーヒーを飲み干し、席を立った。
その店はフロアの隅にあり、目立たない外観だが落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
店員に声をかけ、いくつかの品を見せてもらう。
「これ、かわいいね」
「お前が好きなものでいい」
「よし、これにしよう」
彼女は店員と相談しながは、石の種類や刻印、サイズについて話を進めていた。やがて支払いの話になったので口を挟む。
「支払いは私がする」
「えっ、あたしも出すよ。というか、アザミくんの分はあたしが出すつもりなんだけど」
「どちらも私が出す。私が買って、お前に贈りたい」
「あたしだってアザミくんに贈りたいよ」
「新卒の手取りなど、たかが知れている」
「それはそうだけど、ずっと寮だったし、少しは貯金もあるんだから」
……これは、おそらく譲らない。こうなったときの彼女は、言い出したら聞かない。それに、彼女の言いたいことが分からないわけではないのだ。
まあ、いい。そのぶん、別のところの支払いは私が持てば済む話だ。
「わかった。無理はしていないか?」
「してない。……ていうかね、アザミくん」
彼女がムスッとした顔でこちらを見上げた。
「アザミくん、あたしが聞かないからって、ここは譲って別のところで払えばいいって思ってるでしょ」
「……」
「わかってるのは、そっちだけじゃないんだからね」
どうやら、私は幼馴染を少し見くびっていたらしい。彼女の目尻にそっと口づける。
「そうらしいな」
「あたしも、わかってるからね。アザミくんほどじゃないかもしれないけど」
そう微笑む彼女はいつもどおり眩しい。
調整は魔術で行われるため、その場で仕上がる。
「手を」
差し出された手に、指輪を通す。彼女も同じように私の手に指輪をはめた。
「アザミくん、好きだよ」
「ああ、愛してる」
指を絡めたまま、百魔店を出る。日はまだ高く、隣に並ぶ彼女が笑顔で見上げてくる。
「歩いて帰ろうか。この指輪、見せびらかしたいんだ」
「わかった」
私は、いつもより少しゆっくりと歩き出した。