2/9怖い思いは間に合ってます「映画観よ」
そう言ってメフィスト様が持ってきたのは今流行りのホラー映画だった。
誰だよ、そんなもんメフィスト様に教えたの。いや、言われなくてもわかる。イルマくんからバチコちゃん、バチコちゃんからメフィスト様の流れだ。間違いない。
魔具研のお化け屋敷以降、バビルス内でホラー物が流行っているのである。
「……承知しました。今からであれば、飲み物と軽食をご用意いたします」
「ホラー苦手? 顔が引きつっているけれど」
ものすんごい優しい顔で言われた。
「……得意とは言えない程度ですのでお気になさらず」
「無理しなくていいよ?」
ちょっと悩んでからメフィスト様にはソファに浅く座ってもらう。それから私はメフィスト様とソファの背もたれの間に座った。
「だいじぶです」
「無理しなくていいのに。ま、ダメそうなら言ってね」
メフィスト様はそう笑って映画のディスクをプレイヤーに入れに行く。私は黙って飲み物とお菓子を用意する。
「おいで」
先ほどとは違ってメフィスト様はソファに深く埋もれて腕を広げていた。向い合って座ろうとしたらテレビの方を向かされる。
「ダメですね」
「まだテレビも点けてないけど?」
メフィスト様が笑いながらリモコンを手に取るので、空いている方の手を借りて顔を覆う。メフィスト様の手は大きいから片手で十分なにも見えない。
「怖がりだねえ」
「そんなことはないです」
「説得力ないよ」
映画が始まって、なんかおどろおどろしいBGMや悲鳴が聞こえる。メフィスト様の指の隙間からチラ見してるけど、ヤダもう無理怖い。
とにかく体がテレビの方を向いているのが嫌なので、せめてもの抵抗で横向きになる。これで片耳に届くのはメフィスト様の心臓の音だけだ。
メフィスト様が抱きしめてくれたので埋もれつつ、やっぱり顔には手を借りて塞いでおく。
「見えてる?」
「ちょっと」
「聞こえてる?」
「少し」
「起きてる?」
「……半分くらい」
メフィスト様の笑い声が聞こえた。
「そこまで怖がるとは思わなかった。ある意味苦行だなあ」
「じゃあおしまいにしましょう」
「しません」
結局メフィスト様は最後まで見ていたらしい。らしい、というのは、私が途中でメフィスト様に埋もれているのが気持ち良くて寝てしまったからだ。起きたらメフィスト様も寝ていて、夜になっていた。