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    ゆーこ

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    第5回お題deソハ典会

    #ソハ典
    sohaticCanon

    お題:エンドロール/香水「今夜は暇だし、一緒に映画でも観ないか?」
     太陽はとうの昔に沈んだというのに、依然として暑さの和らぐ気配もない夜のこと。特に面白くもないテレビ番組が流れるリビングで、空調の設定温度を下げたいがそうすると隣に座る寒がりの兄弟が自室へ戻ってしまうかもしれない……などと悩んでいた俺に向かって兄の光世がそう切り出してきたのは突然のことだった。
    「別にいいけどさ、何か見たい映画でもあるのか?」
    「最近Netflixで配信されたこれなんだが……」
     成人男性二人で並んで座ってもまだ余裕のある三人掛けのソファーで、兄弟がこちらへ身を寄せながら手元のスマホを差し出した。画面に表示されていたのは、とあるホラー映画の告知サイト。
    「ああ、ネットで話題になってたやつな。俺もちょっと気になってたし観ようぜ」
     本音を言えば全く気になってなどいないし、できることなら観たくない。ホラー映画好きの兄弟と違って俺はその類の映画は苦手だったが、その事実を兄弟に知られたくない一心で、これまで数多のホラー映画に挑戦してきた。その甲斐もあってか、今では表面上は平気な振りを装うことができるようになったものの、それでもやはり苦手なものは苦手だった。
     何故そこまでして兄弟の趣味に合わせているのかと聞かれれば、答えは単純明快。俺が兄弟に惚れているからだ。片想いを拗らせて十年以上経っているベテランの俺は、恋慕の情を抱く相手に対して情けない姿は見せたくないし、一緒に何かしようと誘われれば全力でイエスと答えたい。ハッキリ言ってただの見栄だった。
    「ふふっ……お前と観たかったからタイミングが合ってよかった」
     目尻を下げて顔を綻ばせた兄弟からそんなことを言われてしまえば、たかだか二時間足らずの我慢などどうということはない。お互い仕事で忙しいなか、こうして久し振りにのんびりとした二人きりの時間を満喫できるなら、ホラー映画の一本や二本、いくらでもかかってきやがれ。そんなことを考えていると、兄弟がすっとソファーから腰を上げた。
    「あれ、どこに行くんだよ?」
    「部屋からブランケットを持ってくるから、エアコンの温度を下げて良いぞ」
     少し汗ばんでいる、と揶揄うように指摘されてしまった俺は返す言葉もなく、テーブルの上のリモコンを手に取ると設定温度を二度ほど下げたのだった。

    「…………!!」
     ひっ、と漏れそうになる声をどうにか噛み殺したのは、これで何度目だろうか。
     照明を全て落として真っ暗になったリビングで唯一の光源であるテレビの画面には、筆舌に尽くしがたい悍ましい映像が映し出されていた。怖い怖いと噂には聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
     今すぐ画面を消したい衝動と戦いながら、心を落ち着けるため兄弟の方に視線を遣ると、食い入るように画面を見つめている横顔が目に入った。時折小さくふふっと笑う表情はとても愛らしくて今すぐ抱き締めてしまいたいほどだが、如何せん観ている映像がコメディ映画でもファミリー映画でもない、ホラー映画なのだ。
     今の映像の一体どこに笑いどころが、と喉まで出かかった言葉を押し込めて、俺は再び視線を映画に戻した。本音を言えばこのまま画面ではなく兄弟の顔を見つめていたいが、そうなると鑑賞後の兄弟との会話が成立しなくなってしまう。
     いやいやながらも画面の中で繰り広げられるストーリーに意識を集中していると、ふと隣から身動ぎする気配を感じた。視線をそちらへ戻すと、兄弟が手を擦り合わせる仕草をしている。どうやら部屋が寒すぎて指先が冷えてしまったらしい。さすがに室温も下がったし、設定温度を上げようかとリモコンに手を伸ばそうとしたところで、俺はぴたりと動きを止めてしまった。
     少し離れて座っていたはずの兄弟が、急に距離を詰めてくっついてきたのだ。スポーツ観戦で贔屓のチームが得点を決めたときさながらの勢いで歓声を上げたい気分だったが、俺は小さく息を吐いてその衝動をぐっと堪えた。
     夏祭りの囃子太鼓もかくやと言わんばかりに騒がしい俺の心臓をよそに、兄弟は俺とゼロ距離のまま相変わらず画面に集中している。今の状態でどこかの店舗に入ったら、入り口の体温センサーで警告が表示されそうなほどに俺の体温は上昇しているかもしれない。部屋が暗くて本当によかった。おそらく紅潮しているであろう俺の顔を見られずに済むんだから。
     どうにか心臓を落ち着けようと画面に意識を戻したものの、全くと言っていいほど集中できない。登場人物たちの悲鳴に怯えている余裕など今はなかった。そんな俺の隣で、兄弟はまだ手を擦っている。冷え性の兄弟は大体いつも手が冷たい。対して俺は子供の頃から体温が高く、冬場は兄弟からカイロ代わりとして手を握られることも多々あった。さすがに成長してからはそんなこともなくなってしまったが、今ならそれとなく手を握っても許されるのではないだろうか。そんな不埒な考えが脳裏を過ったが、さすがにそれはどうなんだと必死で雑念を振り払う。
     今はとにかく映画を観なければ、と気を引き締め直そうとした俺の鼻に、隣からほのかな甘い香りが届いた。鼻腔をくすぐるそれは初めて嗅ぐ匂いで、明らかに俺の知らない香水のものだ。ここまで近付かないと分からないほど控えめな匂いの割に、一度気が付いてしまえばがっつりと意識を持って行かれる。そしてこの匂いは……なんというか、その、あれだ。ストレートに言えば、ムラッとくる匂いだった。
     そもそも何故家の中で香水なんて付けているのか。今すぐその首筋に顔を埋めて、このまま押し倒してしまいたい。
     もう映画など頭に入ってこなくなった俺は、ただひたすら悶々とする衝動を押さえ込むのに必死だった。気付けば映画はクライマックスを過ぎ、ラストシーンへと向かっている。エンドロールが流れ出してしまえば、兄弟も俺から離れてしまうだろう。あんなに早く終わってくれと願っていた映画だが、今は一分一秒でも長く続いてくれ、と祈るような気持ちだった。
     だがそんな俺の願いも虚しく、程なくして画面にはエンドロールが流れ出した。陰鬱な音楽に合わせて流れていく文字を特に読むでもなく見つめていると、不意に兄弟が口を開く。
    「……つまらないな」
    「そうだったか?」
     後半ほとんど内容が頭に入っていなかった俺だが、どんなにひどい映画でも普段あまり批判することのない兄弟にしては珍しい感想だ。思わず兄弟の方を振り向くと、こちらをじっと見つめる瞳と視線がぶつかった。
    「……えっ、何?」
    「やはりネットの評判なんて信憑性が低いな」
     結構高かったのに、と言葉を続けた後で、深く溜め息を吐いた兄弟が俺からすっと身体を離してしまった。
     兄弟が話しているのは、おそらく映画のことではない。だが一体何の話題なのか肝心の部分が分からず焦る俺をよそに兄弟は自室へと戻ろうとしていた。
    「兄弟! なんで怒ってんだよ!?」
    「怒ってない。拗ねてる」
     突然兄弟の口から零れた可愛い発言で一瞬動きを止めてしまった俺を尻目に、兄弟は吐き捨てるように言葉を続けた。
    「お前も媚薬効果のある香水なんて信じない方がいいぞ。全然効かなかったからな」
     バタン、と扉を閉める音がリビングに響いて、兄弟は今度こそ自室へと戻っていった。とんでもない爆弾発言を残して。
     今の言葉から察するに、つまり兄弟は。
    「あ~~~~っ、そういう……ッ」
     ようやく全ての意図を理解した俺は、知らず知らずのうちに大きな声を上げてしまった。ソファーから立ち上がって、急いで兄弟の部屋へ向かうためリビングを後にする。
     暗い部屋の中で流れ続けるエンドロールに見送られながら。
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