Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ゆーこ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌗 💒 🌸 👏
    POIPOI 12

    ゆーこ

    ☆quiet follow

    第10回お題deソハ典会

    #ソハ典
    sohaticCanon

    お題:電話/ガラス越し「兄弟、そんな顔すんなって。これが今生の別れって訳でもあるまいし」
     受話器越しに聞こえてくる声に、俺は何も返す言葉が浮かばなかった。ガラスの壁を一枚挟んだ向こう側で弱り切った表情を浮かべるソハヤが「おーい、聞いてんのか?」と言葉を続けた。返事をしなければ、と頭では分かっているのに、どうしても声を出すことができない。少しでもこの喉から音を発してしまえば、引き留める言葉ばかりが決壊した堤防のように溢れだしてしまいそうで、俺はただただ首を縦に振ることしかできなかった。
    「分かってると思うけどさ、俺がいない間も食事と睡眠はしっかりとれよ、いいな?」
     自分がいなくとも普段通り過ごせと口にするソハヤに、そんなことは無理だ、できない、と全ての恥をかなぐり捨てて童のように駄々をこねることができたら、この別れをソハヤは思いとどまってくれるだろうか――答えは、否。政府所属の刀剣男士である俺たちに、任務を拒絶することなど不可能に近い。特に今回の任務は、情報が制限された特殊任務で、俺ですらソハヤがどこに行くのか教えてはもらえなかった。
     俺たちがそれぞれ手にしている通信機器もこの転移施設に備え付けのもので、情報漏洩を防ぐため内容は全て記録・録音されている。出発前の最終確認を終えると通されるゲートの向こう側、つまり今現在ソハヤがいる区域は、任務外の刀は立ち入ることができない。こちら側とあちら側を隔てる壁は声すら遮断しているが、その壁が硝子製で顔が見えることと通信機器のお陰で、出発寸前まで言葉を交わせることがせめてもの救いだった。
     同日に顕現した日からかれこれ二年が経つが、俺とソハヤは常に行動を共にしてきた。配属先も業務も自室も全て一緒で、長期間離れたことなどこれまで一度もない。
     俺たちの仕事は基本的に施設内で完結する業務ばかりであまり外に出ることはなく、稀に命じられる外での任務も全て二振一緒。片方だけが任務に出る、というのは今回が初めてのことだ。
     隣にいることが当たり前だったソハヤが、俺のそばからいなくなってしまう。今すぐにでもこの硝子を割ってしまいたい衝動に駆られるが、まさかそんな気の触れた行動を起こすわけにもいかず、俺はただこうして、透明な壁を挟んでソハヤの話に頷くことしかできなかった。
     ソハヤは、そういえば、ととりとめのない話を続けていた。内容は何も頭に入ってこなかったが、普段よりも明るい声音が必死で俺を元気付けようとしていることは分かる。気持ちを切り替えて送り出してやらなければいけないと分かっていても、触れることすらできないソハヤの姿を見ているだけで、目がかっと熱くなり、喉は苦しくなってしまう。溢れ出しそうになる不安。それを堪えるため、さっと顔を伏せた。
     ソハヤはしばらく黙った後、なあ、と声を上げた。
     少し間を置いてから顔を上げると、ソハヤは空いている方の掌をぺたりと硝子に押しつけていた。何がしたいのか分からず戸惑っていると、ソハヤが再び口を開いた。
    「兄弟さぁ、このままだと俺の掌がひとりぼっちで可哀想だろ?」
     拗ねたようなソハヤの声に、思わず小さな笑みを零してしまう。ソハヤの手と重ねるように硝子へ掌をあてると、じわりと温かな体温が伝わってきた。
     お互いに何も話さないまま、硝子越しの温もりを受け入れていると、不意に明るい声が響く。
    「いち兄、いってらっしゃい~!」
    「お土産は可愛いものでお願い~!」
     驚いて隣を見ると、乱藤四郎と信濃藤四郎の二振が硝子の向こう側にいる一期一振に手を振っている。数往復の会話が終わると、驚くほどあっさりと別れの挨拶を済ませた粟田口の刀たちはさっとその場を後にした。
     短刀たちですら元気に兄刀を見送っているのに俺ときたら、と酷く情けない気持ちになっていると、ソハヤの抑え気味な笑い声が聞こえてきた。
    「こっちの受話器にまで乱と信濃の声が入ってきたぜ。相変わらず元気だよなあ?」
    「そうだな……短刀はしっかりした刀が多いから……」
     いつまでもしばしの別れをぐずる俺とは違ってな。そんな自嘲の言葉がついつい頭を過ってしまう。そうして再び暗い気分を引きずっていると、ソハヤが急に硝子へ顔を近付けてきた。紅い瞳がしばらく俺を覗き込んだ後、その顔は硝子からすっと離れてしまった。
    「憂いを帯びた顔も色っぽいんだけどさ、やっぱり兄弟が嬉しそうにしてる顔が一番好きなんだよなぁ。俺のお出迎えは最高の笑顔でよろしくな」
     最高の笑顔、という言葉に思わず怪訝な顔をしてしまった。満面の笑顔など俺は浮かべたことがあっただろうか、と記憶を辿ってみたが、思い当たる節はない。
    「できるだけ、努力はしてみるが……」
     戸惑いながらそう返すと、ソハヤは少し考えた後でやや声を潜めて言った。
    「もしできなかったら……昨夜兄弟にやってもらったこと、またお願いしちまうかもな?」
     昨夜、という単語を聞いた瞬間、脳内に鮮明に蘇った光景を思い出して俺は思わず声を荒げてしまった。
    「ソハヤッ、お前……ッ!!」
     この通話は記録されているとソハヤも知っているはずなのに、一体何を考えているのか。顔から火が出そうになって慌てふためく俺を見ながら、ソハヤは心底愉快そうに笑っていた。
    「それじゃあそろそろ移動するから。ちゃんと良い子で待ってろよ、じゃあな」
    「ッ……気をつけて」
     急に切り出された言葉に、どうにか絞り出した言葉は酷く動揺していたが、俺の言葉に満足そうに頷いた。ソハヤは受話器を戻すと硝子から手を離して俺に背を向けて歩き出す。ぷつりと通信の途絶える音の後、ツー、ツー、と無機質な電子音が響く受話器を耳に押しつけたまま、俺はその背中をじっと見つめていた。
     先ほどまで右の掌に感じていた硝子越しの温もりを反芻しながら、いってらっしゃい、とその背に向かって届かない言葉を囁いた。
     結局、ソハヤは一度もこちらを振り返ることのないまま、俺の視界からその姿を消してしまった。
     まるで自分の中から何かが零れ落ちてしまったような喪失感。欠けた大事な一部が、一秒でも早く俺の元に戻ってくることを祈りながら、俺は受話器をそっと元の場所に戻したのだった。

      *  *  *

    「随分と別れを惜しまれていましたが……大典太殿に伝えていないんですか?」
     転移装置が設置された別室に入室すると、先ほど近くで弟たちと挨拶を交わしていた別部署の一期一振が俺に声を掛けてきた。
    「流石に任務内容は守秘義務があるだろ?」
    「いえ、そうではなく。日程は伝えてもいいと担当官が……」
     同任務に就く一期の困惑した表情に、俺は思わず苦笑いしてしまった。
    「そういうことか。あれでもなぁ、何度も伝えたんだぜ?」
    「ええっ、ご存知のうえであの様子ですか 恥ずかしながら私の知らぬうちに任務内容が変更になったのかと動揺してしまいました」
    「おっと、すまねぇことをしちまったな」
     いえいえ、と首を振りながら一期がほっとした笑みを浮かべた。
    「顕現してから今日まで、一日も離れたことがなかったもんでな……随分と寂しがり屋さんになっちまったみてぇで参ったぜ」
     理無い仲の相手と離れることは当然俺も寂しかったが、あれだけ別れを惜しまれてしまえば、自分は逆に冷静になるというものだ。この世の終わりかと見紛うばかりの顔で見送られ、後ろ髪を引かれる思いも確かにあったが、不謹慎ながら少し喜んでしまう自分もいた。
    「大典太殿にとっては一日千秋、といったところですかな?」
    「違いねえな。明後日には帰還するって言ってんのに、ずっとあの調子でなあ……」
     そう――俺の任務の期間は、今日を含めても僅か三日間だ。
     最初に任務の話をしたのは一月ほど前のことで、そのときは兄弟もまだ冷静だった。三日も会えないのは寂しいが、任務なら仕方ない。そんな物分かりのいい言葉を口にしていた兄弟だったが、徐々に俺が不在になることに対して不安を覚え始めたのか、ここ数日などは俺から頑なに離れようとしなかったし、普段では考えられないほど甘えてきた。お陰で色々とイイ思いをさせてもらったのだが、まあ、それはそれとして。
     兄弟のあの寂しがりよう。今後、俺たちのどちらかに、三月や半年の長期任務が命じられたら一体どうなってしまうのか、と心配になってしまう。
    「しかし、ほんの僅かな期間でも、別れを惜しんでもらえると嬉しさもありますね。うちの弟たちも昔は寂しがってくれたものですが、最近ではすっかり……」
     遠い目をした一期は、弟たちからの見送りを反芻しているようだった。先ほど見かけた短刀たちの姿を頭に浮かべ、兄弟もそのうち俺が数日程度不在にしたところで気にもしなくなるのだろうか、と考えると何とも言えず切ない思いが胸を掠めた。
    「まあ、元気なのはいいことだよな……?」
     少し肩を落とした一期の背中を励ますように軽く叩いたとき、担当官の号令が室内に響く。それは、任務先への転移が開始する合図だった。兄弟には下手な期待を持たせないよう伝えていなかったが、任務の進行具合によっては、予定を前倒しして帰還する可能性もあるそうだ。一振だとまともな生活を過ごせないかもしれない兄弟のためにも、全力で任務を頑張らなければ。
     硝子越しに感じた兄弟の掌の温もりを思い返しながら、いってきます、と俺は心の中で小さく呟いた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞💞💞💒💘💞💞💞💞💞💞💞💞☺❤🙏💕💞💗💗💗💗💗💗💗💗❤❤❤❤❤☺☺☺😊😊😊😊😊💞💞📳🙏📳💞💞😊😊😊💛💙💛💙👏👭👏💕💕💕
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works