オセロゲーム③ この時期にしては少し汗ばむ陽気で、朝の天気予報でも4月のあたたかさと言っていた。やわらかな陽射しが、まるで祝福するように生徒らを照らしている。昼下がりの銀魂高校。今日は卒業式で、校舎脇には胸元に淡い黄色のローズコサージュを携えた生徒らが溢れているた。下級生から花束を渡される者、目元をハンカチで押さえ別れを惜しむ者、友人らと肩を叩き合って笑っている者。式典を終えた生徒らは、各々、最後の学校生活を名残り惜しんでいる。
そんな中、土方は国語準備室へと廊下を急いでいた。今日は、銀八へ最後の告白をするつもりだ。
約束はしていないが、土方には、銀八が準備室で待っているという確信めいたものがある。宣言した日から今日まで、土方が自ら準備室へ行く事はなかった。銀八も特に接し方が変わる事はなく、ただ用事を頼まれる時は必ず職員室で、というのが徹底された。
自分でもしつこいと思う。でも、どうしても諦めきれなかった。どんなに拒む言葉を吐かれても、その口元がキュッと結ばれたり、僅かに揺れる視線にどうしても言葉通りに受け取れない。
恋愛に現を抜かして志望校を落ちるなど、銀八に到底許してもらえないだろう。望み通り受験に合格して卒業式も終えた。18歳の誕生日も過ぎ、法律上は成人だ。これで自分と銀八の間には何ら問題はないはず。だから、今度こそ銀八もきっと……。
揚々と扉を引くと、そこには見慣れた景色がある。雑然とした部屋に、机に頬杖をつき、事務椅子に座る少し丸い背中。正面の窓から入る風に、真っ白いカーテンがふわりふわりと揺れた。そのたびに、柔らかそうな銀色の癖っ毛が、陽の光をキラキラと反射させる。
――ああ、やっぱり綺麗だ。
土方は、その光景に心が震えた。
事務椅子の軋む音と一緒に銀八が静かにこちらを振り向いた。その瞬間はいつもストップモーションをかけたように、土方の目にはゆっくりと映る。少し違和感を感じたのは、式典用の黒のスーツだからか、それとも笑っているからか。
「やっぱり来やがったか」
「銀八……」
銀八の声はいつもと変わらず抑揚のない声で、土方は少しほっとする。
心の何処かで、オセロの角を3つ取った気でいた。あとひとつ角を取りさえすれば、世界がひっくり返って、銀八を手に入れられる、と。人と人との関係はゲームではない。そんな単純な事が抜け落ちていた未熟な俺に、銀八の笑みの意味を推し量ることなどできるはずがない。
「銀八、約束通り、来たぞ」
「ああ、本当に来やがって」
銀八は相変わらず優しげな眼差しで、土方の頭の隅にざわりと小さなノイズが走る。だが、土方は敢えてそれには意識を向けないようにすると、息を吸って〝好きだ〟と伝えた。〝付き合って欲しい〟とも。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。銀八ががりがりと後頭部を手で掻きながら、死んだ魚のような目でこちらを見ると、答えを返した。普段と変わらない、抑揚のない声で。
「悪イな、やっぱお前のことは、生徒としか思えねェわ」
何も映っていないガラス玉のような目は、一瞬で悟らせる。
――ああ、たぶん何を言っても、ダメなのだ。
少し悲しげにも見えるその目に追い縋る言葉も出せず、俺の高校3年間の恋は、その日あっけなく終わった。