「僕は人間です~!!びええええぇぇぇぇん!!」
自分より遥かに大きな青年はへたり込んで泣いていた。俺が攻撃したせいか掠り傷や切り傷があるが、大怪我はないようだ。ただ服が破れて、胸元が露わになっていてズボンに至っては股下から破けている。
「おいおい、凛子に言われて調査しに来たと思ったらまさかこんな場面に遭遇するとはな」
「うえぇぇぇぇぇぇん!!」
泣きじゃくる青年をよそに俺はスマホを取り出して電話をかける。
『どうしたのKK?』
「俺だ。今からそっちに向かう」
『何?そっちから誰かの泣き声が聞こえるんだけど』
「ああ、ちょっと厄介ごとがあってな。後で説明する」
そう言って電話を切る。目の前では未だに青年が泣いている。
「情けねぇな、それでも男か?」
「情けなくたっていいもん!!どうせ僕は図体がデカイだけの泣き虫で内気で根暗なシスコン野郎ですよぉ!!」
「いや、そういう意味じゃないしそこまで言ってないんだが・・・まぁいい。とりあえずお前の名前と年齢を教えろ」
「ぐすっ、僕の名前は伊月暁人と言います、年齢は22歳です」
「そうか」
「ひっぐ、あのあなたは一体誰なんですか?どうして僕のことを襲ってきたんですか!?ああああぁぁぁ!!」
「こっちまで泣きてぇよ」
青年がまた泣き出したのを見て俺はため息をつく。俺はハンカチを差し出して涙を拭うように促すと、青年は素直に従って目の周りをゴシゴシと擦った。そして少し落ち着いたのか、今度は鼻水をかみ始めた。おいハンカチでかむな。
「ほらティッシュやるからそれでかんどけ」
「ずびばぜん・・・」
「たく、面倒くさい奴だな」
「あ、ありがとうございます」
「お兄ちゃん、なにやってるの?」
セーラー服を来た少女がいつの間にかそこにいて、青年を見つめていた。お兄ちゃんと言っていたことから妹だろうか。その表情は明らかに呆れており、とてもではないが兄のことを心配してるとは思えない。
「お前はこいつの妹か?」
「はい。この人は私の兄です」
「そうか、なら丁度良い。お前もついて来てくれ」
「えっと、どちら様でしょうか?それにどこに行くんですか?」
「KKだ。どこにいくかはまだ言えないが、取り敢えずついてきてくれ。そこで全部話す」
「わかりました」
「それと、こいつも連れていくぞ」
俺は青年の腕を掴むと強引に引っ張っていく。すると、後ろから慌てたような声で何か言っているのが聞こえてきた。
「大丈夫だ。死にはしないから安心しろ」
「それ絶対ダメなやつ!!」
青年の腕を肩に回して、俺はアジトに向かって歩いていった。青年の体格は遥かに大きくて重かった。青年は俺を支えにして歩いていた。
「お前身長いくつだよ」
「242」
「体重は何キロあるんだ?」
「150くらいかな、100越えてるのは確か」
「デケェよ馬鹿、つか2m越えって」
「ごめんなさい」
「謝んなくていいから早く立て」
「はい」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「だいじょばない、誰か足持って欲しいくらい」
アジトに着くまでの間、俺は青年とその妹の会話を聞きながら歩いていた。ちなみにその間ずっと青年は泣いており、時々鼻をすする音が聞こえてくる。
****
アジトに着くや否や凛子と絵梨佳が駆け寄ってくる。そして青年を見ると驚愕した。
「KK、その人は?」
「お前が言っていた『東京の八尺様』の正体だよ。早とちりして襲っちまったがな」
「なんか知らない間に都市伝説扱いされてたけど僕ってそんな風に見えるの?」
「うんみえる」
「同感」
「ううっ、うわああああぁぁぁ!!」
青年がまた泣き出しそうになる。正直泣きたいのはこっちなんだがな。
「とにかく、詳しいことは後で話す」
「わかった」
「あとこいつの妹にも説明しとけよ」
「了解」
麻里は事情を聞いて驚いていたがすぐに落ち着きを取り戻していた。そして一通り終わると、凛子が青年に質問をした。
「貴方の名前は?」
「伊月暁人です」
「年齢は?」
「22歳」
「職業は?」
「大学生です」
「お兄ちゃん何してるの?」
「麻里、ちょっと黙っててね」
「はーい」
麻里と呼ばれた青年の妹は素直に返事をする。どうやら兄妹仲は良いらしい。
「一つ聞きたいんですけどどうして僕が『東京の八尺様』って呼ばれてるんですか?」
「それは・・・」
「俺達が調べている案件の中にそういう噂があったんだよ。だからお前が怪しいと思ってな。悪いとは思ったが確かめさせて貰ったんだ」
「そうだったんですか」
「まぁでも悪かったよ。いきなり襲いかかったりして」
「いえ、僕が身長242cmで誤解させてしまったんですし、仕方ないですよ」
「いや、それも原因の一つだけど、お前の着ている服のサイズが合ってなかったせいもあるんだぞ?」
「あっ、確かにそうですね。大きいサイズが買えなくて自分が着れる最低限のサイズのものしか買ってなくて着ると丈が短くて腹部や脛が露出して恥ずかしかったんですよ。でもこんなことよくあることですから気にしないでください」
「・・・」
****
青年の言葉に俺は絶句していた。まさか自分の体格をコンプレックスに感じていない人間がいるなんて思わなかったからだ。しかも青年は身長の割に気弱そうな顔をしている。
「一番大変だったのが靴だったんですよね。中学くらいまではなんとかなったんですけど高校に入ってから特注品作る羽目になって、生活カツカツだからバイトしてたら先日店長から身長のせいでお客さんを怖がらせるから辞めろって言われちゃいましたぁ」
涙目で語る青年を見て俺はなんとも言えない気持ちになった。
「お兄ちゃんが泣くのは今に越したことじゃないし」
「麻里ちゃんのお兄さんって泣き虫なの?」
「昔からあんな感じ」
「そ、そう」
《まさか『東京の八尺様』の正体が泣き虫な男とは予想外だ。身長が高くなる巨人症の原因は脳下垂体の───》
絵梨佳と麻里が話していると、エドが再生したボイスレコーダーを片手にやって来た。
「お兄ちゃん小学生の時でも170あったんだよね」
「へぇ~凄いね!」
「褒めることじゃないよぉ」
「高校生くらいにドアの枠に頭ぶつけたり天井擦ったりして今だと天井に頭ぶつけるし、前にぶつけた所にヒビ入ってるもん。これ写真」
「それ本当に大丈夫?」
絵梨佳は心配するような眼差しを向けながら青年を見つめる。
「うん、大丈夫だよ。いつものことだし」
「ならいいんだけどさぁ」
「お兄ちゃんが些細なことで泣くのは日常茶飯事だよ」
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「なんでしょうか?」
凛子が恐る恐るといった様子で質問する。
「身長ってどれくらいあるの? 」
「242cmです」
「うわぁ、ほんとに大きくてびっくりした。それにその身長でよく今まで生きてこられたね」
「僕もそう思います」
《巨人症の原因は脳下垂体にある成長ホルモンの過剰分泌が原因と言われている。一つ聞くが病院には行ったのか?》
「行って検査はしたんですけど・・・異常がなくて原因不明だって」
「そんなのってありえるの?」
《普通はない。だが現に起きているんだ。信じたくはないがな》
「僕どうしようこのままじゃぁ家計が火の車だぁああぁぁぁぁぁ!!」
「落ち着け」
青年は泣き叫び、それを宥めるように凛子が背中をさすっている。その様子を見て俺は少し複雑な気分になっていた。
「とりあえず落ち着いたみたいね」
「はい、すいません」
「謝る必要はないわよ。それよりこれからのことを話しましょう」
「どうすんだ?こいつのこと」
「そうね、私達のところで働いてみない?勿論報酬は出すわ」
「働く?」
「少し、危険は伴うけども」
「なるほど」
「どうする?」
「僕は構いません。お金がないと困るのは事実なので」
「決まりね」
こうして暁人は凛子達の元で調査を手伝うことになったのだった。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は八雲凛子よ。よろしく」
「あたしは絵梨佳! よろしくね」
「伊月麻里です。これから兄がお世話になります」
「改めてよろしくね!麻里ちゃん!」
「うん」
「それに暁人さんも!」
「こちらこそ」
「それじゃあKK、頼んだわよ」
「結局俺かよ」
KKは暁人を見ていた。暁人の表情は泣き顔から一変して笑顔を見せていた。
「・・・まあいいか」
「その前にさ、服どうする?」
「あ」
そう言えばそうだ。今の暁人の服はボロボロで、サイズが合ってないせいもあってか見窄らしい格好になっている。これはなんとかしないとまずいな。
「服屋に行くしかないんじゃねぇの?」
「この状態でどうやって行くんですか?」
「じゃあKKのを」
「なんでだよ」
「タグ見たとき入るなって」
「着れる最低限のサイズなので」
「わーったよ」
数分後、着替えてきた暁人を見て一同は唖然としていた。黒のジャケットに黒のパンツ。暁人からすれば丈は短く、ピッチリとしている。
「・・・」
「あの、似合いませんかね?」
「いや、逆だな」
「逆ね」
「うん、超イケてる!」
「イケメンだからなんでも似合うわね」
「えっ!?・・・」
暁人はプシューと音を立てながら顔を真っ赤にして俯いた。その姿を見て一同は微笑ましく思っていた。