あいつの身長は八尺もある。つまり八尺様と同じぐらいの大きさだ。そんなものがいたら、いくら田舎や都会でも噂になるだろう。
「お前今までどうやって暮らして来たんだ?こんな身長で」
暁人に訊くと、彼は少し考えてから答えた。
「まあ、普通に生活してました。けど頭をぶつけたりして不便なことはありましたね。それにこの身長だと服も限られるし」
なるほど、確かにそれは不便そうだ。
「冬場はどうしてたんだ?」
「レディースのニットのワンピース着てました」
確かにワンピースは裾が長い分、丈が足りなくなることはないかもしれない。だが
「それじゃ寒いんじゃないか?」
「いやまぁ、そうですね」
やっぱりな。俺は呆れてしまった。こんな身体でよく今まで生きて来られたものだ。
「お前、よく今まで死ななかったな」
俺の言葉を聞いて、暁人は苦笑いを浮かべる。
「本当ですよねー。自分でも不思議です」
他人事のように話す彼に、また溜め息を吐いた。
「とにかく、今日は凛子に言われた場所の調査だ。あと敬語を使うのは止めろ。気持ち悪い」
「わかりまし、わかったよ」
こいつの話し方はどうにも堅苦しくて嫌だった。もっとこう、砕けた感じで話して欲しい。
「で、KK。今日はどこに行くの?」
「地図に書いてある通り、この三つ。まずはここからだな」
「わかった」
****
それからと言うもののなんと言うか、暁人が一方的にマレビトを倒していった。コアを一撃で引き抜き、首を掴んでは投げ飛ばし、足首を持ってバットのように振り回し、両手首を片手で持って叩き付けて、最後に脳天にかかと落としを決めた。
「KK終わったよ~」
「なぁ、暁人。もう少し緊張感持ってくれ」
俺は思わず溜め息混じりに言った。
「えっ?だってもう全部倒したじゃん」
「そういうことじゃない。俺はお前の身を案じているんだよ」
すると彼は驚いたように目を丸くした。
「へぇ、心配してくれてるんだ」
「当たり前だ。お前は今自分の身体について理解していないようだから言うが、今のお前は普通の人間よりも肉体的にも身体能力的にも大きい。下手したらとんでもねえぞ」
「そっか」
あいつは嬉しそうな表情をした。その顔を見て俺は何とも言えない気分になった。こいつは本当に変わっている。
「ねえねえKK見て!とったど~!」
餓鬼童子の両足首を片手で掴んで宙ぶらりんにしてピースサインをする暁人の姿を見て、俺は頭が痛くなった。
「なあ、さっきの話聞いてたか?」
「うん。だから気を付けて戦ったんだけど・・・」
ああ言えばこういう奴だ。もういい。好きにしろ。それから俺たちは残りも倒して終えた後、すぐにその場を離れた。残りの場所を回り終えると時刻は既に夕方になっていた。
「これで終わりかな?」
「ああ。ありがとう暁人。助かった」
「どういたしまして」
暁人は爽やかな笑顔で言う。こいつが女なら良かったのに。
****
「帰ったぞー」
「ただいま戻りましっいったぁ!」
玄関のドア枠に頭をぶつけた。やばい、これは本気でまずいかもしれない。
「大丈夫か!?」
「うぅっ、だ、だいじょぶ」
目尻には涙が浮かんでいる。
「全然大丈夫じゃねぇだろ」
俺は暁人を座らせて様子を確認する。
「ちょっと待ってろ。すぐに戻る」
俺は急いで氷嚢を取りに行き、それを頭に載せてやった。しばらくすると落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめん、迷惑かけて」
「気にするな。それより、まだ痛むか?」
「いや、大分楽になったよ」
「そうか。けど念のため病院行くぞ」
「そこまでしなくても平気だよ」
「駄目だ。もし何かあったらどうするつもりなんだ」
俺の言葉を聞いた途端、あいつは顔を曇らせた。
「そんな顔すんなよ。別に取って食おうとしてるわけじゃない」
「わかっているけど・・・」
「とりあえず行くぞ」
俺が促すと、あいつは渋々といった感じで付いて来た。
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近くの総合病院に着くと、すぐに診察を受けた。幸いなことに頭の怪我は特に問題なかった。ただ、足の方は何ヶ所も骨にひびが入っていたらしく、全治三週間と診断された。身長が八尺もあるのだから仕方ないと言えばそれまでなのだが、少し複雑な気分だった。しばらくは杖生活だ。
「大丈夫か?」
「今までこんなことなかったから、正直不安しかない」
そう言って俯く姿は、まるで親とはぐれてしまった迷子の子供のように見えた。
「俺も付き添う。それならいいだろ?」
「えっ?いや、でも悪いよ」
「遠慮はいらない。それにお前一人だと心配だ」
「わかった。お願いします」
「よし、決まりだ」
それから病院を出て、アジトに戻った。凛子は雑誌を読んでいた。
「お帰りなさい。あら、どうしたの?」
「頭ぶつけて病院に連れてったら足の骨にヒビ入ってた」
「それは災難ね。それで治療はどうだったの?」
「全治三週間」
「しばらくは控えてた方がいいわね」
「タクシーで送るわ」
「ありがとう。助かる」
「あと、暁人。明日は休め」
「えぇーーーーーー」
「えーじゃない。俺の言うことが聞けないのか?」
「うぅっ、わかりました」
暁人は不服そうな表情で返事をした。タクシーを呼ぶと、暁人は後部座席の方で体を縮こませて座っていた。身長のせいで伸ばせず、窮屈そうだ。
「辛かったら言えよ」
「うん」
その隣に俺は腰を下ろした。
「なあ、お前の身体のことだが」
「うん」
「いつからこうなったんだ?心当たりはあるか?」
「わからない。物心ついた時からずっとこの状態だったから」
「なるほどな」
「小学生の時でも170cmくらいあって、中学に入ってから急に大きくなって。最初はすごく戸惑った。僕自身何が何だかわかんなくて、ただ怖くて。周りの人たちがどんどん離れていくような気がして」
「そうか」
「だから僕は周りと距離を置くようになった。なるべく目立たないように、ひっそりとした存在になるように努力してきたんだ」
「だけど、そのせいで逆に目立つことになった」
「うん。まさかここまで大きくなるなんて思ってもみなかった。本当にどうしていいのか分からなくなって、もうどうしようもないって諦めていた時に今の大学の同級生に声をかけられた。あいつは普通で身長も170くらいで、特にこれいった特徴はない。でも、僕の身体について何も言わずに受け入れてくれた。その時は嬉しかったよ」
「そうか」
「料金は俺が払っとくから」
タクシーを降りるとマンションのエントランスで麻里が待っていた。
「お兄ちゃん!」
「ごめんね、遅くなって」
麻里に見せる暁人の顔はいつも通りの優しい笑顔に戻っていた。
「暁人、今日はありがとな」
「気にしないで。それじゃあ、また」
「ああ、じゃあな」
アジトに戻った俺は凛子とエドに呼ばれた。どうやら暁人のことで話があるらしい。
「あいつがどうかしたのか?」
「今日の暁人の様子は?」
「暁人が一方的にマレビトを倒している感じだったな。コアを一撃で引き抜いて、首を掴んでは投げ飛ばして、足首を持って振り回したり、かかと落としもしたな」
「すごいメチャクチャね」
「あと餓鬼童子の両足首持ってピースしてた。満面の笑みで」
「それ絶対嫌がるわよね」
「すげぇ頭痛した」
《身長が高くて身体能力も強い、それに体も丈夫でKKの攻撃を掠り傷ですんだ》
「エーテルが関係してるかもしれないわね」
《あとで調べておくよ》
「あと言い忘れてたけどマレビトの服を引き剥がそうとしてた。サイズの合う服をくれ~って」
「気にしてるのね」
「けど失敗して腹立ててやけくそになって顔面踏みつけてたわ」
若干二人は引いていた。