「あの時助けてくれた人、名前聞き忘れちゃったな~」
台所で脚立の上に立ってお鍋をかき混ぜながら、僕は思わず呟いた。あれから二週間が経ち、今日も朝からいいお天気。洗濯物を干して昼食の準備をしているところだ。今着けているフリルのついたエプロンは、麻里が選んだものだ。料理をするなら絶対にこれ!と押し切られて買わされたのだけれど、僕の外見も相まって妙に似合っていて、ちょっと悔しい。それにしてもあの人は誰だったんだろうか?よくわからない力でなんかやっつけちゃったし。食器を取り出そうとすると麻里がやって来た。またこのパターンだ。
「お兄ちゃん!こういうのは私がやっとくから!怪我したらどうするの!あとスープよそっとくから!火傷しないようにね!」
「あ、うん・・・ありがとう」
「どういたしまして」
僕よりずっとしっかりしている妹だ。まぁ家事全般を任せっきりにしているんだから当たり前か。僕の外見がまんま子供なのでどうしても頼りない感じになってしまうけど、中身はもう立派な大人なのだ。そう思うとなんだか少し寂しい気もした。そんなことを思いつつ、僕はリビングへと向かった。トーストとスープというシンプルな昼食を摂り終えると、自室に戻った。自室といっても実際にはクローゼットの中に布団やPCや本棚を設置してあるだけ。2畳ほどしかないこの空間が今の僕の唯一のプライベートスペースだ。机にはデスクトップパソコンが置かれていて、ネット環境にも繋がっている。内側から鍵を閉めれば外から開けることはできないようになっているので安心だ。
「お兄ちゃーんってまた鍵閉めてる!」
「麻里!僕にだってプライベートがあるんだよ!」
「えぇ~じゃあせめて声だけでも聞かせてよぉ!」
「ダメ!絶対ダメ!」
「ケチ!」
まったくとんでもない妹を持ったものである。僕がまだ小学生の頃は純粋無垢な天使みたいな子だったのに、今では明後日の方向に成長してしまった。まぁ兄妹仲が良いのは何よりも良いことだと思うけど。いくら僕の見た目が小学生か中学生とはいえ、実年齢は22歳だし、精神年齢も肉体に引きずられているのかだいぶ幼いような気がする。
「麻里!これでも僕は成人男性なんだぞ!」
「別に気にしないのにぃ」
「僕のメンタルの問題だ!とにかくしばらくは話しかけても無駄だからね!」
「むぅ・・・」
ドアの向こう側でしょげている姿が目に浮かぶようだ。正直申し訳なく思わないこともなかったんだけど、やっぱり妹の前に見せられないという意識が強い。麻里、どうしてお前はこんな風に育ってしまったんだ。墓参りの時、両親になんて報告すればいいのか。
「あ~僕、大丈夫かな・・・寝よう」
布団にくるまって目を瞑ると、すぐに眠りに落ちてしまった。
****
KKは内心、暁人のことが気になっていた。あんな外見で二十歳を越えているとは到底信じ難いのだが、彼の言葉遣いは完全に子供のそれである。おそらく精神的ショックによって退行を起こしてしまっているのだろう。
「それにしても本当に大丈夫だろうか?何かあったらアイツの妹が黙ってなさそうだな」
「どうしたのKK、一人でブツクサ言って。まさか独り言?」
「うおっ!?きゅ、急に出てくんなって」
「ごめんごめん」
いつの間にか隣に凛子が立っていた。
「なにか気になることでも?」
「いや、なんつーか、前にマレビトに襲われた子供を助けて家まで送ってやったんだがそいつのい・・・姉がちょっとうるさそうな奴で、なんか変なことに巻き込まれなきゃいいと思ってよ」
「KKが心配するって意外ね」
「俺が普段心配していないように見えるか?」
「うん」
「あぁ?」
KKは凛子の発言に内心少々キレていた。
****
ある日暁人は運悪くマレビトがいる空間に迷い込んでしまい、途方に暮れていた。見つからないようにこっそりと移動していたのだが、運悪く見つかってしまったのだ。
「いやっ!離して!!お願い!!」
必死に抵抗するも虚しく、あっという間に拘束されてしまった。このまま殺されるのかと思ったその時、暁人の中で何かが弾けた。
「テメェ失せやがれやァッ!!!」
次の瞬間、暁人はカッターナイフの刃をマレビトの腕に突き刺した。その隙に脱出し、リュックサックからあるものを取り出す。
「ここならもう弱いフリしなくても平気かな。早くおうちに帰りたいんだけどなぁ」
暁人の目付きがとても鋭く、指の間にはナイフ、フォーク、包丁、カッターナイフが握られていた。そのどれもが鋭い刃物になっていて、まるで生きているかのように怪しげに光っていた。
「とっととくたばれクソ野郎」
そう呟くと同時に、暁人はマレビトにそれらを投げつけ、スプレー缶とライターを取り出して、着火させた。
「そこが弱点か!」
マレビトの胸元の辺りにあるキューブのような部分にそれらが当たると、それは粉砕した。どうやらそれが核だったようで、粉々になった破片とともに消滅していった。
「よかった、これで帰れる・・・」
安心してホッと一息ついて振り向いた途端、あの時の男がいた。
「おい、お前・・・」
あの時の光景を見られていたらしく暁人は赤面して涙を零す。
「ち、違うんです。あのその、僕、えっと・・・」
男はため息を吐いて呆れた様子で言った。
「は?何言ってんだよお前、しっかりしろって」
「え?」
「この事を口外するつもりはない、ただ・・・見えちまったからには来てもらうしかねぇな」
その後、麻里のところに暁人を脇に抱えた男がやって来たとか。