「ふぇ?」
子供のように純粋無垢な目で私を見る青年。口の周りと掌に血のような汚れがついており、『何か』を口にしてたのだろうか。彼はあの日、あの男が憑依していた状態で私を追っていた。妹を取り返したいという感情が会ったのは確かだ。そして私は倒されて消えた。だが今は私自身も何が起きたのか分からない。突然肉体を保持したままこの世に戻ったのだ。人々は何もなかったように日常を過ごしている。
「・・・ねぇ・・・ねぇ」
彼の口から譫言が発される。この場にへたりこんだ状態で不思議そうに私を見ながら首をかしげる。
「・・・ねぇ」
私のズボンの裾を引っ張りながら上目遣いでこちらを見る。私は振り払わずその場に静止していた。
「ねぇ・・・てば」
すると彼の目から涙が溢れ出る。
「ねぇ!・・・なんで・・・なん、で・・・!」
彼の目からは涙が溢れ出した。私にしがみ付きながら、ぼろぼろと涙を零して泣き崩れる。突然のことに私はどう反応していいか分からず、ただ立ち尽くすだけだった。
****
俺は暁人より先に起きて朝食の準備をする。凝ったものは作れないが目玉焼きとトーストくらいなら作れる。アジトとは別のアパートを借りて生活していた。
「暁人、ご飯できたぞー」
「・・・けぇけぇ」
ドアを開けて四つん這いの状態で出てくる。手にはとあるゲームキャラクターのマスコットを握り、ふらふらと千鳥足で部屋の中を徘徊する。
「完全に寝ぼけてんなこりゃ」
「ん・・・」
暁人の肩を掴み座布団に座らせる。
「ほら」
「ふーい」
ボケーッとした顔で箸を右手で持とうとするが、うまく持てずに握り箸の状態で目玉焼きを食べようとし、左手はマスコットをそのまま握りしめている。こんな姿だが本当は22歳の男だ。見た目は大人、中身は子供というどこかのアニメキャラとは逆の状態になっている。
「あー、あ?」
うつらうつらとしながらもなんとかご飯を食べようとする暁人。このままだと箸を顔に突き刺しかねないので箸を取り上げる。
「ふぁ・・・」
両手を上に伸ばして欠伸をする暁人。どうやら完全に目が覚めたようだ。
「ほら、食べろよ」
トーストを口に運んでやる。もぐもぐと口を動かすがまるで赤ん坊に飯を食わしてる気分だ。だが素直に口を開けて、されるがままになる暁人は珍しい。そのまま目玉焼きも食べさせる。
「今日はどうするんだ?」
俺もトーストを囓る。テレビもついていない空間にトーストを囓る音だけが響く。俺は暁人が喋らない限り話さないため自然と無言になってしまうが、不思議と悪い気分ではない。
「・・・んー」
口を拭きコップに入ったリンゴジュースを飲む暁人。完全に目が覚めてちゃんと物事の判断ができるようだ。
「お茶飲むか?」
「のむ」
猿の顔がプリントされたカップに急須から緑茶を注いでいく。暁人に渡すと両手で包むようにカップを持ちお茶を飲む。
「ふぃ~」
お茶を啜る暁人。彼の手にはいまだに例のキャラクターのマスコットを握っている。それはとあるゲームのキャラクターで、仮面を着けて身分を隠した暗殺者の主人公でとある神から超能力を授かりそれを駆使して復讐を誓うという物騒なものだ。俺は暁人の頬を突っつく。暁人はきょとんとした顔で俺を見る。
「ふぇ?」
無垢な顔でこちらを見るので思わず笑ってしまう。
「アジトに行くか」
「いく!」
****
「♪~♪~」
敷布団の上でそれぞれの手にぬいぐるみを握り締めて左右に振りながら鼻歌を歌う暁人。
「楽しいか?」
「うん!」
手にしている人形を向かい合わせにしてごっこ遊びをする。暁人はアジトに到着すると、暁人は布団を敷いて自分の場所を確保して、おもちゃ箱をひっくり返して散らかして遊ぶのが日課だ。凛子や絵梨佳に麻里、エドもデイルも暁人に甘いので散らかしたままにしている。
「暁人くーん、前に依頼人から貰ったお菓子の詰め合わせあるから好きなの選んでいいよ」
「おかし!」
「暁人さん、絵本読んであげるね!」
「わーい!」
凛子も絵梨佳も暁人を甘やかしているのだが、22歳の成人男性を甘やかしているという現実に俺は複雑な気分になる。
「KKさん」
「麻里、どうした?」
「このままでいいのかなって、考えちゃって」
麻里は凛子から貰ったお菓子を食べている暁人を見る。麻里にとっては突然自分の兄が幼児退行を起こしてしまった状態だ。確かに麻里が不安になるのも分かる。だが、麻里には悪いが俺はこのままでもいいのではないかと思っている。
「ねぇねぇみて!」
暁人がクレヨンで描いた落書きを自慢するように見せてくるので頭を撫でてやる。すると暁人は気持ちよさそうに目を細める。
「KKさん、お兄ちゃんのことお願いします」
「ああ、任せとけって」
俺がそういうと安心したのか柔らかい笑顔を見せた。